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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(03)

更新日:2020年5月31日

« Le Bouillon » Sempé-Goscinny, Le Petit Nicolas, Editions Denoël, 1960, < folio >, pp.22-29.


Le Bouillon 「だし汁」:「監視役のことは,ぼくら「だし汁」って呼んでいるんだ.なぜかって?だっていつも「私の目をみなさい」って言うからね.だし汁には脂のブツブツが浮かんでいるでしょ.」


『プチ・ニコラ』の読者にはお馴染みの登場人物の一人です.『プチ・ニコラ』に出てくる大人は大概,ちょっと威張っていてえらそう.それでそんな大人の権威がほんのちょっと傷つけられて,ほんのちょっと恥をかく.いつものパターンです.


「でっかい口ひげをした」生徒の監視役(生徒監)は「だし汁」(ル・ブイヨン)と渾名されていて,ニコラはことあるごとに上のような紹介をします.フランス語の「目」という単語œilの複数形yeuxには,「料理で作る汁に浮かぶ,だしからでた脂」という意味があります.ところで,「私の目をみなさい」(" Regardez-moi dans les yeux ! ")とは,文字通り訳すと,「私を見なさい,私の目の中で」となります.こうして口ひげをはやして,いかにも怖そうな顔をした監視役の目を覗き込むと点々が見える.これがだし汁に浮かぶ脂のブツブツを想い起こさせるというわけです.つまり視覚的に「脂のブツブツ」yeuxが見えると同時に,言葉でも「私を見なさい,目(=脂のブツブツ)の中で」と言われているわけで,まるでデュボンさん(監視役の本名)がだし汁に浮かぶブツブツの中にいるみたいに聞こえてしまう.それを聞くたびにニコラたちが何となくおかしくなってしまうのは仕方ないでしょうか.

 今回は,ニコラたちの担任の先生がお休みのため,監視役が自習をさせようと 優等生アニャンを指名したために,大騒ぎになるというお話しです.デュボンさんは,結局何度も何度も騒いでいないか監視にくる羽目になります.それならそもそも,自分で教卓に座って睨みを利かせていれば良かったのに.

 まずは教室の外から中の様子を伺う「だし汁」の絵です.何か,こそこそと見張りをしているみたいな.暗い!


 次に,先生の代理を任されたアニャンが教壇から先生の真似をして他の生徒に自習をさせようとする風景.ところがニコラたちはサッカーボールで遊んだり,机に乗ったり,大騒ぎ.見張りまでいます.「優等生で先生のお気に入り」,アニャンのいうことなど大人しく聞くニコラたちではありません.

 アニャンが偉そうに指示を出す,そのアニャンに文句を言う,サッカーのパスをする,監視役をする,騒ぐ,机の上に乗る,走り回る.それぞれの場面に詳しい説明があるわけではありませんが,文章を一読すれば,こんなカオスな光景が想い浮かびます.そしてこんな景色を目にすると,そんな細々としたことが詳細に書かれている,そんな気がしてきます.でも,文章には一つ一つの行いが別々に書かれています.絵は一場面にそれを凝縮させているので,読者は一眼でそんなゴタゴタが把握できるのです.


 見張りが甘く,廊下から「だし汁」が現れる恐怖の場面.誰か生徒を一人捕まえて説教をする場面.もちろん,読者の耳にはこう響いてますね,「私の目を見なさい」,と.

 お話では,「だし汁だ!」と誰かが叫び,それを聞いた「だし汁」が犯人探しをするのですが,アニャンがニコラのせいにする,ニコラは違うといって泣き出す,リュフュスはニコラをかばう,アルセストが叫びだす・・・とやはりカオス状態に.最後の挿絵では「だし汁」を前に生徒,そして「だし汁」の背後で悪ふざけをする生徒が描かれています.すでにカオス状態にある教室で,実際には文章にはこのような場面はありません.そうなのですが,叱られているクラスメートを笑わせようと,怒っている恐ーい先生の後ろでいたずらをする,それにつられて叱られている生徒が思わず笑ってしまい,さらに怒りに火を注ぐ.きっとどこの国の読者にも,すぅ〜とすんなり理解できてしまう,懐かしいような,アルアルな光景ではないでしょうか.









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