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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(62)

« Les échecs », t.IV, pp.75-81.

 今回は「チェス」のお話.我が国の将棋のようなものですが,何せルールが複雑そうで私はやったことがありません.白黒のチェックボードに,王様や女王様,馬やお城,兵隊さんなんかがあって,名前に因んだ形をしていて(ビショップ「僧正」,つまりお坊さんはお坊さんの形ってピンときませんし,「騎士」は何故かお馬さんですが),何だかかっこいい.そう思ってやってみたいな〜と憧れていたのですが,それはどうも私だけではなかったようで安心しました.今回はニコラと親友のアルセストがチェスで対戦します.それも文字通り「対戦」.戦争です.

 チェスでもう一つ気になっていたのが,フランス語の「チェス」という単語échec.これは「失敗」という意味でよく使われる単語です.その複数形でjouer aux échecsといえば「チェスをする,チェスで一勝負する」となりますから,échecsは「チェス」だったり,その「駒」を表したりするんです.でもessuyer un échecといえば「失敗する」ですから,複数形でも,何度も失敗するとなりそうです.すると,本話の題名は,本文でチェスが登場することを知らなければ,「大失敗」なんて訳せそう.とこれは妄想ですが.

 ちなみに駒の名称を並べておくと,


キング 王様 roi

クイーン 女王 reine

ビショップ 僧正 fou

ナイト 騎士 cavalier

ルーク 城 tour

ポーン 兵隊 pion


 ビショップがフランス語ではfou,つまり「狂人」です.どうしてそんな名がついたんでしょうか.ナイトは英語のknightですが,フランス語では馬chevalの語源に近いcavalierです.それで馬の形をしているのですか.ルークは城で,フランス語ではtour.英語ではtowerに該当します.ポーンという語はチンプンカンプンでしたが,フランス語ではpionで「歩兵」.格の低い,最下層の兵士です.

 お話は次のように始まります.


日曜日,寒くて雨降り.でも,僕には気にならない.だってアルセストの家におやつにお呼ばれしているからさ.(p.75)


 寒くて雨降り.つまり,せっかく学校が休みの日曜日なのに,外では遊べない.家の中にいなくちゃいけなくてつまらないとなりそうですが,ニコラは自分の家ではなくアルセストの家に行くことになっているので,室内でも十分楽しめるというわけです.何せ,アルセストは親友(mon meilleur copain)ですから.

 アルセストが登場すれば,当然食べ物ネタ.まずはおやつのメニューから.「ホット・チョコレートが一人二杯,クリームのついたケーキ一切れ,バターとジャムを塗った焼いたパン,ソーセージ,チーズ」.これ,本当におやつでしょうか・・・.それでも食べ足りないアルセストはお昼の残りのカスレ(白インゲンの料理)を要求.アルセストのママンは拒否しますが,どうも残りがあるのか無いのかはっきりしない返答です.

 食べ終わった後に,部屋で遊ぶことになりましたが,ママンが部屋を片付けたばかりということで,電車ごっこも自動車ごっこもビー玉遊びもサッカーも却下.結局アルセストのパパの提案でチェスをすることになりました.パパは並べ方から教えてくれます.チェスボードはフランス語でdamier.この単語を聞いたニコラはとっさにトランプ遊び(jouer aux dames)を想い浮かべます.親父ギャグのセンスは超一流.

 

アルセストのパパは兵隊さん,お城,狂人,馬,王様と女王様を指して,どうやって動くか説明をしてくれた.(p.76)


 ニコラは「馬」と言っていますが,これはもちろんナイトcavalierのことで,名称としては間違いですが,子供らしく,目に見えたままの姿で呼んでいるのです.ですから間違いというよりも,子どもの視点から,子どもが話をして聞かせているという『プチ・ニコラ』の設定に忠実なわけで,より子どもの語りの特徴が出ています.細かいところまで,本当によく書けていますよね.

 駒を説明したパパは思わず,「これは敵味方の軍隊の戦いのようなものなんだ.お前たちは将軍だな」と言ってしまいます.こうして二人は黙って対局(対戦)を始めるのですが,駒の名称といい,パパの用いた比喩といい,二人を真の戦いに導くのに十分と言えるでしょう.


 大人しく駒を進め始めた二人ですが,ニコラが中世の有名な騎士の名前(「ランスロ」)を口にしたとたん,戦争モードに入ります.あとはこう↓なるのは時間の問題.


「進め!」「臆病者め!」「防御せよ」なんて言葉を交わしている間に,木曜日にクロテールの家で見たテレビを想いだします.騎士や城砦がいっぱい出てきて・・・おまけに「大砲と機関銃,ダダダダダ・・・」.「狂人を進め」,「兵隊はチェスボードから落ちていて」「ビー玉みたいに狂人を弾いて」,それがニコラの「馬」にあたり,今度はニコラが「お城」をアルセストの「クイーン」に投げつけ・・・.そのうち,指で動かすのは面倒になり,部屋の両隅からビー玉を投げることになりました.あぁ,もう,チェスじゃありません.二人はすっかり戦争モード.飛行機は出てくるわ,ビー玉で爆撃するわ.ビー玉じゃ破壊力が弱いということでサッカーボールの登場.アルセストのママンが「すっごく怒ったんだ」って当たり前です.ニコラが帰ってからも,外から・・・


それで僕は帰ったんだけど,アルセストの家ではまだおっきな声が聞こえたんだ.アルセストがパパに叱られてたんだよ.(p.81)


 それでもKYなニコラは反省どころではありません.


もっとできなくて残円だったよ.だってチェス遊びってすっごく面白かったんだからね.雨の降らない日に,いつもの空き地にやりに行こうっと.だってね,チェスってのは,家の中でやるようなゲームじゃないんだよ.そうでしょ?ドカン,ドン,ドーン.(p.81)


 ニコラはle jeu d'échecsを間違って覚えたんでしょうか,それとも,目一杯失敗して,目一杯叱られる戦争ごっこという新しい遊びを発明したんでしょうか.



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