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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(74)

« La lampe de poche », t.V, pp.47-54.

少し前のお話(71)に引き続き,ニコラは今度は綴り字で7番の成績を取りました.やはり10番以内というのが基準なのでしょうか.今回もパパからお小遣いをもらいます.もちろん,10フラン以下に決まっていますが.そのお金でニコラは「懐中電灯」を買いました.これが本話の題名なのですが,フランス語では「ポケット・ランプ」.もちろん「「懐中」の「懐」は「ふところ」で,元々は着物の内側で,お財布などのものを入れていました.つまり,布を折り合わせ,その合間にできた空間を物入れに利用するという生活の知恵だったのでしょう.そんなキモノを着ていなかった人たち(フランス人)にしてみれば,「懐」はないわけで.でも,「ポケット電灯」では何か軽い感じがします.オモチャなら良いですが,停電の際に「ポケット電灯あるか?」とか言うと,どうも深刻さが伝わらないかも・・・と,まぁ,愚にもつかない妄想は置いておいて,ニコラは「それが僕が欲しかったもの」(c'était ça que je voulais)と言っています.果たして,その心は?

 ニコラによれば,懐中電灯があれば「探偵ごっこ」ができて,強盗の痕跡を探せるとのこと.本当にそうですよね.相変わらずアルセストは食べ物ネタで切り返しますが,今回はアルセスト以外のみんながニコラ派に.

 イラストの2枚目は文には一切説明がありませんが,帰宅するニコラのようです.街ゆく人が思わず振り返って見ています.この振り返る動作が描かれていなかったら,真昼間に,電灯で照らしながら下ばかり見て歩く少年の不思議さは伝わらなかったでしょう.



 懐中電灯を手に帰宅したニコラに,ママンは思わず,「おかしなこと考えたわね(Voilà une drôle d'idée !).でもまぁ,懐中電灯ならうるさい音も立てないしね」と,一応理解を示すのですが,まさか後にこの言葉が実現してしまうとは・・・.大人の思惑が外れて,しっぺ返しをくう.これを『プチ・ニ』の法則とすると,その図式通りになるというハズレのないお話です.

 ニコラは懐中電灯を購入したのが無駄遣いではなかったことを着々と証明してゆきます.宿題をしに部屋に戻ったニコラは部屋を暗くして,懐中電灯で遊び始めます.さらにはずっと前から探していたビー玉も発見.便利で有用なものです,懐中電灯は.これが1枚目のイラストでしょう.


 おまけに,こうして遊んでいれば宿題もやらずに済みますし.ニコラはベッドの下で懐中電灯で遊んでご満悦の様子ですが,それはともかく,部屋の真ん中に絨毯があります.これだけでもう,私の子どもの頃の部屋とだいぶ様子が違います.それに机の上には,開いた本に加えてインク壺が見えます.椅子も私の使っていた事務椅子ではないし,枕灯もキリンの形をしているし,積み重ねられた書物には装丁本を思わせる線が入っています.そしてもちろん家は布団でした.異なった環境で育つというのは,こういうのを言うのですね.

 話に戻りましょう.ママンが入ってきて,真っ暗なのでびっくり.ニコラが理由を説明すると,ママンは「そんな思いつき,どこから引っ張ってくるのかしら.ママンは死ぬほど驚いたわよ」と言います.「そんな思いつき,・・・」はフランス語では,« elle se demandait où j'allais chercher des idées comme ça ».つまり,先ほど懐中電灯を見せた時の「おかしなこと考えたわね」と同じ「考え」(idée)という言葉が使われています.両方ともニコラの突飛な発想を言い表しているのです.このidéeという語が引き起こした騒動については「手紙」(70)というお話に書かれていました.こうしてみると,「考え」とか,「アイデア」にあたるこの語が,さまざまな文脈でさまざまな意味で用いられる,フランス語では大変重要な語であることがわかると思います.それにニコラ家ではいつもこの語は揉め事の引き金となるのです.

 ニコラに宿題に戻るように注意したママンは,やはり一言,この語を用いて不平を漏らします.


「まったく,パパもおかしなことを考えつくわね.」(« Il a vraiment de drôles d'idées, ton père. »(p.48)


 先ほどと同じ「おかしな考え」ですが,先ほどのはニコラが懐中電灯にお金を使ったこと,こちらはパパがニコラにお小遣いをあげたことを指しています.ニコラを叱るのではなく,不平の矛先がパパに向いたわけです.それでニコラは叱られたのだとわからなかったために,今度は暗がりでお勉強を始めます.でも,これもランプの効用の一つ.間違っていません.「算数」にも使えるのです.

 またもやママンが入ってきて今度は叱ろうとするのですが,ニコラが必死に懐中電灯の有用性を説明します.言い訳に耳を貸さないママン.攻防戦は続きます.

 早々に宿題を終わらせ,「めんどりが1日に33.33個の卵を産む」との結論を得て,ニコラは懐中電灯遊びに戻ります.仕方なくママンは取り上げていた電灯を返します.そこへパパがご帰宅.ニコラが懐中電灯を見せるとパパは,


「おかしなことを考えたな,でもまぁ,これなら騒がしいこともないしな.」(p.50)


 と,ママンの言葉を繰り返します.ここでのポイントはもちろん,「おかしな考え」と「騒がしいこともないしな」,この2点です.ママンばかりかパパまでそんなことを口にしてしまうとは.

 続いてニコラは懐中電灯でパパの読んでいる新聞を照らしてあげようとして叱られます.ニコラが泣き叫び,うるさい,「騒ぐな!」と怒鳴られるのですが,もうすでにここで,パパとママンは半分はしっぺ返しを受けているのがわかるでしょう.

 泣き叫ぶニコラの声を聞きつけたママンが台所から顔を出して,ニコラに注意をするかと思いきや,パパに不満をぶちまけます.


「どなたのせいだと思ってるんですか.」と,ママンが言ったんだ.「まったく,懐中電灯を買ってやるなんて,おかしなことを考えたものですわ.」(p.51)


 いきなりパパ批判です.それも,パパが懐中電灯を買い与えたことにされてしまっています.これを聞いたパパが,「俺は何も買い与えた覚えはないぞ!」と,いきりたつのももっともです.

 ここで売り言葉に買い言葉で喧嘩を始める二人ですが,パパの発言が微妙です.


「まったく,窓からお金を捨てるのが趣味だなんて,誰から受け継いだんだかな.」(p.51)


 この言葉が引き金になって喧嘩が激化します.ママンは「その隠微な当て擦り」が癪に触ったようなのですが,これがよく分かりません.どうやらママンの「おじさん」(mon oncle)に関係しているようなのですが,ママンは咄嗟に「あなたの弟のウジェーヌなんて・・・」とウジェーヌおじさんネタを出してしまいます.パパと大の仲良しの,二人でいつもいたずらばかりする,あのおじさんです.そして『プチ・ニ』ではウジェーヌおじさんの名は,喧嘩のスイッチが入る印です.ニコラは部屋に追いやられます.

 それで部屋に戻ったニコラは着々と懐中電灯が役に立つことを証明していきます.ほら,こんな感じです↓.



 一見して,これまでのイラストとは異なることがわかります.おそらく水彩画で描かれ,雑誌には色付きで掲載されていたのではないでしょうか.そうだとすると,暗い部屋の中で照らし出したニコラの顔が浮いている様子がよくわかったでしょう.しかも,顔だけが照らされているために,室内は本当は真っ暗で何も見えないはずなのに,読者には調度が見えていても,違和感なく受け入れられるのです.上手い絵です.

 喧嘩後に気まずい雰囲気で夕食をしますが,その間もニコラは常に懐中電灯の効用について考えを巡らせています.真っ暗にすれば食卓が照らせるし,ヒューズが飛んだら,物置に降りるパパのお手伝いができるし.でもそんな機会は訪れませんでした.

 結局,ニコラは懐中電灯をつけっぱなしで寝てしまい,翌朝には電池が切れてしまいます.




これでママンはニンマリ.「電池が切れたのね.取り替えられないわね.残念ねぇ.顔を洗ってらっしゃい.」(p.54)ちっとも残念そうじゃありません.それに嘘ばっかり.替えられるでしょう? ここぞとばかり,パパまでお説教.


「いいか,ニコラ,泣きべそなんてやめなさい.これは教訓というものだ.おまえは私がやったお小遣いを,いらないものに使ってしまったんだ.それもすぐに壊れてしまうようなものにね.もっと賢くならなきゃな.」(p.54)


 もっともらしい言葉を並べてますが,パパもママンも内心,ほっとしているのです.そんな二人に,ニコラはKYなりの復讐を目論みます.それをみる前に,ここで「賢く」という語はraisonnable.そのまま訳すと,「合理的な,理にかなった,分別のある,思慮深い」という意味です.これは元々,raison「理性,理由」を持っているという語から派生した表現です.つまり「もっと合理的な」選択ができるようにならなきゃならん,と言われているとも読めるわけです.それでニコラは「より合理的な」選択をして,パパとママンを喜ばせようとします.健気じゃないですか.


「それでね,今晩,パパとママンは僕が賢くなったってすっごく喜んでくれるはずさ.だって学校でね,僕はもう壊れてしまった懐中電灯と,すっごくよく音のでるリュフュスのかっこいーホイッスルを交換したんだからね.」(p.54)


 「壊れてしまった」(qui ne marche plus)と「すっごく音のでる」(qui marche très bien)はフランス語で読むと否定と肯定の違いで,全く同じ表現であることがわかります.要するに,もうダメになってしまったものと,未だ役に立つものを交換したのですから,ニコラが「合理的な」やりとりをしたのは明らかです.すっごく上手いことやりました.普通なら褒めてもらえるところでしょう.KYなニコラは当然,そう考えています.でも,「すっごくよく音のでるホイッスル」なんです.ママンもパパも心配していた,「ま,騒がしいことも」あるわけです.素知らぬふりして,すごい復讐を企てるものです,子どもってやつは.


 




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