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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(82)

« Le message secret », t.V, pp.115-122.

 「秘密のメッセージ」とすると,messageを英語経由で「メッセージ」としていることになるので,全体を英語に訳して再度日本語にして「シークレット・メッセージ」とか.一そのこと,「秘密の伝言」.謎めいてます.でも,「秘密」だからメンバー以外に知られたら秘密にならないので,メンバーの間だけで流通する「メッセージ」なんですね?絶対に門外不出の?!

 題名の「秘密」という言葉からして,何やら不穏な始まりです.歴史の作文の時間に,「クラスで一番で担任の先生のお気に入りのアニャン」が真っ直ぐ指を立て,立ち上がって叫びます.


「この生徒はカンニングしています!」(p.115)


 実に他人行儀な,偉ぶった告発の言葉です.2枚目のイラスト(1枚目は3枚目からの抜粋なので実質1枚目)を見ると,アニャンはまるで正義の権化.自分が正しいことをしていると信じて疑わない人の様子です.



 告発されたのはジョフロワ.目を丸くしています.でも,他のクラスメートは,芝居じみたアニャンの様子を楽しんでいるようです.机に肘をついたり,あぐらをかいてニコニコ眺めています.

 このチクリのせいでジョフロワは校長先生のところへ連れて行かれて,「不誠実」(カンニング)と「うそ」(否認)の罪で二日の停学となりました.順序は異なりますが,これがおそらく3枚目のイラストでしょう(抜粋を含むと本話では4枚目).


 生徒を指差しながら,教え諭す校長先生.叱られてしょげかえっているジョフロワ.如何にも哀れな,かわいそうな姿ですが,このイラストを見て,先程の告発の場面と比較してみましょう.そうなんです,アニャンと校長先生は全く同じ身振りをしています.右手の指を真っ直ぐ立てて,左手で非難の対象を指し示す.もしかすると,アニャンはこんな正論をぶる大人の身振りをそのまま身につけてしまっているということでしょうか.確かに校長先生の指導は正しいでしょう.おっしゃることも,カンニングはいけないとか嘘はいけないとか,正しいに決まってます.でも,私には何かモヤモヤしたものが残ります.何なのでしょうか.


 話を戻すと,そこでニコラたちが「仲間」であるジョフロワのために仕返しをすることになります.でも,それって逆恨みでは?確かにチクリはいけません.道徳的にいけません.フランスでは最も忌み嫌われる行為の一つです.チクリや密告をする人は「ゴキブリ」(cafard)と呼ばれ蔑まれます.いつ頃からそうなったのでしょうね.ドイツ占領下の戦時中,1942年にアンリ-ジョルジュ・クルゾで監督は『密告』(Le Corbeau)という映画を撮りました.小さな田舎町で「カラス」(原題です)を名乗る人物から密告の文書が届く.犯人不明のまま町の方々で同じような文書が届くようになり・・・とたいへん怖い映画がありましたなぁ.脱線でした.

 いくらカンニングが悪いことだとはいえ,自分だけが正しいかのように,友人を貶めるのはやっぱり見ていて気持ちよくはないですよね.でも,だからといって,友だちのための復讐はどうなんでしょうか.

 面白いのは,ゴシニさんがちゃんと復讐の理由を挙げているところです.


休み時間に僕らは頭を悩ませた.だってジョフロワは友だち出し,それに停学になるとたいへんなんだ.だってパパやママンにはガミガミ叱られるし,おやつだって何だって抜きになっちゃうからね(les parents font des histoires et vous privent tant d'un de choses).(pp.115-116)


 あ〜そりゃ大変です.でも,この理由説明は,ニコラたちだからちゃんと想像できるんです.おそらく「クラスで一番で担任の先生のお気に入りの」アニャンは,停学処分なんて受けたことないでしょうから,その「たいへん」さがわからないはずです.つまり,ニコラたちは「友だち」として結ばれているから,友だちを想い,事態の重みを想像して,それだけに想像力が及ばず,正義ヅラしているアニャンに怒りが向くのでしょう.復讐,それも逆恨みの復讐も密告同様,しないで済むならそれに越したことはありません.気持ちの良いものではないですし.でも,アニャンの行為に対して,完全に不当とも言い切れないのではないでしょうか.

 さて,そこで,ニコラたちは色々策を練りますが,最終的に,どうやら映画などを見たりして知識豊富で想像力豊かなリュフュスの案が採用されます.「<仕返し団>に手を出したらタダじゃすまないぞ」(« On ne se moque pas impunément de la bande des Vengeurs ! »)という脅迫文を,それも匿名で送りつけようというものです.秘密に密告に復讐に脅迫・・・.『プチ・ニコラ』らしくない展開です.

 <仕返し団>は,ちょうど前のお話(81)に出てきた,ニコラ一味の名前でした.さて,この文は文字通り訳すと,「人は罰せられることなしに,<仕返し団>をバカにすることはない」と,否定が2回使われて不自然な日本語になりますが,捉えにくいのが「罰せられることなしに」(impunément)という語です.それでは日本語だからわかりにくいのかといえば,そうでもないようで,本話の中でクロテールも「『罰セラレルコトナシニ』ってどういう意味?」(p.117)と聞いています.兎も角,「〜なしに〜ない」のですから,「〜すれば〜だ」と肯定に直すとわかりやすいでしょう.

 それでこの文字を新聞の文字を切り貼りしてアニャンに送ることになり,発案者のリュフュスが家で作ってきました.どうやら,リュフュスも「家では一騒動あってさ(ça a fait des histoires chez moi).俺がパパの新聞で切り抜きをしていたら,パパはまだ読み終わってなかったんだって.それで引っ叩かれて,デザート抜きだよ(il m'a privé de dessert).フランだったんだぜ.」(p.119)と,だいぶ苦労したとのことです.ちなみに「フラン」はカスタードクリームを焼いた,プリンのようなお菓子.惜しいことをしました.ここでフランス語の原文を入れたのは,先のニコラの発言「だってパパやママンに・・・」を想い出してほしいからです.ニコラの発言は停学した場合の困難なわけですが,停学を喰らわなくても,友だちのために働いているリュフュスは全く同じ事態に遭遇しています.だからこそ,友だちの困難を想像できるのですよね.




 2枚目のイラストはリュフュスが作ってきた脅迫文をみんなで眺めているところ.満足そうです.アルセストは食べています.後ろの方で言い争いをしているのは,せっかくリュフュスが作ってきた文にいちゃもんをつけたジョアキムと,「フラン」を犠牲にしてまで作ってきたのにと憤懣やるかたないリュフュスです.後ろの方では,アニャンに「イー💢」だか,「あっかんべー」だかをしている子が一人います.アニャンは何か読んでいて,全く気がついていません.だって「秘密の」なんですから,見せてあげられないのです.

 最終的に,脅迫文をアニャンに渡す前に,全員のヘマで担任の先生に取り上げられてしまいます.それでウード,アルセスト,ニコラは木曜日登校で居残りの罰.これを聞いたアニャンは笑い転げたそうですが,ニコラはそんなアニャンが許せません.


休み時間に,アニャンは笑い転げていたんだ.このずるいお気に入りめ!笑ってなんていられないぞ.

 だってな,クロテールが言ってたように,罰を受けようが受けまいが,<仕返し団>にはおどけは通用しないからな.(p.122)


 しかもこの締めくくりの文の下に,2枚目からの抜粋が置かれているのは,適切といえば適切ですなのですが,でも怖い.



 珍しく,ニコラの黒い決意です.最後まで暗い言葉が飛び交ったお話ですが,でも,1)「秘密」だから,一味の外には知られないのが当たり前(つまりアニャンには伝わらなかった),2)先生に取り上げられたから脅迫文はなかったことに,3)結果として逆恨みの復讐は未遂.こうして万事丸く収まり,良かったじゃないですか.ジョフロワの停学だけは,やってしまったことだから自業自得で仕方ない.




 

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