« La maison de Geoffroy », HIPN, vol.1, pp.50-57.
待ちに待った「ジョフロワの家」の登場です.フランス語でmaisonは「お家」,それも一軒家を指します.ニコラの家もどこか郊外の一軒家のようですが,「とってもお金持ちのパパがいて,ジョフロワが欲しがるものなら何でも買ってくれる」ジョフロワのお家とは比較になりません.確かに子どもは家がお金持ちだとか貧乏だとか,それをストレートに自慢したり引け目に感じたりします.でも,そんな大人の事情なんて素知らぬふりして,一つの部屋にこもって,みんなで楽しんだりもできるのです.どんな風かというと・・・
黒服のおじさんと僕は階段を上がり,扉の前に来た.扉の向こうからは,ギャーギャー吠えたり大声で叫んだりするのが聞こえた.黒服のおじさんは額に手を当て一瞬どうしようかと迷っていたけど,すぐ一気にドアを開けて僕を中へ押し込み,僕が振り返る間もなくまたバタンと扉を閉めたんだ.(p.52)
と,「黒服のおじさん」ことアルベールさんが部屋の中を想像して開けるのを躊躇するほどの騒ぎだったんです.でもそれって,大人の価値観なんて全く無関係に,みんなで楽しんでいるってことでしょう?
ちなみに大人の価値観を具体的に示すのが,世界三大珍味の一つとされる「キャヴィア」です.ジョフロワの家まで車でニコラを送ってきたニコラのパパは,「家の前の公園」(もちろん,庭のこと),「腎臓の形をした大っきなプール」,「たくさんの飛び込み台」(そんなに幾つもあってどうするの?)などに圧倒されます.そしてニコラを車から下ろし,「6時にはまた迎えに来るからな.キャヴィアを食べすぎるんじゃないぞ.」(p.50)と言い残して帰って行きます.ニコラが「キャヴィアって何?」と質問する間もありませんでした.大きなお屋敷=お金持ち=キャヴィアという発想ですが,ニコラには通じていません.次いで,呼び鈴を鳴して出てきた執事(これが「黒服のおじさん」=アルベールさん)にも,ニコラは同じ質問をしています.すると執事は,「カナぺ〔薄切りパン〕に魚の卵をのせたものでございます」と答えるのですが,これがニコラには気に入らない.「おじさんにからかわれるのは,いい気がしないな.」(« Là, j'ai pas tellement aimé qu'il se moque de moi, le monsieur. », p.52)(邦訳は少し誤解があるようです).なぜニコラがからかわれたと思ったかというと,「居間のカナぺ〔ソファー〕でたくさんの魚がポコポコ卵を産んでいるところ」を想像したからなんです.もちろん「カナぺ」違いの,スーパー親父ギャグ風な勘違いなのですが,お金持ちって言えば直ぐにキャヴィアを思いつく大人の画一的な価値観をズラして茶化しているとも思えるのです.
さて,今回のイラストは4枚あるのですが,まずは2枚目から紹介しましょう.
冒頭近くに,いつものジョフロワの紹介が繰り返されています.
ジョフロワのパパはすっごいお金持ちで,ジョフロワにはどんなものでもお金で買ってくれる.例えばね,ジョフロワは変装が好きだから,ジョフロワのパパはたっくさんの洋服を買ってもらったんだ.(p.50)
「どんなものでもお金で買ってくれる」(« il paie toutes sortes de choses à Geoffroy. »)というのがミソで,お話の最後に繋がるのですが,それはとりあえずまた後で.
というわけで,↑の変装した少年はジョフロワで,どうやら「三銃士」を真似た格好のようです.「三銃士」?!?・・・フランス人なら誰でも知っているお話で,時は17世紀ルイ13世の頃,腹黒い宰相リシュリユの悪巧みに立ち向かう,銃士ダルタニャンと,彼を助けるアトス・ポルトス・アラミスの三銃士の活躍を描いた小説です.日本でいうところの「チャンバラ」に相当する,「騎士物」(de cape et d'épé)(ケープは袖なしのマント,エペはつるぎの意味)にフランスの子どもたちは夢中になります.そういえばうちの近所のガキも最近,裏の駐車場でえいっ,やー,竹刀振り回していますから,そういうのはどこも一緒ですな.それにしても,なんでジョフロワの後ろに馬までいるんですかね.幾らお金持ちの家でも,子供部屋に馬がいたらびっくりです.
続いて残り3枚のイラストを並べてみましょう.
3枚すべてに登場するのは,「黒服のおじさん」こと執事アルベール.どれもかなりクールに任務を果たしている姿です.1枚目は先ほど紹介したように,呼び鈴を鳴らしてからジョフロワの部屋まで案内してもらっているニコラ.でも主役はクールに質問に答え,クールに案内しているアルベールさん.2枚目はプールで遊んでいるニコラたちを飛び込み台の上で監視していたアルベールが,潜水してなかなか上がってこないウードを助けようと,クールに飛び込む場面.左端で食べ物に集中しているアルセスト以外は,プールを覗き込んでウードを心配したり,アルベールのクールなダイビングを見上げて感心しています.そして3枚目は日曜大工に励むおじさんに,クールに道具を運んでくるアルベール.どれもクールすぎてやや苦ーるしそう.
ニコラたちはジョフロワの部屋で,プールで,そして食堂で1日を満喫します.もちろん,キャヴィアは出ませんでしたが(p.55).そして最後にジョフロワはニコラたちをガレージに連れて行きます.そしてそこにある「3台の自転車と,ペダルで動かす小型自動車」を見せびらかします.「真っ赤っかで,ヘッドライトがピカピカ光るやつ」だそうです.「どうだい,見たか?欲しいおもちゃは何でも持ってるんだ.パパは何でもくれるんだから!」おもちゃというより,ジョフロワはパパが大好きで,パパ自慢がしたいわけです.でも,みんなパパは好きなんです.それでニコラが反論します.
僕はジョフロワに向かって言ってやった.「そんなの,何でもないさ.家の物置にはパパが子どもの頃に組み立てた超かっこいー自動車があるんだぜ.木の箱をいくつも使ってさ.こんな代物,ちょっとよそじゃ売ってないってパパが言ってたよ.おまえのパパはそんなもの作れっこないね.それで僕らどなりっこしたんだ.そこへアルベールさんが僕を呼びに来た.『お父様がお迎えにいらっしゃいました.』」(pp.55-56)
帰りの車の中で,ニコラは今日一日の出来事や,ジョフロワのおもちゃのことをパパに話して聞かせます.するとパパは,「うん,うんと僕の話を聞いていたけど,何も言わなかったんだ.」(p.56) パパの心中は複雑ですよね.パパは大人の価値観を持っていますから,大きな屋敷,贅沢なプール,美味しい食事,豪勢な車,有り余るおもちゃ等々を想い浮かべて,自分と比較して,少ーしだけ,惨めな気持ちでいるようです.ところが・・・
その晩,「ジョフロワのパパの乗った,大きくてピカピカひかる車が家の前に止ま」りました.降りてきたジョフロワのパパは,ニコラの家の物置にある,あの「車を売ってほしい」と懇願します.なぜなら,「ジョフロワが,私にも同じようなのを一つ作ってほしいとせがむんですが,どうやって良いものやら・・・.」(p.56)
ところで上で書いたように,ジョフロワのパパは「ジョフロワにどんなものでもお金で買ってくれる」(« il paie toutes sortes de choses à Geoffroy. »)とあった通り,ジョフロワのパパはまずは「売ってほしい」とお金で手に入れようとします.しかし,ジョフロワの要望を注意深く読むと,「私にも同じようなものを一つ作ってほしいとせが」んでいるのです.つまりジョフロワは欲しいものなら何でも手に入るし,ジョフロワのパパは何でも買い与えてくれるのですが,ジョフロワが欲しているのは,ニコラのパパの手作りの車ではなくて,自分のパパに作ってもらうことなのです.だから,大人の価値観,あるいは尺度に当てはめて,大切な想いでの一品はお金では買えないなんて最もらしい倫理が語られているのではありません.実際,ニコラのパパが小さい頃に作った車なんて高価なはずがないし,いわんや物置にしまいこんであるような不要の代物なのです.だから,この申し出を聞いたニコラのパパが,お金で何でも買えるわけではないと説教くさいことを考え,かつお金持ちのジョフロワのパパより上だ,見返すことができた!と喜んだみたいに受け取るのは間違いだと思います.
ニコラのパパが「この自動車はお売りできません.僕には大切なものだからです.でも,一つ,作り方をお教えしましょうか」(p57)と言うと,ジョフロワのパパはすごく喜んで,「『有難うございます,有難うございます』って二度もお礼を言って,『明日教わりに参ります』って帰って行ったんだ.」(ibid.)
ね,いいでしょう?だからこれはお金や身分が関係した大人の価値観についてのお話のようでいて,全くそうではありません.そんな価値観に子どもは(左右されないではなくて)左右されていないという気持ちの良いお話なのです.それで,↑の4枚目に,日曜大工に励むジョフロワのパパの姿が描かれているのですね.背後には「大きくてピカピカひかる車」が止まっています.いま木箱から工作している車と対比することが目的で描かれているのですが,それこそまさしく価値観の対立です.このお話を読んだ後なら,どちらの車が良いか,どちらを選ぶ?と質問されたとしても,比べようがないことがわかるでしょう.アルベールさんは相変わらずクールに道具を運んでお手伝いをしています.パパはパラソルの下の冷たい飲み物を飲みながら,休み休み工作に励んでいるようです.ん?車の前には,大きなお屋敷には必ずある,階段の手すりのようなものが・・・それに手前右側にも・・・.それに,ん?アルベールさん???
お分かりですよね.ジョフロワのパパは明らかに自邸で作業に励んでいるのですが,文章では,「教わりに参ります」って書いてありますから,イラストと比較するとやや変,少し不自然.でも,教わるだけ教わって,家に帰って一人で作業を始めたのかもしれないし(でも,ニコラのパパが口で説明しただけでできるってこと?),必ずしもイラストの間違いではないのかもしれません.が,いずれにせよ,またもや文とイラストの時間と場所がズレているようです.でも,そんな些細なこと,どーでも良いのでしょう.
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