« La nouvelle », HIPN, vol.1, pp.102-109.
フランス語で,女性の定冠詞(la)+形容詞の女性形(nouvelle>nouveau)と来ると,例えば次に「車」のような女性名詞が想像できます.la nouvelle voiture「新しい車」のように.ちなみに,車を買い替えた場合には中古車でも,あなたの「新車」(votre nouvelle voiture)のように使います.新品の車なら,la voiture neuveという方が普通です.
それで,la nouvelle...と読むと,つい次の名詞を想像してしまいます.邦訳では「新しい先生」となっていますので,「先生」(maîtresse)を補って訳しています.実際,ニコラのクラスの担任の先生が用事があって,長引いたら1週間ばかり休みをとるというので,「新しい先生」が来るお話です.現に「新しい先生」(la nouvelle maîtresse, p.105)という表現もお話に出てきますから,深く考えなくてよさそう.そうなのですが,『プチ・ニコラ』のファン,あるいは文学好きな人にはついつい,深読みして楽しんでしまうという悪い癖があります.それで最初にどう考えたかというと,後ろに名詞がつかない場合には,フランス語では「ニュース,お知らせ」の意味なんです.ですからもしかしたら,ある日ニコラたちが突然受け取ったお知らせについてのお話なのかもしれません.だって冒頭書き始めだって,次のような感じですから.
昨日,授業が終わるほんの少し前に,担任の先生が「よく聞いてちょうだい」と僕らに言ったんだ.
「みなさん,先生はしばらくの間お別れしなくてなりません.家庭の事情で田舎に帰ります.(・・・)」(p.102)
ニコラたちにしてみれば,まさに予期せぬ驚きのニュースです.みんな「立ち上がり,先生と握手したんだけど,僕らすっごく心配だったんだ.僕なんて喉にものが詰まって何も言えなかったよ.」(p.103)
まるで卒業か永遠のお別れのような愁嘆場ですが,「長引いても」たった1週間なんですけどね.それはともかく,こうして担任の先生は去り,ニコラたちのクラスには新しい,「サヴァラン先生」がやって来ます.映画版にも同じ設定が使われていましたが,映画でのように,アニャンが古くなったチョコレートで先生を毒殺しようなんて物騒な話は出てきません.でも大枠は同じで,「クラスで一番で先生のお気に入り」のアニャンと,「クラスでビリ」のクロテールの立場が入れ替わってしまいます.
「サヴァラン先生」は,どういうわけか担任の先生が別れ際に言った言葉をほぼそのまま反復,挨拶の言葉に変えて授業を始めます.まずは地理の授業でフランスの川についての質問です(映画まんま).それでみんなで見れるようにと,地図を取りに行かせようとすると,いつもの習慣でアニャンが立ち上がります.
アニャンがすっくと立ち上がった.だってあいつはクラスで一番で先生のお気に入りだから,いつもやつがものを取りに行くし,インク壺にインクも入れるし,答案を集めるのも黒板を消すのもやつなんだ(p.107).
1枚目のイラストにも,何も疑問に思わず「すっくと立ち上がった」アニャンが描かれています.しかし先生の方の吹き出しには「20点満点でゼロね」と予期せぬ強烈な言葉が.するとアニャンが立ち上がった姿じゃなくて,今まで自分には発せられたことのない「ゼロ」の言葉に,何が起きているかわからず,キョトンとしているのかもしれません.周りじゅう,みんな同じ顔して驚いているようです.
すると「サヴァラン先生」は「着席してなさい!」といきなり威圧的.「自分勝手しない!(« un peu de discipline »)!全員で立ってどうするの!地図を取りに行く人は私が指名します.」(p.107)怖いよ〜.それで指名されたのがクロテール.突然指されたクロテールは「真っ青になって」地図を取りにゆきます.驚いたのはアニャン.
「でも,せ,先生・・・」
「どうやら教師のいうことをきけない人が一人いるようね.そんな人にはおしおきしなきゃね.お座りなさい!」
びっくり仰天してクロテールは地図を取りに行った.それではあはあ息を切らして,それでもすっごく得意げに地図を持って戻ってきたんだ.(p.107)
2枚目のイラストです.どうです,得意げでしょう?でも,この地図,ギリギリ教室の扉につかえるんじゃないかなぁ.2頭身クロテールの背丈の数倍はあるし.ともかくも,フランスの地図であるのは間違いありません.川じゃなくて,「鉱物」学習用のようですが.そんな間違いは文には書かれていませんし,みんなこの地図で「セーヌ川」のお勉強をし始めますから大丈夫だったのですが,イラストの方はちゃんと,いつもの<できない>クロテールが演出されているということでしょう.邦訳では,イラストをフランス語のまま掲載してあります.ですから,このイラストに表れた<正確な>キャラの描写が生かされておらず残念です.
その後,やはり映画でのように,サヴァラン先生はクロテールを「イレール」と呼んで間違い続けるのですが,これは彼女の勘違いを表したもの.つまり,できるアニャンとできないクロテールも最後まで混同したままです.「おどけてないで,クラスメートのイレールをお手本にでもしなさいな.」(p.108)
アニャンはクロテールをお手本にしなさいなんて言われたからあんまりびっくりしちゃって,泣きさえしなかったよ.(p.108)
それで読者は驚きを通り越えて,口をパクパクさせている金魚のようなアニャンを想像してしまいますが,イラストの方はもっと勇敢です.
教科書を投げ捨て,こんなのやってられるか!と怒りの表情を見せています.ニコラたちは緊張感もほぐれ,なんだか新しい先生も悪くないみたいな話を始めます.「どうせ同じことだよ」と冷めたメクサンは,「先生は先生だって.僕らにしてみれば変わりゃしないよ(« ça ne change rien. ».」と達観しています.それでニコラも「メクサンの言う通り」なんて同調するのですが,休み時間になって,一つ大きな変化がありました.
僕らのチームのキーパーにはアニャンがなったんだよ.あの,先生のお気に入りのクロテールのやつの代わりにね.あいつは歴史の授業の復習(repasser)なんてしてるんだぜ.(p.109)
あれあれ,いつもはアニャンにつく「汚い,汚れた,卑怯な」という形容辞がクロテールについています(ce sale chouchou de Clotaire).これまでは「あの,卑怯な告げ口やろう!」(sale cafard)といえばアニャンなのですが.すっかり入れ替わっています.それで,書を捨てよ,校庭に出ようなんて具合に,キーパーをやってるんですね.そういえばイラストでアニャンを見つめる左の男の子たちからも,どことなく歓迎ムードが漂っているような.
クロテール,「ビリ」の汚名返上なるか?!・・・ならんでしょうな.それにしても,クロテールとアニャンが入れ替わるなんて,なんてビッグ・「ニュース」なんでしょうか.
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