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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』hors-série(1)-3

« La princesse et le photographe »(le 8 mai 1960)(la suite, la deuxième).

 いよいよ結婚式の当日です.午前10時30分,呼び鈴が鳴りました.

 ゴシニには呼び鈴の音でサンペだとわかるようです.何て,友情でしょう!なんてことでは全くなく,サンペはドアが開くまで指を離さないのです.何て,迷惑な!居留守も使えません.サンペ曰く,


「こうすると,ドアがうんとはやく開くのさ」と,ある日,彼がわたしに説明したことがあった.(p.67)


 確かに・・・.って納得している場合ではありません.ドアが開くまで鳴りっぱなしなんですから,近所迷惑もいいところです.

 サンペの習慣について覚えていたゴシニは「ドアまで急いで行き」ましたが,開けて,「後ずさり」しました.目の前には,サンペ家が全員揃っていたのです.「大きいのも小さいのも,男も女も」.そりゃ驚きます.とは言え,サンペとサンペ夫人,そして息子のニコラだけなんですが.

 閑話休題.ちょうど本日(2022年9月2日),友人から『The New Yorker』誌にサンペの追悼文が出ているという情報を得て読んでいました.8月29日の記事で,「サンペ未亡人」であるマルチーヌ・ゴシオー(Martine Gossieaux)氏がインタビューで,『ニューヨーカー』誌へのイラスト掲載のきっかけについて話しています.ちなみにサンペは114枚のイラスト(おそらく全て表紙)を提供していたそうです.それを読みながら,あぁ,「王女と写真家」に出てきた人だな,と思った私は,それでも一応と,サンペの結婚歴について調べてみました.すると,違ったのです.ゴシオー氏は3番目の奥さんでした.サンペは最初,クリスチーヌ・クルトワ(Christine Courtois)という画家と結婚し,息子のジャン-ニコラ・ジョエル-サンペ(Jean-Nicolas Joël Sempé(1956-2020))をもうけています.次に,Mette Ivers(1933-)と2度目の結婚をし,Inga Sempé(1968-)という名の女の子を得ます.ちなみに,この2番目の奥さんは,作家アルベール・カミュの晩年の恋人であったことが最近判明したそうです.画家でありイラストレーターで,たくさんの作品を描いているとのことです.そして最後の奥さんであるゴシオー氏はギャラリーを所有し,サンペのエージェントとして活動していた人で,2017年に籍を入れたそうです.

 そこで本話に戻ると,ゴシニがドアを開けて発見したのは,最初の奥さんであるクルトワ氏との息子ジャン-ニコラのことでした.1956年10月12日生まれですから,本話執筆時には3歳半くらいでしょうか.かわいいなぁ.


 でも,いつもの『プチ・ニ』の登場人物たちと見分けはつきません.

 ゴシニの家にドカドカ入ってくるなり,サンペ夫人が不穏なことを口にします.


「なんてことでしょう」と,サンペ夫人がわたしに言った.「ジャン−ジャックが間違えて,隣の家の呼び鈴を押したんです.わたしたち5分も待たなくてはならなかったんですよ.なんでも,あちらはお風呂に入っていたそうで!」

「そうなんだ」と,サンペは哄笑した.「これまで,わたしがお風呂から引っ張り出した人の数は半端じゃないよ!」(p.67)


 奥さんは「なんてことでしょう」と,他人事みたいに語っていますが,もう読者はサンペの「呼び鈴」の癖を知っていますから,お隣の呼び鈴を「5分」間も鳴らし続けたことが想像できます.しかも,あちらさんは「お風呂」に入っていたから裸で,多分無視しようとしたのでしょうが,何だかわからないけど,ずっと鳴り続けている.それで仕方なく,体を拭いて,服を着て,応対してみると・・・,お隣(ゴシニ)のお客さんで,やあやあすみません,間違いました,何て感じだったのでしょう.悪気もなく.思わず笑ってしまうところです.

 しかもサンペまで,これまで自分の癖のせいで,何人もお風呂から引っ張り出したとか何とか・・・.

 これを聞いたゴシニは「冷や汗」をかいています.それは,お隣に迷惑をかけた,申し訳ないと感じたばかりではないんですね.何でも,偶然その朝,お隣のドアの前の玄関マットの上に置いてあった新聞を自分のところに配達されたと思い込んで拾おうとして,一悶着あったからなんです.つまり,お隣さんは,新聞は取られそうになるわ,お風呂に入っていたのに無理矢理引っ張り出されるわ,もう災難続き.それでゴシニとも緊張関係にあったわけです.ゴシニ,真っ青😱.

 しかもですね,サンペは上のような説明をしながら,ずっと「呼び鈴」を押していたそうです.お隣の立場からすると,人さわがせな来客,廊下でガヤガヤ大騒ぎ,おまけに呼び鈴が鳴り続けているのが聞こえる.大変な1日です.

 そこで登場したニコラ君.開口一発,「ぼく,テレビを見たい」(p.68).ゴシニも来訪を喜ぶどころではありませんでした.「青く震えるわたしの唇がかすかに浮かべようとする微笑みが消え去るのと,時を同じくして,ニコラはわたしの足元をすり抜ける.」(id.)来訪を喜び,微笑もうと努力するのですが(「微かに浮かべようとする」),もう全く状況の深刻さを理解していないKYニコラ,いやサンペ一家を前にゴシニは諦めるしかなかったのです.心中,お隣さんの顔色を気遣いながら.(続く)

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