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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(93)

更新日:2021年8月9日

« (1611-1673) », HIPN, vol.1, pp.66-71.

 題名は訳すまでもありません.「(1611-1673)」です.もちろん,何のことやらさっぱりわかりません.ではこれまでもあったように,フランス人ならピンとくる数字の羅列かというと,まったくそんなことはありません.何,それ???だから,このお話の題名は,読者に何,それ???と思ってくださいというメッセージを発する,訳のわからない記号なのです.でも,そんな訳のわからない記号だから,そのまま題名として残しておいても,当たり前のように訳がわからない.それで,邦訳では「百万フランの問題」とされています.フランは今のユーロに代わる前のフランスの貨幣単位です.どのくらいの価値があったかというと・・・それはなかなか難しい問題です.当時の〜なら幾らだったから,と比較対象があって初めて実感が持てるというものでしょう.そこでちょっと脱線して,wikiさんを覗いてみると,第二次世界大戦後1945年では480フラン=1ポンド(119.1フラン=1ドル)であったのが,たった4年後の1949年には980フラン=1ポンド(350フラン=1ドル),1957年には1382.3フラン=1ポンド(493.7フラン=1ドル)に下がっているそうです.その後,1960年に1/100のデノミネーションを実施したとかで,この後は100フランが「新フラン(nouveau franc)」として使われるようになったそうです.

 数字に弱い私としては,何やら題名と同じくらいごちゃごちゃして,逆にわからなくなってきましたが,『プチ・ニコラ』が連載されていた時期がちょうど,1959年から1965年ですから,なおさら,どのように計算したら良いか迷うところです.でも後半で,「100万フラン,旧フラン換算で2万4000フラン」という表現が出てきますから,1960年以降という設定でしょう.しかしとりあえずおおよその価値を知りたいので,1957年を基準としてみると,1ドル=493.7フランですから,100万フランは2025ドルくらいになるでしょうか.1ドルが固定相場で360円とすると72万9000円ですが,当時の消費者物価指数は現在の1/4とも1/5とも言われますから,1/4なら291万6000円,1/5なら364万5000円となります.それで大きい方で理解しておくと,邦訳の題名は「364万5000円の問題」となります.こりゃ大変です.私が子どもの頃には「100万円あったらどうする?」という質問をよく耳にしましたが,それは100万円というのは「使い切れないほどたくさん」を意味する記号であったからです.その3倍以上の「問題」って何なのでしょうか.邦題からして,やっぱり謎に満ちたお話です.

 とりあえずお話に入ると,何と1950年代のフランス人の習慣と感性の宝庫のようなお話です.ニコラは水曜の夕方に学校が終わると,「みんなすっごく嬉しい」と言います.それは翌日の木曜日は学校が休みで,悪戯などをして罰を受けなければ誰も登校しないからです.何度か出てきていますが,この頃のフランスの学校は木曜日がお休みでした.それで休みの日には,子どもたちはよくお小遣いをもらって,映画を見に行ったようです.前日の水曜日,学校から出てきて,次の日には学校に行かなくてよくて,晴々とした気分で映画館の前を通ると,その日に上映作品が変更されていたそうです.この日に上映プログラムを変更するということは,木曜日にお客が来ることをあてこんでいたということでしょう.子どもたちにとって,木曜日はかなり待ち遠しい日だったのです.但し,前の週の金曜日から水曜日までに「イタズラをしたり,テストで悪い点を取ったりしなければ」という条件がつくのですが.そうするとお小遣いはもらえなかったそうです.小学三年生くらいのお小遣いはすると察するに,映画に1回来るくらいの額だったのでしょうか.2021年現在は大体平均10ユーロくらいとされていますが*,この計算で行くと,同じサイトでは1960年は0.28ユーロで,現在の1/35だそうです.しかしまたもや消費物価指数を考慮しなくてはならないのですが.面倒なのでパス.

* https://www.doc-cine.fr/quel-est-le-prix-moyen-dune-place-de-cinema/

 ニコラたちは学校の帰り道に,上映作品の中に「ダルタニャン再び」という作品を発見し興奮します.前々話(91)で触れたように,フランスで子どもたちはcape et épée(チャンバラ)が大好きですから,早速カバンから定規を取り出し,映画館の前で一勝負始めます.これが本話についた唯一のイラストです.


 ニコラたちがチャンバラに興じている背後の建物の向かって左側には,縦にCINEMAのネオンが光っています.建物正面には上映中の作品の大きな看板が貼り付けてあります.字は切れていますが,間違いなく「ダルタニャン」です.文字のすぐ下には夜に馬で駆け参じるダルタニャン,その右には決闘の場面,その下には剣で相手を倒すダルタニャン,手前で大きな口を開けて怪しい笑いを浮かべているのは,腹黒くずる賢いリシュリユ枢機卿でしょうか.ダルタニャンは正義の味方で仲間の三銃士と力を合わせて,枢機卿の悪巧みを頓挫させるのです.映画館の前でニコラたちはもちろん,そんな正義の味方のダルタニャン.剣ならぬ定規を合わせて戦っています.すごいゴタゴタ感.奥の窓口から切符売りのおばさんが迷惑そうに外を見ています.もうすぐ,「シッシッあっちへお行き,お客さんが入れないじゃないか」å,と追い払いに来るそうです.

 ちなみに木曜日には2時に映画館に集合するようです.それにもちゃんと理由があって,そうすると1本の作品を続けて2回半見れるからだそうです.今の映画館のように入場入れ替えがなくて,幸せですね.私の子どもの頃も,何度でも粘って見ていられました.「2回半」というのは,おそらく1本が当時,平均して1時間半の上映時間でしょうから,3時間と45分,つまり,6時前には食事に帰らないと叱られるのです.

 ダルタニャンの名を聞いて,ニコラたちはチャンバラを始めるのですが,一人「クラスで一番で,先生のお気に入り」のアニャンだけは,歴史に想いを馳せます.


「ダルタニャンが実在の人物だって知ってる?僕が読んだ本には,本当の名前はシャルル・ド・バで,ジェール県のリュピアック生まれ,オランダのマエストリヒトで死んだんだってさ.それで生没年は1611年ー1673年でさ.」(p.67)


 と,まぁ,「クラスで一番」らしく知識をひけらかすのですが,ニコラたちはガン無視.定規の剣で「えいっ,ヤァ,とー,おのれ卑怯者め.」しかしこの情報のお陰で,一旦は却下された映画鑑賞が許可されるのですから,知識はやはり侮れません.

 家に帰ったニコラはパパにお願いしますが,交渉は捗々しくありません.それも当然,今週ニコラは文法で0点を取ってしまったからです.そこで泣いたり喚いたり拗ねたり,手を替え品を替え何とか頼み込みますが,やはりダメ.夜になると,パパはいつものお気に入りのラジオ番組を聴き始めます.

 帰宅後新聞を静かに,誰にも邪魔されず新聞を読み,お気に入りの番組をラジオで聴く.パパの生活習慣もやはり,今の私たちの生活とはだいぶかけ離れています.しかも聞いているのはどうやらクイズ番組です.ラジオでクイズ番組を放送し,それに大の大人が一所懸命聞いていた時代があったのですねぇ.お小遣いを断られたニコラはいつもの叱られた時のように,家出したり,みんながニコラの家出を後悔したりと,妄想モード全開でいるのですが,そのうち,朗読では14点を取っていたことを思い出します.フランスは20点満点で点数をつけますし,一般に点の付け方はかなり厳しくて,平均は10点以下ですから,14点というのはかなりすごいほう.これを交渉材料にと,もう一踏ん張り粘りますが,やはりパパは聞いてくれません.その時!ラジオから「100万フラン,旧フラン換算で2万4000フランです.或る小説で有名になったリュピック生まれの人物です.誰でしょうか?生没年は?どこで死んだのでしょうか?」と聞こえてきます.それで,しつこく要求を繰り返していたニコラに「静かにしろ!」とパパは怒鳴りますが,ニコラは叱られたのなんてなかったかのように,サラリと「シャルル・ド・バ・ダルタニャンだよ.ジェール県のリュピック生まれで,死んだのはマエストリヒト.生没年1611年,1673年.それでお小遣いくれる?」と請求.ラジオから全く同じ回答が流れてきたのを聞いて驚いたパパは,つい財布の紐を緩めてしまいます.この当時のフランス人が使っていた財布に紐があったかどうかは分かりませんが.

 それはともかく,これ以降,パパはニコラに一目置くようになったそうです.やはり知識は力なり.でも本当のそして隠れた功労者はアニャンなんですが.次はガン無視はやめてあげましょう.



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