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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(92)

« Excuses », HIPN, vol.1, pp.58-65.

題名のexcuseとは,「言い訳,弁解,口実,謝罪」などを表す言葉で,要するに「ごめんなさい」というわけです.それで,できなかったことの言い訳を説明する文書も指すことになります.冒頭でニコラが定義しています.


学校でとっても便利なのは,言い訳の手紙さ.言い訳の手紙ってのは,お父さんが書いてくれる手紙とか名刺でね,担任の先生に,遅刻したり宿題をやってなかったりしても,叱らないでやってくださいって書いてあるんだ.でも困ったことに,お父さんのサインがなくっちゃいけないし,日付も入れなくちゃなんだ.同じ紙を別の日に使ったりしないようにね.(p.58)


 お父さんが「名刺」に書いてくれる場合もあるので,本来なら「手紙」とは区別して,「理由書」とか,単に「言い訳」という訳語がいいかもしれません.しかも,ニコラがわざわざ説明しているってことは,ちょっと彼には難しい言葉を使っても雰囲気が出るかも.「りゆー書」とか?でも,このexcusesの訳が難しいのは,また別のりゆーがあります.本話のオチに関わるところなので,最後に見ることにしましょう.

 学校で宿題が出る.子どもたちは家で頭を悩ませ翌日提出する.本来ならこれだけことなのですが,宿題に関係するのはどうやら先生と子どもだけではないようです.何らかの理由で宿題ができなかったら,お家の人が「言い訳」を書いて子どもに渡します.先生としても,正当な理由があるなら,叱るわけにもゆきません.そういえば,映画版でもクロテールが担任の先生に言い訳を提出する場面がありました.それが,すごく汚い字で,所々書き直してあって,最後に署名が「パパより」とあったために,先生にバレてしまいました.ほんの少し,工夫が足らなかったようね,クロテール.本話にも,クロテールの「言い訳」が引き起こした騒動が出てきます.


担任の先生は言い訳の手紙があまり好きじゃないんだ.それで時に揉め事が起きるから注意しなくちゃならない.クロテールの時みたいにね.あるときクロテールが言い訳の手紙を持ってきたんだ.それがタイプライターで打ってあった.それを見た担任の先生はクロテールがよくする書き間違いを見つけたんだよ.それでクロテールは校長先生に呼び出しされて,校長先生は退学だ!って言ったんだけど,なんとか停学で済んだんだ.それでクロテールのパパはクロテールがかわいそうになって,サイレンの部分が動く,かっくいー消防自動車を買ってあげたんだよ.(p.58)*

*ちなみに邦訳では「書き間違いを見つけたんだよ」の後に,「クロテールが理由書を自分で書いたと思い」とありますが,この文は原文にはありません.訳者が読者のために挿入したものです.


 これが本話に挿入された2枚のイラストの1枚目です.


 タイプライターを打っているのはおそらくクロテールでしょう.書いてある文字は・・・


Chere Madem0isel (正しい文字) →Chère Mademoiselle

Notre Petit ClotairE a été →Notre petit Clotaire a été

maladE et il a pas pu →malade et il n'a pas pu

Faire sont devoir il été →faire son devoir. Il était

vrémeNt très malade →vraiment très malade

il ne faut pas le pUn...(p.59) →il ne faut pas le punir.


 う〜ん,この左側の綴り字を見れば,誰だって子どもが書いたと思うでしょう.偽造とズルを疑われて,校長先生に呼び出されても文句は言えないかも・・・でも,どうやら,この言い訳文を書いたのは本当にクロテールのパパだったようです.それで,パパは信じてもらえず罰を受けたクロテールに同情して,「サイレンの部分が動く,かっくいー消防自動車」を買い与えたのでしょう.それに本話の後半部分で,言い訳の手紙を持ってきたニコラにクロテールが言います.


「お前はいいなぁ.僕の父さんのなんてもう言い訳の手紙は書きたがらないんだよ.ほら前に僕に書いてくれて停学くったから,それ以来ダメなんだ.」(p.65)


ということは!前の間違いだらけの言い訳の手紙はやっぱりクロテールのパパが書いたのです.つまり担任の先生が「クロテールがよくする書き間違い」と思ったのは,クロテールのパパがよくする書き間違いで,クロテールはそれを覚えていて,そのままタイプ打ちしたというわけです.親子揃ってフランス語が苦手なのかしら.それで事実が発覚して,校長先生は慌てて罰を軽くしたものの,クロテールのパパはいらぬ恥をかいてしまいました.それでもう二度と書きたがらないのです.すると,↑のイラストでタイプを打っているのは,本当はクロテールのパパのはずです.そうでないと,「もう書きたがらない」という後半部分にも繋がりませんし.でも,映画で描かれたように,子どもがズルをして,言い訳の手紙をでっち上げるなんてこともありそうですし.そんな経験も,サンペの頭をよぎったのかもしれません.それに子どもがしそうな間違いの文章も面白いですし.

 さてニコラに話を戻すと,ニコラは「算数の宿題がぜんぜん好きじゃない」.なぜなら,「算数の宿題がある時には,ぜったいにパパとママンがケンカするから」だそうです.それで私は,いつもの『プチ・ニコラ』から察するに,パパが計算を間違えてとか,そんな話かと思いました.だって,(88)のお話では,こんなことも書いてありましたから.


僕は担任の先生に少し居残りしなさいって言われたんだ.だって算数の宿題で間違えましたよって.パパにちゃんとやってよって言わなくっちゃ.(p.28)


 ところが今回は宿題をめぐってパパとママンが本当に険悪な雰囲気になるのでした.それでも,優しいパパは最後にはちゃんと,名刺に言い訳を書いて持たせてくれました.これがイラストの2枚目です.


 宿題を提出する当日です.みんなで答え合わせに余念がありません.画面の右から,嬉しそうに手紙を持ってくるのがニコラ.画面中央でメガネをかけているのがアニャンでしょう.なぜかといえば,ジョフロワが答えは「卵は3508個」と宣言し,ウードが大笑いしバカにします.横からアニャンが「僕も同じ答え」と突っ込むと,ウードは血相を変えて,皇帝の隅に行き,修正します.ですから,画面の一番左端で,修正をしているのがウードでしょう.ジョアキムとメクサンは「卵は3,76個」と同じ答えに辿り着きます.時に宿題があんまり難しいと,二人はよく電話をして答え合わせをするそうで,そんな時担任の先生は二人に0点をつけます.でも今回は大丈夫!と二人.だって「今回電話で話したのは僕らじゃなくて,僕らのパパ同士だからね.」(p.64)それって可?いや,そもそも,アニャンが3508個で二人(のパパ)は3,76個って離れすぎじゃない?いやいや,そもそも,卵3,76個(小数点以下)ってどんな答え???そんなこんなは置いておいて,アニャンの目の前で話している二人はジョアキムとメクサンかもしれません.

 この絵が面白いのは,サンペのいつものゴタゴタした(=描き込んだ?)絵が面白いというだけではなく,絵の中に幾つもの線が整然と見えるからでしょう.線というのは目線のことです.まず右側の子どもたちは,言い訳の手紙を手にしたニコラの方を向いています.みんなの目と鼻を延長した先にはニコラの手紙があるのです.次に,アニャンを含む数人の子はジョアキムとメクサンのプリントに目を向けています.ですから,斜め下を見ているような具合です.この二つの線から外れているのは,答えを修正しているウード(左端)と,右奥,校舎に寄り掛かるようにして座っている少年,そして画面中央でプリントを見ながら考え込んでいる少年の3人だけです.3人を繋ぐと三角形となりますし,ウードを除くと後の二人は同じ姿勢をしているので,背後の校舎の建物と並行して座っているように見えます.でも,そんな整然とした構図を壊すかのように,校舎の壁には馬と人の落書きがしてありますし,鞄もそこらに立てかけてあったり散らばっていたり.幾つもの線のおかげで全体が整然として見えるのですが,壁の落書きや散らかった鞄などのおかげでアクセントができています.そして目線から宿題の難しさと,まんまと宿題をやらずに済んだニコラの晴れやかな顔に焦点が合うように描かれているのです.

 さあ,いよいよ提出の時が来ました.ニコラはクロテールやアルセストから羨ましがられます.うまくやりやがったな・・・鐘がなり,整列して,後は提出するばかり.

 そこへ校長先生がやってきて一つアナウンス.


「みなさん,ブイヨ・・・ちがった,デュボンさんが今日は監督です.みなさんの担任の先生はご病気です.先生からみなさんに『ごめんなさい』だそうです.」


 この最後の「ごめんなさい」は校長先生の言葉として,間接話法で書かれています.人からの伝言を他の人に伝える用法です.そのまま訳すと,「みなさんの先生はご病気です.先生は本日のことをお詫びしました(« elle s'est ecxusée pour aujourd'hui. »」となります.「お詫びした」はs'excuserで「謝る,謝罪する」という意味の動詞表現ですが,これが題名のexcuses「言い訳,弁解,口実,謝罪」と同じ語からできているのは見た目でわかるでしょう.それで題名の方は弁解を表す手紙を表し,この最後の動詞は「弁解をした,お詫びした」となるわけです.ニコラとしては,せっかく家中で大騒ぎして,パパとママンもケンカしてまで手に入れたexcuses「ごめんなさいの手紙」を持ってきたのに,当の宿題を出した先生の方がexcuse「ごめんなさい」と言ったというわけで,名詞と動詞を使ったダジャレがオチになっているのです.これでは訳しようがないし,excuseを用いたシャレも翻訳したら面白くもなんともないというわけで,邦訳の訳者は「理由書」をめぐって家庭と仲間内で大騒ぎした後に,「理由書」を提出したのは,宿題の提出を求めた先生の方だった・・・と工夫しています.

 どうです?原文を読んでいたらすぐにわかるギャグが,翻訳では消えてしまうのがわかるでしょうか.







 


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