« Joachim a des ennuis », t.V, pp.7-13.
かつて5冊本で刊行されていた『プチ・ニコラ』シリーズの第5巻の最初のお話で,題名も元々は第5巻全体の題名にもなっていました.今は第5巻の題名は『プチ・ニコラのなやみ』となり,「ジョアキム」君の名前も1話の題名だけになってしまいましたが.何事も,統一性,統一されたような印象が大切ということなのでしょうか.
「ジョアキムのなやみ」と日本語にしてしまうと分からないのですが,ここではフランス語でennuis,つまりたくさんの「なやみ」があるらしいのです.それで,悩んだ図ばかり4枚挿入されているのかもしれません.総計6枚ですが,内2枚は他のイラストからの抜粋です.
映画版『プチ・ニコラ』の第1作目をご覧になった方は,このお話が元ネタだとすぐに気がついたでしょう.つまり,弟ができたために,これまでの細々とした日常生活が変化して,ジョアキムが不平をかこつというもの.映画版ではジョアキムの弟の話を聞いたニコラが自分にも弟ができたと勘違いして,なんとか弟を亡き者にしようとする(やや物騒な言い方ですが)話でしたが,本話では不平を並べ立てていたジョアキムが結局,弟の悪口を言われて怒り出すという,家族思いの優しい一面を見せて締めくくりとなります.ですからストーリーは大分異なりますが,映画版の名シーン,名セリフを想い出しながら読むと,また違った読み方,楽しみ方ができるでしょう.
「あら,おめでとう!ジョアキム.さぞかし,嬉しいでしょうね?」(p.7)
と,お祝いの言葉を述べる担任の先生の嬉しそうな顔に対して,うつむき加減で「はぁ・・・」とため息を吐いた映画版のジョアキム.それに比べて,文章版のお話の冒頭は説明的で長々しい印象を受けました.それもそのはず,語り手であるニコラは一所懸命,「僕らは驚いたんだ」を繰り返して,本当に驚いた様子を必死に伝えようとしているからです.「僕らは驚いたんだ」「〜でも驚いたししないんだけど・・・」「僕らが驚いたのは・・・」「それで僕らはますます驚いた」.これだけ繰り返して初めて文章では「驚き」が伝わり,読者は何で?何に?と続きが読みたくなるのかもしれません.それを映画では先生の笑顔→ジョアキムのため息とナレーションで理解させているのです.
それでなぜジョアキムは浮かぬ顔をしているかというと,とこれからジョアキムは次から次へと不満の理由を並べ立ててゆきます.
まずヤツはすっごくブスいんだ.超チイせーし赤いし,いつでも泣きやがって.みんな,それが面白いっていうんだ.それなのに,僕がちょっとでも泣くと,家では,すぐに黙れって.それでパパがバカやろう!うるせいぞっていうんだよ.(p.9)
それで横のイラストを見ると,ジョアキムの不満顔は分かるのですが,「昨日」の夜に生まれたばかりの赤ん坊にしては,ケージの中でもう立っているし,ジョアキムも本を読んであげる時間もあろうはずがありません.だってまだ0歳で一日目だし.窓の外ではニコラたちがサッカーで遊んでいるのに,本の読み聞かせをして兄の職務を果たす感心なジョアキム.でもそれはきっとそんなの嫌だなという空想なんでしょう.それにしても,地面に無造作に置かれた学生鞄と首に巻いた襟巻きが妙におしゃれ.
ジョアキムの妄想をよそに,いつもながら,ニコラたちがツッコミという名の経験談を語り話を中断させます.みんな,それぞれに家族では苦労しているのですね.「僕が頭を叩けば,ヤツはパパとママンに告げ口してよ,それで木曜の映画に連れてってもらえなくなるんだ.」(リュフュス)そりゃ,叩けば叱られるって,リュフュス.「アニキが俺の頭を叩いてもお咎めなしで,夜更かしも,タバコもOKときてる.」(ウード)お兄さん,幾つだ?!大分年上みたいだから,弟の頭はたいたくらいで罰を受けないでしょうが.
しかしそんな友人たちのツッコミを物ともせず,ジョアキムの妄想は続きます.
病院でママンが僕に弟にキスしなさいって言ったんだ.僕は嫌だったけどな,それでもやらなくっちゃって近づいた.そしたらパパが気をつけろ!って怒鳴ってね.ゆりかごをひっくり返しそうじゃないか,お前のような不器用なやつは見たことない,だって.(p.10)
2枚目のイラスト↑もやっぱり妄想系.まだ生まれたばかりで,最初のキスをするために近づいただけなんですから.でも,泣きわめいて,ジョアキムが困っている様子はよく伝わります.
話は弟から「クレーマー,クレーマー」の泣かせる話に移行.そして今度は「部屋」の話へ横滑り.「弟を家に連れ帰ったらさ,まずはお前のパパとママンの部屋で寝るのさ.だけどしばらくすると,お前の部屋に入れられるんだ.するとヤツが泣くたびに,お前がいじめたんだろうって思われちゃうのさ.」(リュフュス)リュフュス,哀しい想い出だ.「アニキが俺の部屋で寝たって問題ないけどさ,俺がちっちゃかった頃はさ,もうずいぶん前のことだけどな,アニキったら悪ふざけしてさ,俺のこと怖がらせては喜んでやがったから,それは嫌だったな.」(ウード)ウード,苦労したね.
そういえば,映画版でも,俺の部屋だ→庭に小屋を立てて寝かせろ→庭なんてないもん→じゃあ,まずは庭を作れば・・・と話が突拍子もない方向に横滑りしていってました.
自分の部屋を守れるかどうかという瀬戸際の状況でも,相変わらずアルセストは食べ物ネタでツッコミを入れています.
話に飽きたのか,聞いていなかったのか,ジョフロワが休み時間だからサッカーをしようぜと提案します.もしかしたら1枚目↑はこの辺の妄想と関係するかも.
「友だちと外に遊びに行きたくても,家にいて弟の面倒を見なさいって言われるんだぜ.」
「マジか?!冗談じゃないぜ!一人で大人しくしてろっての.あれっ?鐘が鳴らないな.俺は遊びたい時に遊びに行くんだ.」(p.12)
それからはジョアキムの妄想全開.あんまりうるさく言われるようなら家出して,船乗りの船長になって,たんまりお金を稼いで,・・・.後2枚のイラストも,もう文章には出てこないので,ここで見ておきましょう.
カンガルーのおもちゃを引いた弟の手を引いたジョアキム.おもちゃ〜弟〜ジョアキムとだんだん大きくなっていく図といい,右手が作る斜め一直線の構図といい,左足が揃っているところといい,ジョアキムのしかたないという諦めの顔と,弟の嬉しそうな顔と,無表情な人形の顔と,それぞれで描き分けられているところといい,とっても良い絵ではないかと思います.妄想するジョアキムも凛々しいし.
食べちらかす弟とそれを見て微笑むジョアキム.そしてそれを妄想するジョアキムの顔にもニンマリ微笑みが浮かんでいます.おそらくジョアキムが弟を家族として受け入れた瞬間の妄想でしょう.それにしても,弟の椅子,高すぎてあぶないのでは.気になる・・・.
さて,妄想の過程で初めて弟の名前が明かされます.「レオンス」(Léonce).やっぱり変な名前.最後のツッコミはクロテール.
「変な名前だな.」とクロテールが言ったら,ジョアキムはクロテールに飛びかかったんだ.それで平手打ちをバシバシ.なぜかって?ジョアキムは人に家族の悪口を言われるのだけは許せないんだって.(p.13)
イラストのような妄想は文章化されていませんでしたが,やっぱり文でもイラストのように,ジョアキムが現実を受け入れる着地点が用意されていたというわけです.
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