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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』hors-série(1)(再)〜『「プチ・ニコラ」大全』(41)

更新日:11月8日

Aymar du Chatenet, La Grande histoire du Petit Nicolas Les Archives inédites de Goscinny et Sempé, IMAV éditions, 2022, p.154-155.


« Goscinny et Sempé assistaient au mariage », Sud-Ouest dimanche, 8 mai 1960.


長らくブログをお休みしていました.言い訳としては,ちょっと前までの「家電市」を読んでいて目がしょぼしょぼしたとか,色々忙しかったからとか,海外研修に,ばかでかい『大全』を持参するのはさすがにいや!とおもったとか,とかとかなんですが,やはり楽しむには心の余裕がないといけないということで,ずっと『大全』を開いていませんでした.この度は12月に『プチ・ニコラ』について話をする機会があるので,久しぶりに開いて,そうだこの際に!と,一念発起.以前からお知らせしていながら,フランス語の原文を基にした紹介をしていなかった番外編その一について書きます.


以前に書いた,まだ書きたくないよという言い訳は→こちら


そして,原文が入手できず,小野萬吉先生の日本語訳で読んで紹介した文は→こちら


というわけで,今回は少し後戻りして,154頁〜155頁の「華燭の典」のルポについて.


すでに説明した通り(上の二つ目の→こちら),原文が入手困難な状況は変わらなさそうなので,原文も引用しつつ進めてゆきたいと思います.



Aymar du Chatenet, La Grande histoire du Petit Nicolas Les Archives inédites de Goscinny et Sempé, IMAV éditions, 2022, p.155.原文です.


« Dis donc Sempé, si nous proposions au journal de faire un reportage sur le mariage ? »

Sempé me regarda avec des yeux étonnés.

« Quel mariage ? », me demanda-t-il.

« Celui de Margaret, pardi ! »

« Margaret ? »

« Mais oui, la princesse Margaret, elle se marie avec un photographe, Tony Armstrong-Jones ».

« Sans blague ! » me dit Sempé qui, dans les journaux, ne regarde que les dessins humoristiques en poussant d'affreux ricanements à la vue de ceux qui ne sont pas faits par lui.

« Ce sera formidable, dis-je. Le mariage se passe en Angleterre. Alors, nous, on demande au journal de nous envoyer là-bas tous frais payés. On va bien rigoler, et il paraît qu'en Angleterre, on peut acheter des imperméables, des pull-overs et du whisky à des prix très avantageux ! »

« Et des vestes en tweed ? » me demanda Sempé, les yeux brillants de convoitise.

« Bien sûr ! »

« Et tu crois que le journal marchera ? » me dit Sempé.

« Laisse-moi faire », lui répondis-je.

Le journal n'a pas marché.

Et voilà la raison pour laquelle nous avons été obligés de faire ce reportage en regardant la télévision chez moi. Le jour où un autre journal acceptera de nous employer, je dirai tout ce que je pense. En attendant, j'ai donné rendez-vous à Sempé chez moi, pour pouvoir vous relater, illustrations à l'appui, tout sur le mariage de Margaret.


 ある日ゴシニがサンペにイギリスに行く話を持ちかけてきました.なんでも・・・マーガレットの結婚式のルポを書くんだとかなんとか.1960年5月6日に行われた,エリザベス2世の妹・マーガレットと,スノードン伯爵(写真家アンソニー・アームストロング-ジョーンズ)の結婚式のことです.今でも皇族や王族の「華燭の典」(という言い方のほうが優雅でしょうか?)の際には,行事を一目見ようと,人が群れをなし押しかけ,道路が埋め尽くされるわけですし,そもそもさほどテレビが普及していない1960年頃のこと.人々は興味津々,大騒ぎだったんでしょうね.そんな人々の好奇心を利用して,まんまと「レインコートやらセーターやらウィスキー」を免税価格で手に入れてこようなんて,ゴシニは下心丸見えの提案をしたわけです.もう,報道なんてそっちのけ.でも,世紀の結婚式なんてきっかけがなければ,そんな計画もこんなルポも存在しなかったのですから,やはり一大イベントというのは有難い.好奇心万歳です.

 ところが,サンペはというと,てんで無頓着.というより,マーガレットって誰ってな感じです.王族と「庶民」の結婚なんて,今は幾つもあるのですが(それでも結婚で法的な身分が変わるとか,相続問題が生じるとか,一族が反対するとか,メディアが人の好奇心を先読み・深読みして騒ぐとか,当事者は大変なようです),当時は写真家と結婚なんて・・・との大反対を押し切っての結婚なんで,世間的には大いに盛り上がっていたようです.清く正しく好奇心ありありの一般市民の代表たるゴシニは,新聞で情報を得ていたとのこと.他方のサンペも新聞くらいは読む!のですが,なんでも,「自分以外の人が描いたユーモア・デッサン」しか見ないらしく,それも,「小馬鹿にしたようなニタニタ笑い」(affreux ricanements)をしながら眺めるのだそうです.相当皮肉やで意地悪なんでしょうか.う〜ん,でも,これだけ話題になっている結婚ですから,報道だけではなく,ユーモア・デッサンでも揶揄われていたようにも思うのですが.

 それはともかく,ゴシニのゴシニらしい所以は,やはり目のつけどころ.世間を騒がす結婚に興味あるというより,狙いはちょっとズラしたところにあります.


「すごいじゃないか,式がイギリスであるなんてさ.僕らの雑誌社に経費で行けるように頼むんだよ.絶対,楽しいぞ.なんでもイギリスではさ,レインコートやらセーターやらウィスキーやらがすっごく安く買えるらしいんだ.」(同上)


 要するに,「式」じゃなくて,「式がイギリスで」執り行われることのほうが,「すごい」んです.それを口実に,雑誌社から旅費を引き出してやろうとの魂胆でした.人と同じ好奇心で動いているようでありながら,その実,それをすこしズラしてしまう.「式」のような世紀の行事と,「レインコート」等々のような私利私欲まるだしな庶民の慎ましい願望を対比させて,笑いのネタにする.ゴシニらしい筆の進め方です.ですから,ここでゴシニが本当に雑誌社に提案したのかどうかとか,実際には雑誌の主幹であったアンリ・アムルーからルポの依頼があったのがほんとうのところとかは,どうでもいいとまでは言いませんが,でも,これが筆の力なんです.


Au mariage de la princesse et du photographe

Dans la veine du « journalisme humoristique », Goscinny et Sempé sont sollicités par Henri Amouroux pour « couvrir » le mariage de Margaret, la sœur de la reine Elizabeth II, qui épouse le photographe Antony Armstrong-Jones. Vissés à leur écran de télévision, les deux reporters, accompagnés de Nicolas, le fils de Sempé, « assistent » à ce mariage princier à une époque où ce genre de retransmission constitue un événement international et marque l'entrée fracassante de la télévision dans les foyers français.(p.154)


王女と写真家の結婚

ゴシニとサンペは主幹のアンリ・アムルーから,エリザベス2世の妹のマーガレットと,写真家のアントニー・アームストロング-ジョーンズの結婚式を「ユーモア報道」の線で「担当する」よう要請を受ける.二人のリポーターは,サンペの息子ニコラとともに,テレビの画面に食いいるようにして王族の結婚式を「見物する」.この手の中継放送が国際的なイベントとなり,フランス人家庭ではテレビの導入に大騒ぎをしていた時代のことである.」(p. 154)


 ですから事実としては,社からの依頼,それも「担当する」という説明の語を信じるなら,正式な報道の要請だったようです.ユーモアに報道するのが条件だったようですが.それにしても,主幹からの二人への依頼,旅費の申請却下,ありもしない(たぶん?)レインコートやらを買い出しにゆくというアイデア,(二人への依頼であれば当然)事情を知っていたはずのサンペの無知ぶりなど,うそといえばうそ.フィクションといえばフィクション.どこまでがほんとうのことで,どこからがネタなのか.そんなことに頭を悩ませても意味ないですよね.ほんとうらしく書きながら,ほんとうのことを伝えつつ,読者を笑わせる報道.それを報道と呼ぶと,なんだか生真面目な記者さんたちから叱られそうですが,それこそ二人は「ユーモア報道」というジャンルを考えていたのかもしれません.


 話に戻ると,ゴシニは「ツイードのジャケット」という物欲の魔力で,まんまとサンペをその気にさせてしまいます.「雑誌社は認めてくれるのかな?」なんてサンペの言葉に,ゴシニは「俺に任せなさい」なんて受け合うのですが,やっぱり撃沈.そんな虫のいい話,通るわけありません.「家でテレビを見て報道するハメになった」のでした.それでも,いつかは見返してやるなんて書いているところが,またまたゴシニらしいところです.


「よその雑誌社が僕らを派遣してくれるようなことがあったら,今の思いはぜんぶぶちまけさせてもらいますわ.」(p.155,同上).

 

 でも今のところは,これで我慢するしかないと,悔し涙を滲ませながら書いている姿が目に浮かぶようです.これも「お話」(フィクション)なんでしょうが.(つづく)

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