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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(37)

« Le boute-en-train », t.III, pp.21-30.

 このお話にも例によって前置きが置かれていて,その上に絵がありますので,これを1枚目と勘定しましょうか.どこかで見たことがあるような.


 「残念なことに・・・」で始まっている前書きでは「ブルターニュ地方では時折,お日様が(南仏の)コート・ダジュールに巡回しに行ってしまう」という説明があります.要するに,西北に位置するブルターニュ地方は夏の間も雨に祟られることがあって,そんな時にはお客さんは何もすることがなく,子どもたちは外で遊べず,みんなが退屈するし,ホテルの支配人はお客が逃げてしまうのではないかと,気圧計ばかり眺めているというわけです.

 さてお話に入りましょう.このお話には大小合わせて7枚の挿絵が入っているのですが,先程の1枚目を除いて全てが24-25頁に見開きで掲載された,ごちゃごちゃした絵から抜き出されたものです.文章ではランテルノーさんが主人公と言って良さそうですが,お話の冒頭と末尾近くの2箇所に,雨のせいで子どもばかりか大人たちも巻き込んで,ホテル内にカオスが生じる場面が描かれていますから,もしかしたらお話の中心はこの「カオス」かもしれません.まずは,カオスっぷりを絵で堪能しましょう.



 左上のおじさんは右手で階段下を指しながら,どうやら上にいる人たちに抗議しているようです.階段上の男性は抗議を受けて不快そうな顔をしています.おじさんの指の先には,抗議の原因になったと思われる子どもたちが走りながら降りてゆきます.その先には子どもを抱いたお母さんらしき女性が,何やら叫んでいます.別の子どもへの注意でしょうか.ケンカするんじゃありませんとか,走ってはいけませんとか.女性の開いた口の向こうではケンカをしている子どもたちの姿が見えます.その横では走り回る子どもたちに翻弄され,やはり口を大きく開けて驚いた様子の女性と男性がいます.この二人の奥にはホテルのレセプションがあって,受付の従業員に抗議している年配の女性がいます.絵の左下,先程の翻弄されたカップルの少し手前には騒音に耐えられず耳を塞ぐ男性.男性の横で新聞を読んでいる別の男性は子どもたちに注意をしているようです.注意ということであれば,絵の一番左下,新聞を開いた男性の手前の女性も「いけません!」という動作をしながら,机の向こうの子どもに話しかけていますし,先程のレセプションの近くでも,女性がやはり右指を立てながら,子どもにしつけをしているようです.その女性の斜め前にいる頭が禿げてメガネをかけた,ボーダーシャツのおじさんも子どもに何か言っています.これも楽しそうにも見えず,叱っているのでしょう.そのボーダーおじさんの左側手前,絵では一番右端には短パン姿の男性が独り,外で降る雨を見ながら佇んでいます.ここの一角だけまるで別世界のよう.ついでに突っ込んでおくと,男性の見ている外の雨は左斜め下にいかにも激しく降っていてるようですが,絵の右奥の食堂の窓から見える雨も全く同じ角度で降っているというのは,超不自然ですよね.サンぺはそんな細かいこと気にしませんが.絵に戻って右下には,二人の女性が描かれています.二人とも片手に一人ずつ,両方の手で子どもを離さないように捕まえながら,何やら言い争いをしているようです.

 以上,要するに・・・子どもは叫ぶ,走りまわる,ケンカをする,大人は注意する,言い争いをする,耳を塞ぐ.雨で誰も外に出られず,椅子や机がそこらじゅうにあって,至るところで叫び,歓喜,怒り,クレーム,争いの言葉が聞こえてくる・・・.阿鼻叫喚,地獄図のような光景です.そんなカオスが見事に表現されているのですから,窓の外の雨の角度くらい,どうってことありません.右奥に見えている食堂には誰もいないので,きっと食事が終わったばかりの時間なのでしょう.雨が降っていて外出できないので,唯一の楽しみは食事でしょう.しかし食事の時間も相当騒がしかったようです.その後みんな一斉にホテルの玄関ホール(サロン)に入ってきて,本来ならゆっくりとお茶を飲んだり,新聞を読んだりして,それでもヴァカンス気分を味わいたいところでしょうが,そうはさせてくれないのが子どもたち.しかしカオスの原因は子どもばかりとは限りません.


雨が降っていると,大人たちは僕らを<おとな>しくさせておけなくて,僕らはがまんができなくて,いろいろ面倒が起きてしまうのはほんとうに困るよね.(p.21)


 ニコラ一家のテーブル:海に行きたいとがなりたてるニコラ.うんざりしたパパ.「お尻を叩かれたいのか」で泣き出すニコラ.フリュクチュウ(やっぱり変な名前!)のテーブル:同様.ブレーズのテーブル:ブレーズのパパとママンが何でこんな雨ばかりのところに来たのかなんて言い争いを始めます.ま,どこでも似たような家庭の風景が伺えるようです.


ママンはパパに「子どもを泣かせないでくださいね」と言うと,パパは「もう何度も聞いて耳が腐り始めたよ」と怒鳴り返し,イレネは床にクリームを真っ逆さまに落として,イレネのパパに引っ叩かれていた.食堂にはそれはもうおかしくなるほどうるさくなったので,ホテルの支配人が飛んできて,「サロンでコーヒーでもご提供しましょう,音楽でもかけますから」と言ったんだ.支配人さんはラジオを聞いていたんだ.それで,明日は大晴天なんだって.(p.23)


 どうです?絵に相応しいゴタゴタ感が感じられますか?

 この後日中はランテルノーさんが親切にも子どもの面倒を見ようと宣言します.ホテルの支配人が,このランテルノーさんを指して,「盛り上げ役」(boute-en-train)と呼んだのが題名になっているのです.実際には,『プチ・ニコラ』に登場するほとんどの大人のように,子どもに懐かれたり,言うことを聞かせるどころか,ランテルノーさんも,子どもにもてあそばれてしまうのですが.

 目隠し鬼ごっこ(colin-maillard)で見事に子どもたちに無視されたランテルノーさんは,お話の末尾近くで書き取り遊びのようなものを提案します.


それじゃあ,「ア行」から始めようと,ランテルノーさん.「さぁ,やるぞ!」言うが早いか,ランテルノーさんは書き取りを始めたんだ.

「僕の鉛筆の芯が折れちゃってるよ.何で僕のだけ・・・」とフリュクチュウが言うと,ファブリスが「おじさん!コムがカンニングしてるぜ.」

「嘘つくな,嘘つきめ!」とコムが返すと,ファブリスが平手打ちを食らわせた.コムはちょっとぼうっとして,でもすぐにファブリスのことを足で蹴り始めたんだ.僕が「オーストリア」と書こうとしていたところを,フリュクチュウが僕の鉛筆を取り上げようとしたから,僕は鼻に一発くれてやったら,フリュクチュウは一瞬目を閉じて,今度はバシバシビンタを食らわせてきた.イレネが一発食らって,マメールは「おーい,アニエールって国の名前かよ?」と叫んで聞いてきた.僕らはみんなで超騒ぎ立てたんだ.学校の休み時間みたいで最高だったよ.その時,ガッチャーン.灰皿が床に落ちたんだ.(p.28)


 ランテルノーさん,すっかり影が薄いでしょう?この後,雨の中浜辺に行きたがった子どもたちを止めて遊んであげていた親切な親切なランテルノーさんが逃げ出して,雨の中浜辺で隠れていたというオチ,それからせっかくヴァカンスで海辺にいるのに,パパが魚のスープを食べられなかったというオチ,この二つのオチがついて話は閉じられるのです.オチが二つもつくなんて,やっぱりこのお話の主人公はカオスとゴタゴタ感なんでしょう.



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