« L'anniversaire de Clotaire », HIPN, vol.1, pp.81-87.
今回から『白ニコラ』(『プチ・ニコラ未刊行集』第1巻)の「第2章」のお話なんですが,この『白ニコラ』も『赤ニコラ』(第2巻)も,それぞれのお話が最初に掲載された時期も誰がどうやって章に分けたのかも分かりませんので,あくまで便宜上の区分です.
それはともかく,「クロテールのお誕生日」という題名の横に,人形を手にはめて変な帽子を被ったおじさんが歩いています.
このような小さなイラストだと,だいたい大判のイラストから切り取って貼り付けたものがほとんどで,ときによそのお話から拝借なんてこともありますが,このおじさんの図は大判イラスト(本話では3枚)には見当たりません.話を読めば,このお話用の絵に間違いありませんから,描き下ろし?なんでしょうか.珍しいことです.ちなみに,5枚目に当たるイラストもそうなんです.
これなどは2枚目からの切り抜きかと思いましたが,どうも違うようです.う〜ん,やはり珍しい回です.
さて今回はクロテールの誕生日会にお呼ばれしたというお話なんですが,文章的には色々細かいですね.やや,すぎるくらい.
僕がクロテールの家に着いた時には,もうみんな揃っていたよ.ママンが僕にキスして,「6時には迎えに来るわね.いい子にしてるんですよ.」というので,僕が「もちろんさ.いつものようにいい子にするさ.」と返すと,ママンは僕をじっと見て,「5時半頃には来れるようにしてみるわね.」だって.(p.81)
別にニコラたちを心配しているわけでもなく,ニコラと別れているのが辛いというではさらさらなく,ママンがきっとニコラたちが「いつものように」何かしでかして早めに追い返されるだろうと思っているようです.クロテールのママンも,「ちゃんと行儀よくしなくっちゃ,ご両親に電話してすぐに連れて帰ってもらいますからね!」(p.82)と言っていますから,<しでかす→追い返される>はよくあるパターンのようです.そういえば『プチ・ニコラ』の記念すべき第1作目(『風船』所収)でも,チョコレートを食べすぎて気持ち悪くなった子どもたちを連れ戻しに,お母さん方が迎えに来てました.
話を戻すと,文章的に細かいと書いたのは,このママンの送迎の場面はこのお話の中で,ほとんど独立していて,他の箇所につながっていないからです.なくても全く問題ない感じです.もちろん,ニコラのいう「いい子にしている」が,結局は裏切られるという意味では全体の流れに沿った記述なんですが.
クロテールはドアを開けるなり,「どんなプレゼントを持ってきてくれたんだ?」といきなりプレゼントを要求します.何かぶっきらぼうというか,あけすけというか.日本ならやや不自然な感じがします.それはともかく,プレゼントは「たくさんの挿絵とたくさんの地図がついた地理の本」で,返事は「ま,とにかくありがとね.」(« Merci quand même »)というものでした.さすがに「クラスでビリ」のクロテールですから,「地理の本」では萌えないので,「ま,とにかく」がついているのです.
会場にはアニャンもちゃんといました.冒頭で「みんな」(tous)招待されたと書いてあったので,どうかなと思っていましたが,仲間外れがなくて良かったです.
テーブルにつくと,おやつのお呼ばれですから,クロテールのママンはチョコレートを出してくれます.クロテールのパパは全員の頭に,「紙の帽子」を被せて雰囲気を盛り上げようと努力しています.で,自分では「赤いポンポンのついた水兵さんの帽子」を被っていたそうです.2枚目のイラストのような場面でしょう.
単に「チョコレート」としか書いていないんですが,バカでかいケーキですね.どうやっても平らげるのは無理なほどの大きさです.でも,みんな嬉しそうに頬張っています.それぞれの頭の上にはパーティ用の紙の帽子がのっています.それで,何やらガミガミ注意している様子のクロテールのパパの頭には,確かに水兵さんの帽子が.それも赤いポンポンつき.こりゃ,目立ちますね.でも,赤いポンポンをつけた帽子を被っている水兵さんなんて見たことないでしょう?これはどうやら子どもたちのウケ狙いでしょうか.
「みんながいい子にしていたら,おやつの後で,わしが人形劇をご覧に入れようじゃないか.」とクロテールのパパが言ったんだ.そしたらウードが,「そんな帽子を被っていたら,おじさん失敗しないね.」とつっこんだ.それを聞いたクロテールのパパはウードに帽子を被せたんだ.だけど,おじさんあまり器用じゃないね.首元まですっぽり被せてしまったんだよ.(p.83)
フランスの「人形劇」(guignol)では,滑稽でおかしな人が出てきて,おバカなことを言ったり,偉そうにしているお巡りさんが逆に棒で引っ叩かれたりします.そういうイメージを持つと,ここでウードがクロテールのパパの被った帽子を皮肉っているのが分かります.おじさん,そんな帽子を被っていたら,何やったって,たとえ劇が下手でつまらなくたって,みんな笑うから,という意味です(邦訳は少し解釈が異なるようです).その皮肉というか,嫌味をちゃんと理解したからこそ,気を悪くしたクロテールのパパが,ウードに乱暴に帽子を被せたために,「首元まですっぽり」おろしてしまったのです.
さあ,もう,クロテールのパパの受難は始まっています.でも本当は受難というより,子どもに良かれと思ってしていることが全て裏目に出てしまうわけですから,自業自得なんですけどね.大人の妄想と押しつけがましさがしっぺ返しを食うという,『プチ・ニコラ』によくあるパターンです.偉そうなお巡りさんが棒で引っ叩かれるような?
チョコレート以外にも「たくさんのケーキ」があったというので,↑のケーキはそれかもしれません.ケーキには白いクリームで,「おたじょうひ,おめでと」(« Bon Aniversère »)と書いてありました.もちろん,書いたのは「クラスでビリ」のクロテールです.綴り字を上の↑題名と見比べてください.
おやつの後は人形劇となります.ノリノリなのは,しかしクロテールのパパだけ.アルセストなんて「えぇ!もうおやつ終わりかよ?!」なんて悪態ついてますし.それでまずは5枚目のイラストが先でしょう.だって開幕前ですから.
いよいよ人形劇の部屋に入ってきますが,「大人しく席について」なんてクロテールのパパのお願いなんて効果なし.
僕らはみんな,大人しく座ったんだ.椅子を一つひっくり返しちゃったけどね.その椅子にはアニャンが腰掛けてたから,泣き出しちゃったんだ.その時,人形劇の幕が開いたんだけど,人形じゃなくて,クロテールのパパの顔が出てきたんだ.真っ赤になって,ちっとも嬉しそうじゃないんだよ.(p.84)
クロテールのパパの顔は見えますが(確かにウードの言っていたように面白いかも?),客席は全て空.誰も座っていません.あれっ?「「僕らはみんな,大人しく座った」はずなのに.それに椅子もひっくり返っていませんし.ま,いつものニアミスですね.でも,客席に誰もいないせいで,クロテールのパパによる,文字通り独りよがりの一人芝居がいっそう滑稽に見えます.滑稽なだけにそれだけ,怒りの様子もなおさら目立つかも.
それでようやく劇が始まり,「ギニョルさん(人形)が小脇に棒を抱えて,お巡りさんを引っ叩こうと」すると,お父さんがお巡りさんのリュフュスはムッとするし,ウードは「第一部」の方が面白かったと不満たらたら.「第一部」?って,クロテールのパパの顔が出てきたのを指しているようです.あれ,第一部だったんだ・・・.
ここでもう,ニコラたちの関心はテレビに移ってしまいます.
この時代にテレビは未だ普及していませんから,とっても珍しいもの.映画版でも,ようやくテレビを買ったニコラのパパが配送・設置料をケチって自分で持って帰ってきて,接続する前に壊してしまうなんてシーンがありました.でも,人形劇を見てもらえないクロテールのパパが癇癪を起こして,ドンと一発テレビを叩いてしまうと,「すっごい音がして,画面が動かなくなってしまいます.どんだけ怒ってたんでしょうね.
それでクロテールのパパはクロテールのママンになだめられ諭され,「そもそも,あなたがパーティを開いて,クロテールの友達をご招待しようじゃないかと言い出したんじゃないですか」と残酷な事実を突きつけられます.自業自得ということです.クロテールはテレビが付かなくなったと泣いていますし,もう踏んだり蹴ったりです.やっぱり,喜ばせてやろうなんて大人の思惑,じゃなくて親切心?なんて,身勝手な妄想ということなのでしょうか.
翌日,「クロテールはどんより落ち込んでいたんだ.」それも,「僕らのせい」だっていうんです.「僕らのせいで,機関車の運転手になり損ねたんだ.」とのこと.???どういうことかと思ったら,クロテールが言うには,
僕は大きくなったら機関車の運転手になりたいんだ.でも,昨日のパーティが終わってから僕はもう大きくなれないんだ.だって,パパがもう金輪際誕生日なんてないからなっ!だって.(p.87)
「パパがもう金輪際誕生日なんてないからなっ!」(« il[Clotaire] n'aurait plus jamais d'anniversaires »)というのは,文字通りには「お前〔クロテール〕はもう絶対に誕生日のパーティを持たないだろう」となります.もちろん,クロテールのパパは今後一切誕生日会を催すつもりなどないと怒っているのですが,「クラスでビリ」のクロテールの論理では,「誕生日を持たない」→歳をとらないから大きくならない→大人にならないから機関車の運転手になれないとなっているようです.
繰り返しになりますが,それにしても,大人の勝手な思い込みを子どもに押し付けて,子どもが喜ばないからって癇癪起こすなんて.本当に大人ってやつはどうしょうもないですね!
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