« Les chaises », t.V, pp.40-46.
題名は「椅子」.ですから,今回の主役は椅子.そう言えば,ウジェーヌ・イオネスコの演劇にも同じ題名の作品があったような.部屋の中にだんだん椅子が増えていって,文字通り人がいる隙がなくなって,最後は住人が椅子に場所を譲るので窓から飛び降りるというようなお話だったような.30年以上も前に読んだものなのでよく覚えていませんが.
でも『プチ・ニ』でそんなホラーなお話があるはずもありません.理由もわからず椅子に場所を占領されていくなんてこともなく,みんな楽しそうに椅子を運んでいますから.
サンぺは相変わらずごちゃごちゃ,うじゃうじゃした絵が好きですね.一人一人はさっぱりした輪郭で顔も物も描き込みすぎず,シンプルな線描がサンぺの特徴で,それに色,特に水彩で色をつけると,単純で喜怒哀楽がはっきりしていて淡い色にぴったりの絵になるのですが,『プチ・ニコラ』ではとにかくワイワイ・ガヤガヤ,よくそんな情景が出てきます.この絵でも椅子をひっくり返して頭に乗せている子や両手で持ち上げている子,スーツケースのように後ろ手で引きずる子,座ってひと休憩の子・・・.とにかく,みんなで働くからみんな楽しそうというのは伝わってきます.確かに椅子を運ぶ,みんなで運ぶなんて,よく考えたら,そうそうあることじゃありません.「学校でいつもと違うことがあるんだよ.」(p.41)子どもは非日常に敏感です.大人はそんなものには無頓着.今回で言えば,椅子を運ぶなんて,面倒な仕事でできれば誰か手の空いている奴にやらせたいくらいにしか思わないでしょう.でも,滅多にしないことにワクワクするんじゃないですかね,本当は?
今回は,夜のうちに水道管が凍って破裂し,ニコラたちの教室が水浸しになってしまったために,1日だけ(どうやら地下にある)洗濯場で授業をするというお話です.ま,実際には,椅子だけ運んで授業は始まらないんですが.ニコラたちのクラスですから,ハプニングはつきもの.想像がつきますがね.
ニコラたちの非日常感は高まるばかり.
僕たちはすっごく喜んだんだ.だって面白いでしょ?学校でいつもと違うことがあるんだ.ほら,例えばね,洗濯場への石でできた小さな階段を担任の先生の後について降りてゆくなんて,いいじゃない?学校なんて,僕ら知ってるつもりでも,こんな風にまず滅多に行かない場所がたくさんあるんだ.だって普通は行っちゃいけないって言われているんだ.洗濯場に到着すると,それほど広くないし,机とかもないし,管がいっぱいついたボイラーと流しがあるだけったんだ.(p.41)
というわけで,椅子もありませんから,アニャンとニコラとジョフロワとウードとリュフュスの5人が食堂へ椅子を取りに行くことに.まずは洗濯場を出てすぐに言い争いが始まり注意1.リュフュスの代わりにメクサンが行くことに.リュフュスがぼやいている間に,しかめつらをしていたジョフロワとジョアキムが交代します.ようやく食堂についてブイヨンさんから椅子を受け取りますが,これがたくさんあって何往復もする羽目に.その間にクロテールがウードと交代,アルセストがニコラと交代.続いてジョアキムがニコラと交代.ウードは抜け駆けして単独で1往復.あまりに騒々しかったもので,ここで注意2.このとき,ブイヨンさんが手伝っていて,椅子を3脚持ってきます.これが3枚目のイラストです.
さすが大人.それに大人なだけにちっとも嬉しそうじゃありません.黒いネクタイとスーツ,あちこち向いている椅子の脚で全体ピシッとしまった構図です.鼻も眉毛もいい感じ.絵になる男です.
なのですが,今度は椅子が多すぎて身動きが取れなくなったということで,またもや運ぶことに.候補者殺到で,先生,また切れます.注意3.
ジョアキムとクロテールが一つの椅子を取り合いを始めます.これが2枚目のイラストでしょう.まるでチャンバラごっこですが,彼らは真剣そのもの.
クロテールによると,教室でクロテールはジョフロワの後ろの席だから,そこに座ろうとしたのですが,ジョアキムの主張では,教室ではジョフロワはアルセストの横には座っていないので,アルセストの後ろに座らなきゃいけない.でもそこは扉の近くだからジョアキムの椅子である・・・.するとジョフロワもすくっと立ち上がり,
「僕も席を替えて欲しいんです.ニコラの席が僕のなんです.だってリュフュスが・・・」(p.45)
と言いかけたところで,またもや先生切れます.注意4.もうとっくにレッドカードをすぎました.クロテールに立っているよう指示するのですが,いつもの教室と勝手が違うので先生に聞き返すのですが,何せタイミングが悪い.他にも,ジョアキムは椅子に登って立ち上がるし,ウードはジョアキムの席に行こうと立ち上がり,二人を通そうとみんなが立ち・・・としている間に先生,三度目のマジギレ.注意4.
先生はバンバンと何度も定規をボイラー管に叩きつけて,叫んだんだ.
「静かにしなさい!座りなさい!座りなさいったら!!いうこと聞きなさい!」(p.45)
そこへ校長先生が登場して,先生はやむなく,
「起立!」というと,校長先生が「着席!」と言ったんだ.(p.46)
廊下で騒いでいたと言ってニコラたちを叱ろうとする校長先生に,やっぱり「先生はすっごくいい先生で,いっつも僕らを庇ってくれる」のだそうです.
「子どもたちは少し神経が昂ってまして,何せここは子どもたちを入れる(recevoir)ところではありませんし,それでほんの少し騒ぎになってますが,今はもう大人しくしていますから.」(p.46)
これを読むと,いつものニコラのKYぶりではないかと思えるのですが.要するに先生,監督不行き届きを責められたくないのかと.でも,優しいKYを間に受けて,良い先生としておきましょう.
それで翌日には教室が元通りになっていると聞いてみんな大喜び.でも,最後は先生方の復讐です.そんなに喜んでいるけど,みなさん,わかっているでしょうが,明日は木曜日,お休みの日なのですよ,本来なら・・・(翻訳ではここのところ,誤解があるようです).それでみなさん,罰として木曜日の登校を命じられたというわけなんですよ.フランスではこのお話が書かれた当時は日曜と木曜の2日間がお休みだったことにはすでに触れました.
それでは大喜びがぬか喜びに変わる直前,先生の弁解を聞いた校長先生の返事に戻ってみましょう.
「もちろんそうですよね,先生.もちろんです.その通りでしょうな.それで,みなさんに言ってあげてください.配管工事の人によると,明日の登校時には,もう問題なく教室に入れるようになる(recevoir)そうです.さあ,こんな素晴らしいニュースを聞けば,さぞ静かになるでしょうな.」(p.46)
校長先生のもったいぶった,毒のある言い方に注意してください.校長先生は担任の先生がここは生徒が「入れるような」場所ではないと言ったのを,わざわざ,それでは明日は「入れる」場所を用意してあげましょうと嫌味で返したのです.それにしても,ちゃんと子どもたちを静かにさせる手段を心得ています.先生もこれを聞いてドヨーン.もちろん校長先生の罰をちゃんと理解していました.それでも,もう反論はできません.朗報と思いきや,ニコラたちはシューんとしてしまいます.担任の先生にはできなかったのに,校長先生は一瞬で静かにしてしまったのです.すごい手腕です.
でも一番可哀想なのは,やっぱり担任の先生では?
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