« Jonas », t.V, pp.123-130.
「ジョナス」は「友だちのはなにパンチを喰らわせるのが好きな」ウードのお兄さんの名前です.おそらくは『聖書』に出てくる「ヨナ」の名前からつけられたのでしょう.『聖書』のヨナは大きな魚に呑み込まれて,そこから生きて帰ってくるので有名ですが,実際には神様の命令に背き正反対のことをした人でした.このお話でウードの大好きなお兄さんが,そんな矛盾とか裏切りのようなことをするはずもなく,学校までわざわざ迎えにきてくれたりして,すっごく優しい人なんですが,どうやら,知らず知らずのうちに,ウードの作ったヒーローのイメージを壊してしまうようです.ウードの面目は丸潰れ.
というわけで,乱暴者のウードには自慢のお兄さんがいて,軍隊に入ったようです.フランスでは1990年代まで兵役(service militaire)があり,18歳になると一定期間軍隊に入らなければなりませんでした.ですから,おそらくウードのお兄さんも兵役に行ったのでしょう.でも,強いものに憧れているウードにしてみれば,きっと軍隊に入って,活躍して,昇進して,いつか元帥になって・・・と妄想を膨らませていたに違いありません.お兄さんの写真を見せびらかしているのが1枚目のイラストです.
制服着て,ベレー帽かぶって,どうだこれが俺の兄さんだ.今は「新兵だけど,そのうち必ず将校になって,すっごい数の兵隊の指揮をするんだ」そうです.そんなふうに自慢をすると,周りからツッコマれます.リボルバーを持っていないだとか,ケピ(庇のついた円筒形の帽子)をかぶっていないだとか.それでケンカ.
また別の時には,お兄さんは「軍事演習に出て,すっごい数の敵兵を殺して,将軍に褒められたんだ」そうです.それでまた,演習じゃ人は殺さないとか,そんなの唯の練習じゃないかとかつっこまれて,またケンカ.
さらに「先週」,ジョナスは「見張り役の衛兵」に選ばれたんだ,なぜなら「兵隊で一番」だったからだと言うのですが,やっぱりみんなは納得せず,リュフュスはそんなの交代で誰でもやるんだと身も蓋もない指摘をしてしまいます.追い討ちをかけるようにジョフロワが見張りなんて危険でも何でもないとディスると,じゃあ,「夜の真夜中,たった一人で,連隊を守ってみろよ」と反論.ちなみに,フランス語の「見張り」(garde)は敵の襲来を見張る,監視するとなりそうですが,動詞でgarder le régimentとすると,敵を見張るのではなく,「連隊を守る」という意味ですから,見守る,見張る対象が日本語とはずれてしまうようです.
すると,リュフュスはかつてついた大嘘(78)を蒸し返して,溺れた人を助ける方がよっぽど危険だと脱線し,またまたケンカとなります.
そしていよいよ運命の日である「今朝」.ウードは懲りずにまたもやジョナスの話を始めます.曰く,なんとジョナスが昇進して「階級」を付与されたそうです.ウードによると,「将校」のように,「「すっごい数の兵隊を指揮して,命令を下し,戦争になったら,戦場では他の連中の先頭に立つんだぜ.兵隊はみんな,アニキの前を通る時に敬礼しなくちゃいけないんだ.ほら,こんなふうにな!」(p.126)とやって見せてくれました.どうせまたつっこまれるのに・・・と思いきや,今度ばかりは「みんな,ちょっとウードはいいなぁなんて思ったんだ.」いよいよウードの説得が功を奏してきました.みんなそんなかっちょえーアニキを持っているウードが羨ましくて仕方なくなっています.憧れの眼差しで見始めました.
そこで調子に乗ったウードの様子を2枚目のイラストで見ましょう.
ゾロゾロと学校から出てくる子どもたちの話題は,ウードのお兄さんのことで持ちきり.お兄さんはいっぱい勲章をつけた軍人さんとなり,はたまた,旗を手に他の兵士たちの先頭に立って指揮しています.どれだけ話が膨らんでるんでしょう.ところが校門の外には,タバコを咥え,「黄色のセーターに,しましまの入った青のズボン」を履いた,ごく普通の青年が立っているではありませんか!
みんなの憧れの眼差しを感じたウードは調子に乗って言います.
「それにな,学校から出たら,アニキはお前らにじきじきに話をしてくれるぜ.話させてやってもいいけどな.」(p.127)
この言葉に,ニコラたちは「すっごく興奮して」クラスに戻ります.でもなんといっても「一番興奮していたのは,もちろんウードだった」とニコラは冷静に観察しています.いつだってやつは何も見逃さないのです.それでウードは教室で
自分の机の上によじ登り,手を振り足を振りし,身を乗り出して僕らみんなにお兄さんについて話して聞かせたんだ.僕らも,ウードの周りに集まり,机に腰掛けて聞いていたよ.(p.127)
ウードとニコラたちの熱狂ぶりが伝わってきます.一旦はウードを注意した担任の先生も,ウードの熱狂ぶりを見て,笑いを堪えきれません.えっ?!なぜ?
さて,待ちに待った下校時間がきました.いよいよジョナス兄さんと対面します.でもお兄さんは「制服」を着ていません.「せっかくの外出許可なのに?冗談じゃないぜ.」(p.129)と,真っ向から否定.それに黄色いセーターに,しましまズボンなんて,イメージぶち壊しもいいところ.それでもリュフュスはウードの自慢話を繰り返して,憧れのお兄さんに話しかけます.
「お兄さんは階級章をたくさんつけて,戦場で大勢の兵隊の指揮をなさってるんですよね?」
「戦場〜?戦場なんてとんでもないぜ.じゃなくて,調理場だな.野菜クズの当番の見張りをしてるのさ.料理当番の割り当てだからな.いいことばかりじゃないけど,食いっぱぐれはないわな.残飯があるからな.」(p.130)
このやりとりを聞いたウードは「真っ青になって,走って帰っちゃった」そうです.せっかく盛り上げていたのに・・・可哀想なウード・・・と思いきや,みんなの評価は違うみたい.特にアルセストなんて,「軍隊であんなに上手いことやったアニキがいるなんて,ウードも自慢したくなるよなぁ」(p.130)ですって.やっぱり自慢して良いのでは?
Comments