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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(75)

« La roulette », t.V, pp.55-63.

 題名の「ルーレット」はよく映画なんかで出てくる,あのカジノにあるやつのことです.「超金持ちで,欲しいものならなんでも買ってくれるパパ」がいる,あのジョフロワが学校に持ってきて,みんなに見せびらかします.

 そういえば劇場版『プチ・ニコラ』第1作目でも,ルーレットが登場しました.ジョフロワがルーレットを持ってきて,ブイヨンさんに没収されてしまう.しかしニコラの弟をギャングに誘拐してもらう費用を稼ぐために,クロテールが犠牲になってブイヨンさんの注意を引きつけておいたすきに,ニコラたちが取り返し,町中で一儲けしようとする.でも失敗して,おばあさんに当たりが出て,それでみんなが一斉に逃げ出す・・・.そんな愉快で軽快な場面でした.でも,これは元々のお話をだいぶ映画用にアレンジしていて,このお話と共通するのは,ブイヨンさんが没収するところまでです.

 イラストは合計で5枚掲載されていますが,実際は大判が3枚で,後の2枚は大判からの抜粋です.今回はイラストでだいたいのストーリーは追うことができます.まずは1枚目.


 場所は学校の校庭.時は秋,或る休み時間.題名にある通り,ジョフロワが「ルーレット」を持ってきて見せびらかします.もちろん,それでみんなで遊ぼうと呼びかけるのです.ちなみにフランス語で「遊び」はjeu(x),「遊ぶ」という動詞はjouerですが,前者の名詞には「賭け,賭け事」,動詞は「賭けをする」という意味もあります.ですから,ここで「遊ぼうぜ」という呼びかけは,「賭けをしないか」と同義なのです.ここは学校,それもニコラたちは(おそらく)小学生ですから,賭け事はいけません.日本でもお金なんてかけたら,すぐに捕まってしまいます.もちろん,すっごく大人になって,すっごく偉くなると,お金をかけて麻雀しても,罪に問われず,ちょっと叱られるくらいで,退職金も問題なくもらえるようなのですが.それにしても,いけないものはいけないはずなのです.これはフランスも同じです.

 イラストの左側には休み時間に子どもたちが大いに楽しんでいる様子が描かれています.ケンカしたり走り回ったり,かくれんぼしたり.奥に鐘が見えてますから,この時間が永遠に続くわけではないことがわかりますが,そんな限られた時間だからこそ楽しいのかもしれません.それなのに,右側にはちっとも楽しそうではない,ルーレットを前に真剣そのものの顔をしたニコラたちが描かれています.ルーレットは回転し,その成り行きを,眉に皺寄せて観察しています.一人だけ一番右の少年は手の上の硬貨を見つめています.多分,最初の賭けに参加しなかったリュフュスでしょう.そこへブイヨンさんと,ムシャビエールさんが駆けつけてきます.

 この辺が文とイラストが離れるところです.文章では,まずリュフュスが,ジョフロワのルーレットに仕掛けがしてあってイカサマではないかと疑います.それで1回目は不参加だったわけです.1回目は数字の「24」が出て誰も当たりませんでした.それでジョフロワが元締めとして賭け金全てを回収しようとすると,言い争いになり,2回目をすることに.はなからイカサマを疑っているリュフュスは,2回目もイカサマで同じ数字が出ると踏んで,「24」に賭けます.すると見事に24の前でルーレットが止まりました.リュフュス,してやったり.それでお金を回収しようとしたところを,ウードが止めます.


「だめだお客さん,お金はあんたさんのものじゃないですな.イカサマしたでしょ?」と,ウードが言った.

「俺がイカサマしただと?お前が下手なだけだろうが.ド下手やろう!俺は24に賭けて,ちゃんと勝ったんだ.」

するとジョフロワが叫んだ.「ルーレットに仕掛けがしてあるって,お前が言ったんだろうが!そうでなきゃ,二度も続けて同じ数字に止まるもんか.」(p.61)


 ここは面白いですね.イカサマを確信したからこそ賭けたリュフュスが勝った.でもリュフュスが勝ったのはイカサマのせいじゃない.これでは本当にイカサマなのか,イカサマじゃないのか,わからなくなってしまいます.リュフュスがあらかじめイカサマだと思っていたなら,イカサマで勝ったことになるので,みんなが怒るのも無理はありません.それではイカサマだと思わなかったら,リュフュスはそもそも賭けなかったでしょう.う〜ん,どっちなんでしょうか.

 それはともかく,これでついにいつものように取っ組み合いのケンカとなります.


 相変わらず,ごちゃごちゃ好きですね,サンぺは.それも,みんながそれぞれ誰かとケンカしているわけで,リュフュスにだけ特に怒りが向いているわけではなさそうです.ここへ,先程のイラストのように,ブイヨンさんとムシャビエールさんが駆けつけてくるわけです.ですから,1枚目のイラストはまたも,時間の経過を無視して,二つの場面を合成していることになります.

 でも,そんな文の流れなどはどこ吹く風.サンぺのイラストは真剣な賭け,賭けをやめさせようとする大人,平穏な休み時間の全てを一目で理解させてくれるのです.

 最後はブイヨンさんのお説教です.


「ルーレットだと?!」ブイヨンさんが大声を出した.「学校の校庭でルーレットで賭けごとをしていたなんて.それも,地べたにヤンキー座りして,か?」「それにこりゃ,お金じゃないか.ムシャビエール君,見たまえ.この哀れな連中はお金を賭けていたんだ.おやごさんに,賭けなんて滅相もない,そんなことをしていたらしまいには破産して刑務所行きだって,言われたことがないのだな?賭けごとこそが人間を堕落させると君らはわかっとらんようだ.一度虜になろうものなら,我を忘れて,自分を見失ってしまうんだ.」(p.62)


 ここのところ,先程お話しした通り「ルーレットで賭けごとをしていた」は,「ルーレットで遊んでいた」,「お金を賭けていたんだ」は「お金を得ようと遊んでいた」,「賭けなんて滅相もない」は「遊びなんて滅相もない」とも訳せます.そんな曖昧な表現なのです.ついでに,「地べたにヤンキー座りして」は私が日本人の持っているイメージに合わせて訳した表現で,原文では「それも,地べたに?」(Et ça, par terre ?)だけなのです.でも,ルーレットやっているわけですから,地べたに座っていても,非難されることはなさそうと考えました.きっと,座って賭けに集中した様子が,ブイヨンさんに悪者たちを想像させたものと思われます.それを今,これを読んでいる人にお伝えしたかったのです.

 そこで最後のイラストです.


 ブイヨンさんのお説教する姿で,吹き出しにはお説教の内容が描かれているのですが,これがまた,上に引用した文章と大きく異なります.でも,1950年代のフランスでは子どもたちを諭すときに,そんなことをしていたら,悪に手を染めて刑務所に入ってろくな人生を送らないぞ,というのが決まり文句だったようなのです.映画でも校長先生がそんな説教をしていましたよね.刑務所といえば,逃げられないように鎖で重りの玉をつけられ,強制労働をさせられて,本当に辛いところというイメージです.私が子供の頃には,そんなことをしたら地獄に送られて,閻魔さんに・・・などと聞いたものですが(かなり古いですかね?),そんな教育上の配慮,つまり,してはいけないことをしたら罰を受けると脅すのに,刑務所というのはかなり具体的なイメージを提供していたのでしょう.ニコラたちも黙って聞いています.先程まで「デブ」扱いされて怒り狂っていたアルセストも,もうタルチーヌを頬張りながらすっかり大人しく耳を傾けているようです.

 叱られて黙って説教を聞く子どもたち,刑務所の労働など,またもや文とイラストがだいぶ離れていますが,大事なのは,ニコラたちがケンカをやめ,ブイヨンさんがお説教をして,子どもたちにも「刑務所」の例は効果的であること,これらを一枚のイラストで,一目で伝えることなのです.

 実に正確なイラストでしょう?


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