« La cantine », HIPN, vol.1, pp.34-41.
今は昔,フランスでは毎日,パパも子どももお昼には帰ってきて家で食事をしてから,また会社と学校へ戻っていました.少なくとも私が留学していた頃には,そんな習慣は完全に廃れていたようですが,今でも存在するのでしょうか.給食が普及しているからとか,私が留学していたのは大学だからとか(それで小・中学校の習慣を知らない),電車などで比較的遠くの学校に通えるようになったからとか,いろいろ理由は考えられるのですが,あまり聞かなかったのですが,どうなのでしょうね.
本話の題名の「食堂」は,ですから毎日家に帰ってパパと一緒に,ママンが用意してくれる昼食を食べるニコラからすれば全く縁のない場所でした.でもクラスメートのウードだけは学校から「けっこう遠いところに」住んでいるので,食堂を利用しているようです.ちなみに映画版第1作の『プチ・ニコラ』では,ニコラとウードが一緒に帰るシーンがありました.あの,成績表を見せても,親に睨みを聞かせれば何も文句なんて言わないぜ,とウードが凄んで見せた場面です.でも見せたら,引っ叩かれてデザート抜きになってしまうんですけどね.映画の脚本では,このお話は見逃されたようです.
それはともかく,本話の筋はいたって簡単.パパとママンに出かける用事があり,これまで食堂で食べたことなどなかったニコラが嫌がり駄々をこねて泣き叫ぶのですが,結局はウードと一緒に食べた食堂の料理が美味しくて,KYなニコラが嬉しそうにそう報告すると,今度はママンが食事も喉を通らないほど嘆き悲しむというお話.何のことはない,やっぱり子どもには,ママンの料理が一番!と言って欲しいという,寂しさとエゴの入り混じるママンの様子が描かれています.
イラストは大判たったの一枚ですが,サンぺお得意のゴチャゴチャ感がよく出ています.
子どもたちが,右奥から列を作って順番に食堂に入ってきます.ブイヨンさんが采配しているようですから,扉の手前まではちゃんと整列しています.上級生も一緒のようです.しかし食堂に入ると,決められたせきに突進する子もいれば,テーブルの間を駆け回る子もいて,もうまとまりがありません.でも,楽しい食事の時って,そんなものでしょう.右奥入り口の右側に走っている二人組は食堂の中にいるはずですが,何かちょっと不思議な感じです.きっと異常に大きな入り口の扉も,そして入り口の下枠が描かれていないからではないでしょうか.それとも,二人は左から走って来たように見えるのに,二人の背後が椅子だからでしょうか.でも,その他の子どもたちは入り口から左手前に向かってなだれ込んでいる様子がよくわかります.これってテーブルの配置がまっすぐ正面から描かれていたら,こんなに動きのある構図にならなかったでしょうね.
ちなみに今回はブイヨンさん,話の分かる良いおじさんとして登場します.珍しいことです.
さて,文章の方も少し見ていきましょう.「今回限り,食堂でお昼を食べてね.」と言われたニコラは,「わっと泣いちゃったよ.それでわめいて,学校でなんか絶対に食べないよ,ひどいじゃないか,ぜったいに不味いしね,丸一日外出しないで学校で過ごすなんて嫌だ,どうしてもっていうなら僕は病気になってやる,それで家出して野垂れ死ぬんだ,そうしたらみんな可哀想にってどーじょーしてくれるさ.」(p.34)なんて並べ立てるんですが,即座によくこれだけ言葉が並びますね.それでパパがなだめるのですが,ニコラは「いっそう強く泣き叫んで,学校の食事はお肉に脂身がたくさんついてて,それを食べないと殴られて,だから学校で食べるよりは,まるで食べないほうがマシだよ」(p.35)と抵抗します.それで,「僕はもう少しの間だけブスッとしていたんだけど,泣いても効果なしとみて,ママンとパパにキスしたんだ.それで二人とも,おもちゃをたくさんもって帰って来てくれるって約束したんだ.」(p.35)交渉成立.かなり戦略的です.
それでもその日の朝は「喉が詰まって,すっごく泣きたくなったんだ.」というので,かなり辛かったのは確かです.それに追い討ちをかけるように,学校で食事をするとクラスメートに伝えると,ウードはもちろん仲間が増えて喜んだのですが,何とアルセストが「クロワッサンの切れ端をちょこっと」黙って差し出します.
「それで僕はあんまりびっくりしたものだから,涙も止まっちゃったよ.だって,切れ端とはいえアルセストが食べ物を人に渡すなんてのは初めて見たからね.」(p.35)
アルセストの無言の行為で,嫌が上にも悲壮感が高まります.そんなに給食って酷いんでしょうか・・・.ところが!
食堂に着くと,ブイヨンさんがにっこり笑って頭を撫でて迎えてくれるし,ウードと同じ食卓に座らせてくれるし,そのために上級生のバジル君を移動させてくれるし,思わずニコラも,「ブイヨンさんは休み時間よりも食堂の方が,ずっといい人だ」(p.39)だそうです.
それでもって,残したら罰を受けると恐れてパンを1個しか取らなかったニコラですが,お肉に添えてあったピュレ(一般にじゃがいもを裏漉ししたもの)やソースがあんまり美味しくてすぐにパンをお代わりします.それにデザートのフラン(カスタードプリン)も2個食べて大満足.家に帰って早速,パパとママンに報告します.
「お昼には何が出たの?」
「ソーセージ,ローストのお肉にピュレがついてたよ.」
「まぁ,ピュレがついていたの?」とママンが驚いたんだ.「可哀想に,あんなにピュレが嫌いで,家では絶対に食べたがらないのに・・・.」
「でもね,そのピュレはすっごく美味しかったんだよ.ソースもついていてね.それで僕らのことを笑わせる奴がいたんだ.それで僕,お代わりまでしたんだ.」
これを聞いたママンは僕をじっと見て,荷物を片付けて,お食事の用意をしましょと言って行ってしまった.(pp.39-40)
ママン,内心ショックを隠しきれません.それとも,怒り?家では絶対に食べないくせに,給食のピュレなら食べるっていうの!!!
今度は食事中に,ママンはお土産の大きなチョコレートケーキを出してきます.
「ニコラったら,見てみて!美味しそうなデザートよ.わざわざあなたのために買って来たんだから.」
「やったー!お昼もね,すごかったんだよ.すっごく美味いフランだったんだ.ピュレと同じでお代わりしちゃったよ.」(p.40)
ニコラに悪気はありません.嫌味を言う子どもでもありません.単なるKYなんです.許してやってください・・・.
これを聞いたママンは・・・「大変な一日だったわ.それでみんなカリカリしてるのね.お片付けは明日にして,私もう寝るわ.」と二階へ上がってしまったんだ.(p.40)
これにはニコラも流石に何か気がついたようです.「ママンは病気なの?」違うって.あなたの単純素朴な発言が,時に知らずと誰かを傷つけることもあるのです.
でもさすがにパパ.全てを理解しつつ,ここでニコラを戒めたりしません.
パパはハハハと笑って,僕のほおっぺたをチョンとつついて言ったんだ.
「大丈夫だよ.きっとお昼にニコラが食べたものが喉につかえているんだよ.」(« Ce n'est pas grave, bonhomme. Je crois que c'est quelque chose que tu as mangé à midi qui ne passe pas. »)(p.41)
なかなかうまいこと言います.でも,ニコラがお昼に食べたものが,ママンの喉を通らない(=消化されない)なんて,KYで比喩を理解しないニコラに通じますか〜?
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