« A la bonne franquette », t.V, pp.90-98.
題名は「気取らずに,形式ばらずに」という意味で,今はこの表現でしか用いられません.まあまあそうかたくならずにとか,本日は無礼講でとか,そんな感じでしょう.
ニコラの家に,パパの会社の社長であるムシュブームさんと奥さんのムシュブームさんが夕食を食べに来るというお話ですが,劇場版第1作をご覧になった方は,社長夫妻が社員の家に来ることの大変さというか,重要な意味が分かりますよね.映画では,緊張して落ち着かず,カリカリしていたママンが,少しでも気を鎮めようとカパカパとお酒を飲み続けて,いざ食事時には酔っ払って倒れてしまうという,笑うに笑えない場面がありました(でも,笑ってしまいましたが).このお話もそれに近いのですが,失敗するのがママンじゃなくて,結局KYなニコラという点が異なります.
ママンは夕食の支度でカリカリしています.家の片付け,掃除,テーブルの支度に,料理で手一杯.もうニコラの相手をしている暇などありません.ニコラが家に帰ると,「白いエプロンをつけて黒い服を着たおばさん」がいました.食事の用意も万全,ムシュブーム夫妻を迎え,ニコラにも躾の良い子供を演じさせて,『プチ・ニコラ』なのに,全てはうまく運んだように見えたのですが,まさか,気の張り詰めていたママンが,帰宅したニコラにこの「おばさん」を紹介しなかったことが,最後に最後に命取りになるとは・・・というお話です.
今回は大人の食事会ということで,ニコラは初めから除外.4人分の食事しか用意されていません.ところが参加する気満々だったニコラは譲らず,一緒に食事をすると言い張り,ママンは癇癪を起こし,パパが宥めます.次の日の映画と動物園と動物園と美味しいおやつと青い自動車に釣られて渋々諦めます.でも,大人たちと分からない=つまらないお話ししながら,オマール(伊勢海老)のマヨネーズ掛けなんて食べるより,映画と動物園とおやつと自動車の方がよっぽど嬉しいでしょう.そのはずなのですが,それでも復讐を忘れないのがニコラです.
今回のイラストは大判1枚のみで,後の散りばめられた4枚は全てこの1枚から切り貼りしたものです.
もちろん,ムシュブーム夫妻が到着した時の様子です.それにしても,この夫妻,すごい体型です.単に毛皮のコートのせい,ではありません.ムシュブーム社長の横幅は手にキスして挨拶しているママンの3倍はあります.パパもいつになくパリッとしたストライプのスーツを着ています.ママもおめかし.至るところに花が飾られています.テーブル奥の右側にメインの花,絵の中央奥にはアペリチフ(食前酒)が用意されていてそこにも花瓶にお花が飾られています.もちろんテーブルの上にも,手前の肘掛け椅子の前にも.これでもかーというくらいです.それにかつて,ニコラの家がこんなに明るかったことはないのではないでしょうか.舞台は1950年代のフランスですが,私が子どもの頃の1970年代にも,電気はつけっぱなしにしないものだと注意されました.それがこの部屋ときたら,まぁ贅沢にもシャンデリア,壁にかけた二つの間接光,テーブルの上の4本の蝋燭,だいぶ明るい様子が伺えます.イラストの右側には変な(?!)格好をしたニコラと,「白いエプロンをつけて黒い服を着たおばさん」がいます.「おばさん」の背後にはフライパンやら調理道具が山積みになっています.きっと,社長夫妻をお迎えしようと,「気取らずに」どころか,盛りだくさんの料理を時間をかけて用意したのでしょう.「おばさん」は手を合わせ,何も言わずに笑みだけ浮かべて,お客様を出迎えています.
ちなみにニコラの変な服装の正体は,「汚れていない黄色のパジャマ」と「部屋着」です.部屋着といっても,パジャマなどの上から羽織るガウンのこと.きっとちゃんとした家庭のちゃんとした格好をした,礼儀正しい子に見えるんでしょうね.花が溢れた明るい食卓に,洗い立ての黄色のパジャマが更なる彩りを添えています.きっと「おばさん」の白いエプロンと黒い服もアクセントになっているんでしょう.全てが完璧です.
ところが・・・.ニコラは「おばさん」の方を不思議そうな顔で見ています.文を読まずこのイラストだけを見せられた人なら,この子どもの顔を見て思い浮かべるのはただ一言,「おばさん,誰?」・・・ですよね.
このお話の中で,ムシュブーム夫妻に躾が良いのを見せつけようと,ママンはニコラに食事は一緒にしちゃだめ,でも,夫妻が見えたら部屋から出てきて挨拶をするようにと,大人の理屈を振りかざします.でもパパは,ニコラが「やらかす」んぢゃないかと心配しています.でもここでもママンが勝ち,ニコラは降りてきてちゃんと挨拶をします.パパの「礼儀正しくして,『いらっしゃいませ』,『それでは失礼します,お休みなさい』しか言っちゃダメだ,それに聞かれたことだけに答えるんだ」という助言の通り,見事に躾の良い子を演じ切ることができました.
パパたちの話題は「女中」(la bonne)に移り,良い女中は見つけるのが難しいとか,長続きしないとか,まぁ,こう言う場合にありがちな,差し障りのない話で盛り上がっています.「御宅は羨ましいですわ」と褒められたママンは,調子に乗って一言.
「我が家の女中はほんとうに掘り出し物ですわ.家もずいぶん前から勤めてもらってますの.それに何より,この女中は子ども好きなんですのよ.」(p.98)
ママン,大分見栄をはりました.「ずいぶん前から」いて,それも「子ども好き」.でも,イラストを見た読者にはニコラの目線が気になります.
それで万事うまくいったところで,最後にニコラの復讐です.部屋に行くように言われたニコラは,まずはムシュブーム夫人に「お休みなさい,ムシュブームさん」.次にムシュブームさんに「お休みなさい,ムシュブームさん」.最後に「白いエプロンをつけて黒い服を着たおばさん(dame)」に手を差し出して,「お休みなさい,知らないおばさま」.「そう言って僕は寝床に向かった.」
見事でしょう?ニコラが「やらかす」んぢゃないかと心配していたパパたちにしてみれば,最後の最後でやっぱりやらかしてくれました.ニコラにしてみれば,素知らぬ顔で見事に復讐を遂げたのです.フランス語では「知らないおばさま」の「知らない」という語はなく,単に« au revoir madame »ですから,「お休みなさい」をかなり丁寧に,礼儀正しく言っただけなんですが,「ずいぶん前から」いて,子どもがなついているはずの「女中」さんにそんな「形式ばった」言葉はあり得ません.今話の題名はニコラに向けられていたものかもしれません.
でもこれ,テンパっていて,最初にニコラにちゃんと教えておかなかったママンの失敗ですよね?それに,KYのフリして(いえ,実際にKYなんですが),大人に仕返しをするのがニコラの日常ですから,やっぱり見事な復讐です.しかも,ママンとパパの戦略と目論み,1日の準備と苦労を,たったの一言でおじゃんにするなんて.なんて素晴らしい言葉の攻撃でしょうか.
蛇足ながら,この頃は未だ「女中」(la bonne)と言っていましたが(ジャン・ジュネの有名な小説のタイトルにもなっています),今は「家政婦,お手伝いさん」(femme de ménage) と言う方が一般的です.
それからこの語,パパたちの会話には出てきていますが,語り手がニコラである地の文ではずっと「おばさん(dame)」とされていますから,ニコラには最後まで誰だか分からない 人,知らないおばさんだったと言う設定です.ですから,復讐といったって,わざとで悪意があったわけではないはずなのです.たぶん,のはず・・・.
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