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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(68)

« L'anniversaire de Marie-Edwige », t.IV, pp.117-124.

 さて,いよいよ『プチ・ニコラ』単行本第4巻の最後のお話です.本巻で全てのお話の最初の頭文字に装飾が付いていることにはすでに書きましたが,今回のお話では,たった1枚の見開きのイラストの一部から,この装飾文字「A」が作られています.足のつかない高さの大人用の椅子に座り,前方下のほうを眺めていますが,どうも焦点が定まっていないような,ぼうっとした様子です.吹き出しには頭の中で考えているらしい,いつものクラスメートたちといつもの空き地でサッカーやケンカをする場面が描かれています.文字を装飾するだけにしては,他のお話の装飾文字と比べて,吹き出しを含め格段に大きな絵です.それに何処か寂し気なような.このイラストは↓の本話唯一のイラストからの抜粋です.

 

 冒頭の抜粋は,この大判見開きのイラストの右端のニコラと吹き出しを反転させ,「A」を付け加えたものでした.

 題名が「マリ-エドヴィージュの誕生日」で,そのすぐ次にぼんやりしたニコラの姿が目に入ると,読者としては,あれ,何でだろう?ニコラは将来,マリ-エドヴィージュと結婚するつもりでいるのですから(本人言),マリ-エドヴィージュにとって大切な誕生会なら嬉しいはずなのに,と訝ってしまいます.でも,このイラスト全体を見れば,その理由も一目瞭然でしょう.

 皆似たようなスカートを身につけた女の子ばかり19人!イラストの全体としては中央よりやや左寄りの真ん中では,マリ−エドヴィージュのママンであるクルトプラック夫人がクッキーをあげています.夫人が中心に見えてしまうのは,イラストの前方に円形の絨毯が敷かれているからでしょう.夫人の背後には花の模様のついた壁紙,リボンのように結ばれたカーテン,花と陶器製の人形の置かれたピアノ,職人が手がけたような,いかにも高級そうな装飾椅子・・・.壁には左側には家族写真,右のピアノの上にはマリ-エドヴィージュと思われる写真がそれぞれ,丸い木枠の額縁に大切そうに飾られています.

 このようにざっと一瞥しただけで,イラストの中心がマリ-エドヴィージュと夫人と招待客である女の子たちであることがわかります.ですから,少し離れて右端にぽつんと座っているニコラは明らかに蚊帳の外.誰も話し相手がおらず,仲間外れです.

 お話の中では,実際には他の人と話そうとしたり,夫人が気を利かせて声をかけたり,女の子たちと手を繋いで輪になってダンスを踊ったりと,没交渉ではなかったのですが,このイラストは,ニコラの心情をよくよく表しているように思えます.寂しかったんだよね.

 でも,このイラストにたどり着く前,文章を読んでいた私はあることに気が付きました.この寂しい誕生会での様子を語るニコラがどうも愚痴っぽく,やたら皮肉なツッコミを入れているからです.


「クルトプラックおばさんはピアノを弾いて,いつもいつも同じ歌ばかり歌うんだ.甲高い声がたくさん入る歌で,家にも毎晩,よく聞こえてくる.」(p.117)


「ママンはマリ-エドヴィージュにプレゼントを買ったんだ.オモチャの鍋やオモチャのザルのついたミニ・台所セットだったよ.それにしても,そんなオモチャでほんとうに嬉しいのかな?」(p.117)


「マリ-エドヴィージュのママンが玄関のドアを開けてくれた.それでおっきな声をあげて,まるで僕が来たのに驚いたみたいだったよ.でもね,昨日僕に来てくださいってママンに電話してきたのはおばさんじゃないか.」(p.118)


「僕はマリ-エドヴィージュにプレゼンを渡すのがちょっと嫌だったんだ.だって,マリ-エドヴィージュがこんなものいらないって思うだろうからね.だからね,僕はクルトプラックおばさんの言う通りだって思ったんだ.だっておばさんはママンに『お気遣いは無用でしたのに』って言ったんだから.」(p.118)


 その他にも,マリ-エドヴィージュが「私の1番のお友だちなの」と2人紹介され(2人なのに1番?),次にまた「私の1番の・・・」と別の2人を紹介されたんだと,わざわざ繰り返して指摘していますし(嫌味か!),どうも,いつもよりやや斜に構えたような,ふてくされたような,やさぐれたような・・・.

 そんなこんなで,何とか苦境を乗り切り,ようやくママンがお迎えに来てくれます.ママンにクルトプラック夫人は,


「ニコラったらキャベツのようにじっとしておとなしかったのよ.こんなにおとなしい男の子は初めてだわ.ほんのちょっと人見知りするようですが,今日来ていただいたお友だちの中で,お行儀では一番でしたのよ.」ママンはちょっとびっくりした感じだったけど,すごく喜んだんだ.(p.123)


 それで家に帰ってからも,ママンはパパに報告がてら自慢するのですが,その間もニコラはジッと黙った「キャベツ」のまま.するとパパはおもむろに,


「顎に手をやり,ポリポリと掻いてから,僕のかぶっていたとんがり帽を持ち上げて,僕の髪をなぜてくれた.僕の頭についたテカテカのポマードをハンカチで拭いてから,パパは「ほんとうに楽しかったのかい?」と聞いたんだ.それで僕,思わず泣き出しちゃったんだ.」(p.124)


 パパ,やる〜!とても良い場面です.涙が止まりません.いつも自慢して大ボラ吹いて失敗してしっぺ返しをくってばかりの,やや情けないパパですが,今回ばかりは見直しました.こんな人になれたら良いなぁとまで思います.

 それで何も言わずに,パパはニッコリ笑って,その晩すぐに映画を見に連れて行ってくれるんです.「カウボーイがいっぱい出てきて,みんなケンカして,バンバン,たくさん拳銃を撃つ映画」でした.パパ,わかってます.




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