« On va rentrer », Hisitoires inédites du Petit Nicolas, vol.1, IMAV Éditions, 2004.
原本は『プチ・ニコラ未刊行集 第1巻』として2004年に刊行されました.1965年の単行本第5巻を最後に,『プチ・ニコラ』は刊行されていませんでしたが,何と40年近くの沈黙を破り,ゴシニの娘であるアンヌ・ゴシニとエマール・デュ・シャトネ氏の尽力で,いわゆる「白ニコラ」が世に出ました.大事件です.「白ニコラ」という通称は,訳者である小野萬吉先生からお伺いしましたが,なるほど,原本は白を背景とした作りとなっています.それにこの後刊行された『プチ・ニコラ未刊行集 第2巻』(2006年)が赤を基調とした装丁になっているので,それとの対比の意味もあるのでしょう.
出版の経緯については何回か触れましたが,毎週雑誌に掲載されていた『プチ・ニコラ』のお話を単行本にまとめる際に,採用されなかったのが,ここに集められた「未刊行」作品ということになります.白(80話)赤(45話),それに2009年に『風船,その他未刊行集』(10話)を加えれば,既に単行本に収録されていたお話の方がはるかに少なかったなんて・・・雷に打たれたような衝撃です.
それはともかく,通称「白ニコラ」は曾根元吉・一羽昌子訳を引き継ぎ,『プチ・ニコラ』シリーズを訳してこられた小野萬吉先生が,偕成社から<かえってきたプチ・ニコラ>シリーズとして5冊本で翻訳を出版されています.ぜひ参照してください.
さて,本ブログは,よく知られた『プチ・ニコラ』の文章を味わうと同時に,これまでまったく注目されてこなかったサンぺのイラストを中心に『プチ・ニ』を楽しもうと考えて始めました.でもイラストに集中しようと思っても,それぞれのお話の,フランス語の文章があまりによく書けているのでどうしても,そちらには触れずに話を進められません.そのくらい,文もイラストも互いに寄りかからず,独自の魅力のある作品に仕上がっています.
前置きはこのくらいにして,『第1巻』の最初のお話に入ることにしましょう.題名は「もうすぐ新学期」の訳でどうでしょうか.実際には「新学期を迎えるところだ」と,主語+動詞の文章が題名になっています.それにフランス語の初等文法で学習する,allerと動詞の不定形(英語の原形)を組み合わせた「近接未来」(〜するつもりだ,〜するところだ)が用いられています.つまり,夏のヴァカンスは終わり,新学期は始まっていない.近接未来ですから,現在と未来(=新学期)の間という設定が,重要なポイントです.
ニコラはクラスメートと遊ぶのが何より好きな子どもなのですが,それでもパパとママンと一緒に出かけるヴァカンスは格別だったようです.それで楽しかった夏休みの想い出を,その証拠と合わせて,クラスメートに自慢したい.だから早く新学期が始まらないかなとソワソワしています.
ところでこのお話のイラストに関して,私には幾つか疑問に思うところがあります.このお話には大小合わせて合計7枚のイラストがついていますが,小さな一コマのイラストに関して,雑誌掲載時に付されたのではない,他のお話から抜粋してきたイラストが何枚か用いられているような気がするのです.疑わしいのは次の4枚です.
左から1枚目(カバンを持って駆け出していて,既に新学期のよう),2枚目(本話には名前しか登場しないクラスメートが何かに驚いている),6枚目(確かにママンに注意される場面が文中に描かれているのですが),7枚目(学校カバン(cartable)はお話に登場しますが,これだけ一個ポツンと文章の終わりに置かれているのは不自然),となります.いずれにせよ,複数の場面を一つのイラストに凝縮して示す,『プチ・ニコラ』でのサンぺ特有の特徴は大判でしか現れないので,これら抜粋か小さな単体のイラストでは良さが伝わってきません.それで今回は残りの3, 4, 5枚目の3枚に焦点を合わせて見てゆきたいと思います.
冒頭は新学期の準備のための買い物のお話です.新学期のために,新しい学校カバンや筆箱,靴を揃えるので買い物をしなくてはなりません.近年でも,こうした新学期の出費が家計を圧迫しているというような記事が毎年出ていますので,永遠のテーマと言えるでしょう.「また靴を買うのか?ありえん!ニコラは靴を食べているんだろ!」というパパの沈痛な叫び声はそれを象徴しています.もちろん,親の見栄にも数%は起因しているのでしょうが.それで,ニコラとママンは買い物に出かけるわけですが,靴を買う場面でニコラはママンに忖度し,かつ販売員に遠慮するような記述があります.
ママンがその靴大丈夫?キツくない?と聞くので,僕は大丈夫と答えたんだ.お店の人が可哀想だったからね(« pour ne pas faire de la peine au vendeur »),でも,本当は少し痛かったんだけどね.(p.21)
靴屋の挿話はこれでお終い.次のカバンの買い物に話が移ります.これまでの印象では,一つのお話の中に,互いに関係しない小さな挿話が幾つも積み重ねられるのは,初期のお話の特徴のような気がします.このお話や,記念すべき雑誌掲載第1話(「復活祭の卵」『赤い風船』所収)がその典型です.とはいえ,これはあくまで印象で,実際には雑誌掲載の日付や順序を調べなければなりません.これも既に指摘したところですが,以前に刊行されていた5冊本にせよ,白赤赤(未刊行集3冊)にせよ,初めて雑誌に掲載された時期やイラストの情報は単行本を見ているだけでは全く分からないのです.
話を戻しましょう.靴→カバン他の買い物から,家でのパパの感想へと移行します.それでくどいようですが,ここでまたもやニコラの説明が入ります.
学校の新学期はもうすぐなんだけど,僕とパパとママンはずいぶん前にヴァカンスから帰ってきてるんだ.
ヴァカンスはすっごく良かったよ.すっごく楽しかったね.海に行ったんだ.すごいことたくさんしたよ.すっごく遠くまで泳いだし,浜辺ではコンクールがあってね,賞品の絵本2冊と旗をもらったよ.それからお日様で日に焼けて,すっごくかっこよくなってたよ.(p.22)
ここで先ほどお話しした2枚目の,クラスメートが驚くイラストが挿入されているのですが,「日焼け」に驚いているってことでしょうか?う〜ん,謎.
それで今度はまたもやヴァカンスから帰宅してからの話になります.日焼けをクラスメートに見せびらかしたいという話,アルセストはオーヴェルニュの肉屋のおじさんのところに遅いヴァカンスに出かけた話,近くの食料品屋のコンパーニさんに日焼けを見せて,色々もらった話,どうも盛りだくさんの記述です.一応,クラスメートに日焼けを見せたい!で結ばれているのですが.
大判のイラストからは,コンパーニさんに日焼けを褒められて,嬉しそうな顔をしたニコラの顔が見えますが,このイラストで読み取れるのはそれくらいでのようで,やや寂しい気がします.
ニコラにとって日焼けは強迫観念となってしまいます.それは何気なくパパの使った医学用語にも現れています.
「何をそんなにこだわっているんだ!(c'est une manie)ヴァカンスから戻ったら,こいつは日焼けのことしか考えてないぞ.」(p.24)
文字通りには,「これは偏執だ,拘りすぎだ」という意味です.一つのことにばかり執着してしまう子どもの(?)習性がよく表されています.パパに勧められ庭で草の上に寝そべっていると,雨が降ってきて,今度はママンに注意されます.「私の方が頭がおかしくなっちゃうわ.」(p.25)それでも,日焼けの渇望は収まりません.浜辺に戻るんだと言ってパパに叱られてしまいます.
パパの怒った顔,訴えるニコラの泣き顔.いつものシンプルな絵で二人の大きさと表情がうまく対照的に描かれています.
ニコラが泣いて,ママンが取りなしに来てパパと言い争いになり,ニコラはパパの顔色を見ながら恐る恐る食事をする.ここでまたもや場面が切り替わり,コンパーニさんのところで,今度はお隣のクルトパイユ家が帰ってくることを知らされる.ちなみにニコラは,クルトパイユ家の一人娘であるマリ-エドヴィージュに恋心らしきものを抱いています.それでクラスメートに自慢しようと日焼けにこだわっていたのですが,ニコラの中では矛先がマリ−エドヴィージュに変わります.それで彼女に見せるために,またもや庭での日焼け作戦を再開します.
庭で真剣に(?)日焼けしようとするニコラの図.しかしこれでは文章をそのまま場面にした挿絵にすぎないようです.そうこうするうちにクルトパイユさんの車が到着し,ニコラの日焼けへのこだわりなんてどこへやら,見事に吹っ飛んでしまいました.
僕が庭に出るとちょうど,クルトパイユさんの車がクルトパイユさんの家の前に止まるところだった.屋根にはすごくすごくたくさんの荷物が積んであったよ.
それからマリ-エドヴィージュが車から降りてきて,僕を見るなり,手を振って挨拶したんだ.
それで僕ね,真っ赤になっちゃったよ.(p.26)
それまで日焼けの茶色にこだわっていたニコラが,マリ-エドヴィージュちゃんにあって真っ赤になったというオチですが,どうも,それぞれの小話は気が利いていて面白いのですが,全体がうまくつながらず,幾つものお話の積み重ねのような印象を受けます.イラストも,1場面ごとに完結しているイラストが複数ある感じです.ちなみに,前述の「復活祭の卵」からも全く同じ印象を受けました.1955年に『プチ・ニコラ』は漫画形式で始まりました.イラストと漫画の一番の違いは,イラストが1枚で,通常は1つの状況を伝えるのに対して,漫画はコマ割りがなされ,複数のコマがあるために,コマとコマの間を目が移動しながら,目の中で動きや展開を作り上げていくことだと思います.きちんと発表年代(掲載年代)を調べなければなりませんが,私は初期のイラストは依然この漫画形式の特徴を保ち,1つの場面に複数の状況が込められるというサンぺの技術が確立されていなかったのではないかと考えています.ともあれ,文章も練られていますし,なんといってもやはり面白い.未刊行だったからといっても,ぜんぜん侮れません.これからが楽しみです.
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