まだまだ続くニコラによる『ピロット』紹介ですが,この紹介を読んでいる当時の読者は,当たり前のことですが,今手に持っている『ピロット』に,ニコラが話題にしているお話が全て掲載されているので,ふんふん♪とページをめくれば良いだけなのですが,こちとら半世紀以上も後の読者はそうはいきません.最初に出てきた『アステリクス』シリーズはまだしも,–−だって,今現在(2022年)でも,シリーズの新刊が出ているので,多少馴染みがあるけど−−,その他の作品はぜ〜んぶ調べなくては分かりません.今はそれでも,インターネットなんて至極便利な道具があるから,時間を費やせばまだしも,少し前だったら大変だったでしょうね.私は十分に大変なのですが.
前回に登場した『ノルベールとカリ』の次は,『ギ・ルブル』(Guy Lebleu)です.
D.M.A.の中のギ・ルブルの冒険も僕らのお気に入り.僕らはみんな,将来リポーターになるって決めたんだ.それもただのリポーターじゃない.いつでも歩き回っていてさ,それで仕事なんて絶対にしないリポーターだ.(p.20)
何か,リポーターの定義を間違っているような気もしますが,それはともかく,ギ・ルブルさんというリポーターは,そんなにどこもかしこもほっつき歩いて,それでいて仕事なんてしない人なのでしょうか.そんなお話なの?そして冒頭の謎の文字,「D.M.A.」って何でしょ?
検索したら出てきました.まずは紀伊國屋書店の販売ページが出てきたので,情報として読んでいたら,恐らくは,『ギ・ルブル』の単行本に掲載されている裏表紙の作品紹介か宣伝文句がそのまま転載されているようです.ちなみにフランス語ではquatrième de couverture(plat verso)と言います.これは便利でした.感謝の意を込めて,URLを貼っておきますね.
それによると,「ギ・ルブルは将来有能なリポーターになる若い写真家である.このシリーズは1961年から『ピロット』に掲載された」そうです.
というわけで,ギ・ルブルとニコラのいうリポーターが結びつきました.ニコラの説明から,旅してるだけのぐうたらなリポーターを想像していましたが,全然そんなことはないようです.イラストもかなりシリアスな劇画系.
上記サイトにはシャルリエさんの当時の説明もそのまま転記されています.それによると,『ピロット』で新しい連載マンガを始めることにした.題名は「もしもし!D.M.A.」.D.M.A.とは,「一千万の聴衆」(Dix Millions d'Auditeurs)の略で,ラジオ・リュクサンブールの情報番組の名称だそうです.「なぜですって?それはポイヴェが描く,この新シリーズの主人公がラジオ・リュクサンブールのリポーターたちに随行して,ずっと旅するから」,この名が採用されたというわけです.「キューバ,モスクワ,北京,サハラ砂漠にアメリカ大陸などなど」で取材が行われ,ホットな時事情報が盛り込まれます.ニコラたちは,これに触発され,世界中を旅して回ることを夢見るわけです.とはいえ仕事抜きというのがニコラたちらしい.
ついでに『ギ・ルブル』は1961年から1967年まで『ピロット』に連載され,現在では5冊の単行本にまとめられているとのこと.
さらについでに,作者はジャン-ミシェル・シャルリエ(文)とレイモン・ポイヴェ(Raymond Poïvet(1910-1999))(絵)の二人です.
作品情報だけで息切れしそうですが,「仕事なんて絶対にしないレポーター」を目指すところでニコラたちの意見が一致したようなので,次の『アシール・タロン』へ.
アシール・タロンというと,僕はすぐにブレデュールさんを思い浮かべる.家のお隣さんで,パパをからかうのが大好きな人だ.ブレデュールさんにはいつでも何か笑えることが起こるから,僕もいつも笑かしてもらう.(p.20)
これって『アシール・タロン』のというより,ブレデュールさんの紹介では?ともかく,『アシール・タロン』.これは未だに続いているシリーズなので,私も読んだことがありますし,多少知っています.作者はグレッグ(Greg(ou Michel Greg)(1931-1999).ゴシニの依頼がきっかけとなり,1963年から連載が始まったようです.作者の生前にベレット(クリストマン(Christmann(alias Brett)とロジェ・ヴィダンロシェ(Roger Widenlocher)(この読み方でいいのかな?アルジェリア出身のマンガ家だそうです)に本作を託し,その後出版社ダルゴーがファブカロ(Fabcaro)とセルジュ・キャレールに依頼し,継続されています.だとすると,私の読んだのは,2014年以降の二人の作品でしょう.でもずっと引き継がれてゆくほど人気の継続した,大衆小説ならぬ大衆マンガなのです.本書にも『アシール・タロン』だけで,4話も収録されています.
Les plus belles histoires de Pilote De 1960 à 1969(les années 1960), Dargaud, 2012, p.24.
蛇足ながら,題名のAchille Talonは登場人物の名前ですが,「アキレス(アキレウス)の踵」(Talon d'Achille)(=弱点)に由来するのは見えやすいところです.
本文に戻ると次に「ガンビュ」(Gambu)という人名を発見.ニコラによると,
ガンビュがいるよ.ガンビュは友だちの一人さ.飛行機に乗ってピュッとひとっ飛び.そのくせ道路が混んでいたとなんとかで,原稿は締め切りから遅れて提出するやつさ.(p.20)
「友だち」っていったって,こちらには分かりません.それで調べて分かったのは,ガンビュさん,『ピロット』で編集記を書いていた人でした(Jacques Gambu, journaliste).その編集記には『ミシェル・タンギによる紹介』というシリーズ名が付いています.本ブログhors-série(3)-2で紹介した『タンギとラヴェルデュール』シリーズの登場人物であるミシェル・タンギが航空関連の記事を紹介するコーナーです.『ピロット』紹介とはいえ,掲載マンガの登場人物による物語(エセー)の作者名だけ挙げても,50年後の読者には何がなんだか.この辺はいわゆる内輪受け的なノリなのでしょう.
続いてニコラは「テレビもある(パパは持ってないけど,クロテールはテレビを持っている),それに車もある,ブルン!僕は車は好きだな.」(p.20)と続けるのですが,ここは正直,なんのこっちゃ?直前のガンビュさんの「飛行機」からの連想でしょうか.
これに続けて(ずっと同じ段落で長い!),
それにデュデュシュがいる.あれは大人だ.僕らの学校にいる大人たちよりずっと笑える.学校の大人たちときたら,休み時間になると,僕らからビー玉を取り上げて喜んでる.まったくもう,うんざりだ!(p.20)
「それにデュデュシュがいる.あれは大人だ」が紹介に当たるのは言わずもがな.それで何かと思えば,1963年から『ピロット』に連載されていた,キャビュ(Cabu(1938-2015))による『大人物デュデュシュ』(Le Grand Duduche)のことです.「あの大人物」(le grand)と,普通名詞の「大人」(un grand)を掛けたシャレなんです.日本の読者には,わからんでしょ,普通.長身痩躯,夢みがちでお人好しの高校生デュデュシュを主人公とした風刺マンガです.
Les plus belles histoires de Pilote De 1960 à 1969(les années 1960), Dargaud, 2012, p.49.
これは私が知らなかっただけで,フランスではきっと今でも人気があるのでしょう.本書には5回分も収録されているからです.
ところでキャビュ・・・ん?と思った方はいらっしゃいますか?作者のキャビュは,生前非常に人気のあった風刺マンガの作家だったのですが,別の事件のせいで,歴史上永遠に忘れられない名前となってしまった人物です.2015年1月7日,パリの11区にあった『シャルリ・エブド(週刊シャルリ)』誌の事務所にイスラム過激派のテロリストが押し込み,その後駆けつけた警官を含む12人を殺すという痛ましい事件がありました.キャビュはこの時殺害された犠牲者の一人です.
喜劇や風刺は,日常の習俗や「あるある」を描いて差異を際立たせ,人を笑わせながら,気づきを与えたり,方向転換を促す有効な手段です.スッと心に沁み込んで,時に大真面目な批判や批評よりも大きな効果を得ることもできます.でも,それは異なるリアクションを引き起こすというだけの話で,政治批判文書などと同じように,やはり武器となるのです.そしてその武器が別の次元で更なる暴力を生むこともあります.「ペンは剣より強し」なんて言われますが,「ペン」と「剣」は,決して交わることのないはずの,異次元の闘いですから,比較自体がナンセンスです.しかも,その二つを交わらせることで,現実の解決になると考えたのなら・・・.パスカルはそれを「横暴」(tyrannie)と呼んでいるのです.
(やはり続く)
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