top of page
検索
執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(84)

« La craie », t.V, pp.131-137.

 いよいよ第5巻の最後のお話です.1960年から書籍化されてきた『プチ・ニコラ』は長らく5冊本でしか知られていませんでした.第5巻が1964年に刊行された頃には作者の二人はもう共同作業をやめています.その後1977年に,作者の一人であるルネ・ゴシニが亡くなったので,新シリーズ刊行の望みも絶たれてしまいました.ところが2000年代に入り,新たに書籍が刊行されます.これまで雑誌には掲載されていながら,書籍に収録されていないお話がたくさんあったのです.この辺の経緯と,これまで刊行されている『プチ・ニコラ』の原本と日本語訳については,私の知り合いと一緒に「アトリエ『プチ・ニコラ』」にまとめましたので,是非読んでみてください.

 そんなわけで,このお話を終えてしまうと,もう新しい『プチ・ニコラ』が読めなくなる・・・とプチ・ロスになることもなく,安心して進めます.まだまだあるのです.楽しみ〜.

 題名は「チョーク」・・・と書いても,何の文脈もなければ何のことか分かりませんよね.でも,それではもう少し古典的に「白墨」と訳せば,やはりある年齢以下の人には理解できないのでしょう.学校の黒板に絵や文字を書くアレです.と書いて,またもやはたと思い当たりました.もしかして,最近黒板も使わなくなっているから,チョークも少なくなり,学校に白板(ホワイトボード)しかなければ,マジックかペンで描くのでしょう?なんて世代もあるのかしら.私たちの言葉と想像と技術は結局のところ結びついていますから,書き手が思っているように,読む人に想像したり理解してもらうのは難しいのです.

 今回は担任の先生に頼まれてチョークを取りに行ったジョフロワが「大変な危険を冒して」(prendre des risques terribles)一本くすねたので,それを使ってみんなで遊ぼうというお話です.ジョフロワといえば,「パパがお金持ちで,欲しいものは何でも買ってくれる」はずなのですが,「チョーク一本」盗むには大変な勇気が必要だったようです.なぜなら,


確かに学校の備品で悪ふざけしちゃダメなんだ.先週,上級生の一人が手に持っていたカードで別の人の頭を叩いたんだ.そしたらカードが破れてしまったんで,二人とも停学になっちゃったんだよ.(p.132)


 これは大事です.リスクを冒したジョフロワが鼻たかだか,自慢げなのもうべなるかな.


「卑怯者,臆病者は帰るしかないな.残ったやつだけでチョークで楽しもうや.」(p.132)


 つまり,お金持ちだからチョークなんて何万本でも買ってもらえても,そんなものには価値がない.勇気の印だからこそ,みんな感心して尊敬されるというわけです.これを聞いて,誰も立ち去った人はいませんでした.とはいえ,クロテールはそもそも,居残りだったので,初めからいませんでしたが.

 さて,ニコラたちがチョークを使って何をするかはさておいて,まずは3枚のイラストを全てみてみましょう.まずは1枚目.いつものメンバーより多いような気がしますが,みんな(Gメン75のように?!)横並びになってズンズン歩いています.顔は朗らか,これから盗んだチョークで何しよう?と,期待に胸膨らませています.「楽しもうぜ.」



 2枚目.あららっ・・・同じような構図なのに,肩組んでいるのは半分以下になっています.顔からはどことなく笑いも消えているような.「楽しめるんだ!」「楽しめる=楽しむことができる」?盗んだものですからね.やっちゃいけないことをして手に入れたものなら,背徳感に後押しされて,いっそう楽しめるはずです.何するんでしょうか.


 それで3枚目.

 ありゃ.ケンカです.それにケンカしているのが2人で,みているのが1人ですから,合計3人.また1人減りました.文章を読むと,ケンカをしたのはウードとメクサンで,傍にいたのはジョフロワとニコラ.ではどちらかが,「楽しかったのになぁ.」(« Pour une fois qu'on rigolait ! »)

 そうなんです,せっかくのチョークを使って何をしようか歩きながら話しているうちに,一人いなくなり,二人いなくなり・・・と消えていって,最後に残ったのはジョフロワとニコラだけなんです.消えていった理由は,結構ささいなこと.ニコラたちには重大事件だったでしょうが.ニコラをからかったジョフロワにリュフュスが同調し,ニコラと険悪になってケンカ別れ.落書きをしたら退学かも言われたジョアキムは敢えなく遁走,落書きをしようとしたポスターにチョコレート・ケーキの絵が描いてあったのを想い出したアルセストはオヤツを食べに帰り脱落,チョーク遊びのアイデアを貶されたメクサンはウードと一勝負.と思いきや,すでに遅くなっていたので,二人は帰宅.

 さぁ,ついに二人になったジョフロワとニコラはチョークを取り合い,落として割ってしまいます.それで半分ずつで終わりよしと思いきや,怒ったジョフロワが一片を踵で踏みつけ,もう一片はニコラが踏みつけ,


「これでもうチョークがなくなっちゃったから,僕ら家に帰ったんだ.」(p.137)


 というわけでした.証拠も残らなかったし,何より,帰り道,みんなで何をしようか楽しめたんですから.それで3枚目のイラストのセリフは「楽しかったのになぁ.」となっているのです.

 ここではrigoler「笑う,楽しむ」(口語)という動詞の半過去形rigolaitが用いられています.フランス語には過去を表す表現が幾つかありますが,そのうちの半過去では,過去の継続した行為や過去の習慣などを表す用法の他,語り手が過去に戻って出来事が生じている現場で観察しているような印象を与えます.それに半過去は現在にまで行為が持続していないという含意もあります.つまりここでは,「あぁ,せっかく楽しかったのになぁ〜・・・(もう今は楽しんでいない)」というようなニュアンスになっているのです.

 この吹き出しのセリフはどれも,文章には出てきません.ですからイラストだけの付属物なのですが,イラストの推移(人数の減少,顔つき)も含め,何て適切な状況説明になっているのでしょう.『プチ・ニコラ』は文章もイラストも,それぞれ独自に一つのお話を展開しているのです.何て贅沢な作りなのでしょうか!


「楽しかったのになぁ・・・」 いえ,まだまだ続きます.








 


閲覧数:4回0件のコメント

Comments


bottom of page