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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(65)

更新日:2021年8月24日

« Rufus est malade », t.IV, pp.97-104.

「リュフュスは病気」という題名で,題字の左側に置かれている1枚目のイラスト(↓)で「僕,気分が悪いんです.」と手を挙げているのが見えれば,ああ,これがリュフュスで今回は病気なんだな,と思って当然なのですが,実際のところ,リュフュスは病気なんでしょうか,病気じゃないんでしょうか.




 その事件は教室で「すっごく難しい算数の問題」を解いている時に起きました.リュフュスが手を挙げて,担任の先生に退出して良いか尋ねます.「僕,気分悪いんです.」ここで「気分が悪い」というフランス語はmaladeで「病気」(maladie)の状態を示す形容辞です.実はこの語,私としてはやや迷うことがあって,実際に日本語で「病気」と言ってしまえば,風邪やインフルエンザ,更には癌までカバーする言葉なのですが,病名ははっきりしないけれど体調がすぐれないなど,単に「気分が悪い」状態にも使える語なのです.それに加えて,口語では次のような文で,非常によく使われます.


T'es pas un peu malade, non ?「君,ちょっとおかしいんじゃないか.」(『Le Dico 現代フランス語辞典』(白水社))

 これですと,病気でもなんでもなくて,ちょっと頭がおかしいんじゃないかとか,ちょっとどうかしてるんじゃないか,信じられないことをするなというようなニュアンスでmaladeが用いられるのです.日本語では,バカじゃないの?とか,頭おかしくない?のような.本話ではこの多義的なニュアンスが巧みに取り入れられているような気がします.以下で見てゆきましょう.

 話を戻すと,リュフュスに異常を認めた担任の先生はすぐに保健室に行くよう指示し,リュフュスは「算数の問題を放り出して,すっごく嬉しそうに」教室を出ます.ここらあたりで読者は,あれっ?仮病?と首を傾げるところです.現に,同じ手でお勉強を逃れようとしたクロテールの仮病は見破られて,罰として書取りをさせられてしまいます.

 仮病かも,という読者の疑いをさらに強めるのが休み時間.リュフュスがすでに校庭に出ています.「僕は,それほどおバカ(fou)じゃないよ.」とリュフュス.ヨードチンキを塗られるのが嫌で,休み時間まで隠れていたそうです.やっぱり,仮病か!

 それでジョフロワがリュフュスに「お前,本当に調子悪いのか(malade)?」と聞くのですが,それに対してリュフュスは「お前,引っ叩かれたいのか?」と返すのですが,なぜリュフュスは「病気」かどうかをストレートに答えずに,殴られたいのかと返したかというと,おそらくはジョフロワの質問を「お前,本当におバカじゃないか?」と揶揄いの文句と受け取ったからでしょう.ですから,すでにmaladeの意味がここで体調不良〜おバカに振れているのです.

 ここまで読んできて,心配なのは,ここで本話を書いている(語っている)ニコラがこんなことを言っているからです.リュフュスの返答の後,クロテールが大笑いします.


僕はみんなが話していた内容も,その後起こったことももうあんまりよく覚えてないんだ.(p.98)


 この後もお話は続きますし,ニコラが語り手である以上,ニコラが見聞きしたことが記されているはずなのですが,なぜニコラはわざわざ記憶がはっきりしないと書いているのでしょうか.この点,このお話の中ではこれ以上触れられていませんから想像するしかないのですが,私にはニコラがここで「病気」にかかっていて,記憶が朦朧とした状態で回想している設定ではないかと思えるのです.でも,まぁ,答えはありませんから,本文に戻りましょう.

 こうして「リュフュスの周りで」ケンカが始まり,新しい監視役であるムシャビエールさんが駆けつけてきます.それで全員に居残りを命じようとすると・・・


「僕は居残りできません.僕,調子が良くないので(malade).」とリュフュスが言った.(p.98)


 すっごくご都合主義的な病気です.これじゃ,間違いなく仮病でしょう!ジョフロワも思わず,「へぇー,そりゃそうだろうよ!」と,嫌味をぶちかましています.それも,「そうですよね.」というOuiではなく,「あぁ,そうだろうよ!」とかなりくだけた口語表現であるOuaisを用いて.

 これを聞いていたムシャビエールさんは「静かにしなさい!さもないと,お前ら,全員病院送りだぞ!」(« Silence, ou je vous promets que vous serez tous malades !»)と脅します.「病院送り」とは穏やかでないですが,文字通りには「君ら全員,病気になることを請け合うよ.」で,「病気である(être malade)」を未来時制に置いた表現です.ですから,ムシャビエールさんの用いたmaladeは「病気」でも「体調不良」でも「おバカ」でもなく,「罰を与えられて病気のように気分が悪い状態」にしてやるぞという意味で,これもmaladeの多義性を利用した言い回しなのです.

 ムシャビエールさんがリュフュスに理由を聞くと,リュフュスは朝ちゃんとママンに不調を訴えたそうです.ところが,リュフュスは「毎朝」,ママンに「気分が良くない」と言っているため,ママンとしては,今朝病気かどうか,「わからないんんだ.」と明晰な自己分析.なかなか賢い子です.「でも,今回は嘘じゃないんです.」とも付け加えていますが,皆さん,どう思います?やはりオオカミ少年と取りますか,それとも今回は信じてあげますか?

 ムシャビエールさんは「頭を掻きながら」,疑いながらも信じてあげたようで,保健室に連れてゆこうとします.しかしリュフュスは泣き喚き,地べたに這いつくばって拒否.ここでアルセストが「引っ叩くなよな」と仲間想い?の余計な一言を発し,罰の居残りをくらいます.


「それじゃ,この大バカやろうが病気だからって(malade),この僕が居残りさせられるっていうのか.」(p.100)


 ここはどうなのでしょう.アルセストたちはリュフュスの病気を端から信じていないようですから,「この大バカやろうが大バカだからって・・・」と訳した方が良いのでしょうか.

 またもやみんなでケンカが始まり,今度はブイヨンさんが駆けつけてきます.3枚目のイラストはこの2回のケンカの様子を伝えています.「僕,病気だから」とケンカに加わろうとしないリュフュス.そんなことは文に書かれていませんが,ま,言い訳にはなりますよね.



 さてブイヨンさんにウードは「リュフュスのせいです,こいつが大バカだからなんです(malade).」と説明しますが,事情を知らないブイヨンさんの耳には,「こいつが病気のせいなんです.」と聞こえたはずです.でも,事態の把握できないブイヨンさんは,ムシャビエールさんに説明を求めます.ムシャビエールさん,答えて曰く,


「リュフュスが保健室に行きたがらなくて,アルセストが私にリュフュスに手を上げるななんて偉そうに注意して,でも私はリュフュスに手なんてあげていないし,こいつらみんなもう手に負えなくて手に負えなくて手に負えなくっっって!!!」とブイヨンさんに説明していた.ムシャビエールさんは「手に負えなくって」と3回言ったよ.3回目の声は,僕がママンを怒らせた時のママンの声にそっくりだった.(p.101)


 よほど高く裏返った,キンキン声だったのでしょうね.可哀想なムシャビエールさん.しかしニコラたちを相手にするには,まだまだ修行が足りません.それでブイヨンさんにバトンタッチ.ブイヨンさんが仕切ろうとしますが,やはり保健室行きに抵抗し,そこにジョアキムが突っ込みを入れ,ブイヨンさん「真っ赤になって」怒ってしまいます.それを見たムシャビエールさんの口は「大きくニンマリ」.性格悪いなぁ.

 不思議なのは先ほど飛ばした2枚目のイラストです(↓).


 今回のお話では先生を前にして整列する場面は出てきません.これ本当にこのお話のためのイラストなんでしょうか?

 ともかくブイヨンさんは見事事態を収拾し,リュフュスはムシャビエールさんに付き添われて下校します.「いいなぁ,リュフュスのやつ.僕らは文法の授業だったんだよ.」(p.103)

 しかし本当に良かったのかどうか.この後,リュフュスとムシャビエールさんが麻疹にかかったことが書かれていますから,リュフュスは本当に病気だったようです.今回はオオカミ少年ではなく本当の本当に本当の病気だったわけです.仮病を疑ってごめんなさい.

 それにしても,この結末部分は私にはやや不思議に思えます.


病気のことなら(maladie),全然大したことなかったよ.本当に良かった.

リュフュスとムシャビエールさんは麻疹にかかったんだ.(p.103)


 麻疹はもちろん列記とした「病気」ですよね.それにかかっているのに「病気のことなら,全然大したことなかった」というのはどういうことなんでしょうか?私は実は,この箇所の「病気」はニコラが意識朦朧の状態になっていたことを指しているのではないかと思うのです.それで上の方で,記憶を失くしているのではないでしょうか.

 文章は以上で締め括られていますが,このお話に出てくるmaladeという単語の多義性を作者たちは意識していたのでしょう.最後の最後に,4枚目のイラストが挿入されています.



 多分校長先生じゃないかと思いますが,若いムシャビエールさんの顔を見て,「君は病気じゃないのか!」と言っています.顔に疱瘡ができていますから,お話の最後にあるように麻疹を移されたのでしょう.それでも,このお話を読んできた読者の皆さん,「君,頭おかしいんじゃないか!」と叱責されている???と,ほんの微かに頭をかすめたりしませんか?

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