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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』hors-série(1)-2

« La princesse et le photographe »(le 8 mai 1960).

 「王女と写真家」は次のように始まります.


「ねえ,サンペ,結婚式のルポルタージュを新聞社に提案してみようかと思うんだけどね.どうかな?」

サンペは驚いた目で,わたしを見た.

「誰の結婚式だい?」と,彼が聞いた.

「もちろん,マーガレットの結婚式だよ!」

「マーガレット?」

「そうとも,プリンセス・マーガレットだよ.写真家のトニー・アームストロング-ジョーンズと結婚するのさ」

「冗談はよしてくれ!」と,サンペはわたしに言った.(p.64)


 この時期に,「結婚式」と言えば,「王女と写真家」の世紀の結婚式に違いない.それほど当時,全世界の話題であったわけです.それなのに,サンペときたら,「誰の結婚式だい?」どうやらサンペは全く世事に関心がなく,新聞を見ても時事ネタを拾うというより,同業者の作品を見るだけ.「新聞と言えば,彼はユーモア漫画しか見ない.」(同)それも,「見下したような薄笑いを浮かべながら」.

 それではゴシニはそんな流行に興味があるのかと言えば,全然そんなことはないようです.


「結婚式は,イギリスで挙行される.それで,我々は,新聞社に費用は向こう持ちで,我々をイギリスに派遣するように持ちかけるのさ.とても面白いことになりそうだ.イギリスでは,レインコートやセーター,それにウイスキーまで格安価格で買えるようだよ」

「ツイードのジャケットもかい?」と,買う気満々の目で,サンペが聞いた.

「もちろんさ!」(pp.64-65)


 そんな不純で現金な・・・.それにそんな風にうまく事が運ぶのでしょうか.


新聞社は,金を出さなかった.(p.65)


 そりゃそうでしょ.そんな虫の良い話,そうそう有るもんじゃありません.でも,この数年後だったら,こんな調子のいい提案も,きっと安易受け入れられていたかもしれません.なぜなら・・・

 本冊子『第0巻』には,インタビューなど,複数の資料から翻訳者の小野先生が構成した『プチ・ニ』Q&Aが掲載されています.p.8には,『プチ・ニ』の誕生秘話があります.それによると,ある日,雑誌掲載中の『プチ・ニ』を,ドノエル出版社の社長夫人がヴァカンスに来ていたラロシェルで偶然目にします.夫人は夫である社長に,すぐにゴシニとサンペに連絡をとって出版することを勧めます.それで社長は二人に連絡をとって,書籍の第1巻が出版されました.ところがこれが大失敗.つまり売上は惨憺たるものでした.そんなですから,第2巻の刊行など論外だったでしょう.しかし,ある書店店主がドノエル社から隔週で12冊購入しては,当時の刊行だった13冊目というプレゼントを受け取りに来ていた.そこで社長はふと思うのです.第1巻は大失敗でも(これはもう否定しようもない事実),「熱狂的な愛好者がいる」.それで第2巻が刊行されることになったというのです(p.8).

 先程のゴシニの都合の良い提案から話がずれたようですが,ここで重要なのは第1巻の刊行年月日です.第1巻はドノエル社から1960年10月に初版が出版されています.そして第2巻の初版は1年後の1961年10月に刊行されました.つまり,第1巻の刊行に先立つ1960年5月の時点では,雑誌で好評を得ていたとはいえ(それゆえに掲載が継続されていたと想像できるからです),5ヶ月後の10月に書籍化されても,まるで売れなかった.そんな時に,作家がルポを書くから,出版社持ちでイギリスに行かせてくれなんて頼んでも聞き入れてもらえるはずもない.ところでドノエル社の第2巻はすでに,2ヶ月後の12月には再版(第2版)が出ています.つまり,第2巻はすぐに重版がかかったわけで,これは間違いなく売れたということでしょう.そして本話に遡るところ6ヶ月前の1959年10月,ゴシニは記録的ヒットとなる『アステリクス』シリーズの連載を開始しています.もうあと1,2年後には,押も押されぬドル箱作家(フランスですから,フラン箱作家とでもいいましょうか?)となるのです.ですから,ゴシニの虫の良い提案は,ほんの数ヶ月だけ,早すぎたということでしょうか.

 新聞社からの出資を得られなかった二人は,仕方なく,ゴシニのアパルトマンでテレビを見ながらルポを書く/描くことにします.ゴシニは,「読者のみなさんに,マーガレットの結婚式の全てを詳細に報告できるように」,挿絵をつけるようサンペに依頼するのですが,このお話に挿入されたイラストはと言えば・・・.まず4枚全て見てみましょうか.


 イラスト1/4は前回(hors-série(1)-1)にも掲載しました.結婚式の様子を見ている割には,吹き出しの中は,なんだか,馬車で逃げながら後ろの追っ手に発砲する人たち.何だか,物騒な映像ですが,本当に結婚式なのでしょうか.



 イラスト2/4は全員でテレビに集中していると思いきや,みんな,眉間にシワが寄っているようです.テレビの画面はというと,虫が這ったようなウニョウニョ.つまり,何も映らなくて,苛立っているのでは?


 イラスト3/4は大人たちがこぞってテレビの背後にまわり,何やら調整している様子.ということは2/4ではやはり何も映っていなかったのでしょう.それで唯一,結婚式らしい場面が映っているのですが,見ているのは子どもだけ.

 イラスト4/4ではまたもやテレビが故障中.ママンらしき人が,もう諦め顔で,修理の様子を眺めています.

 要するに「読者のみなさんに,マーガレットの結婚式の全てを詳細に報告できるように」とかなんとか書いていますが,結婚式の場面はまるで表れず(3/4以外),結婚式をみようとして,テレビと格闘しているお茶の間の風景だけが,描かれているのです.

 ね? さすがゴシニとサンペ,一筋縄ではいかないでしょう?(続く)

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