« Le vase rose du salon », t.II, pp.35-40.
「居間にあったピンクの花瓶」と,過去形で訳したくなりました.なぜでしょう?
表題の上にある1枚目の絵は2枚目の絵からニコラだけを取り出してきたものなので,とりあえずおいておきましょう.
ニコラがボール遊びをしていて,パパのお気に入りのピンクの花瓶を壊して,ママンに叱られ,パパとママンが言い争いをして,ブレデュールさんがそれに巻き込まれて,最後にみんなが仲直りして大団円,というお話.
それにしても今回は,フランスのあるいはニコラの時代のフランスの習慣,というかものの考え方(常識?)が幾つも出てきて興味深いお話です.
ニコラが家の中でボールで遊んでいてパパのお気に入りのピンクの花瓶を壊してしまいます.それでママンに叱られて後片付けなのですが,文章はこう.
「ママンがカーペットの上の花瓶の破片を拾って台所に行ったんだ.僕はその時はまだ泣いていたんだよ,だってパパに花瓶のことを話したら,大騒ぎになるんだから.」(p.35)
それからこの場面の絵はこう.
あれっ?ママンは憮然とした顔で破片をエプロンにのせて台所へ,ニコラは平然とした顔でちりとりで破片をかき集めてます.花瓶がのっていたはずの台が描かれているのはさすがですね.あぁ,やらかした・・・という様子がひと目でわかりますもん.
ママンはニコラに,パパには自分で言いなさいといいます.そうすれば「パパはお仕置きするでしょうよ.良い勉強になるわ.」と言うわけです.自分では叱らず,男親をたて,そしてしつけとしているのです.子育ての一つのあり方ですね.
ニコラもママンにその場で叱られるより,パパに叱られる方が怖いという含意もあるかもしれません.父親の権威というやつです.
パパが会社から帰ってきて,いつもの肘掛け椅子に腰掛け,新聞を読み始めます.ママンはニコラに言いにいくよう迫ります.ニコラはワァっと大泣きしますが,ママンに睨まれ,「勇気を出して」,「もう大きいんだから」(un grand garçon)と凄まれると嫌とは言えません.子供のしつけをするときに,「もう大人なんだから」とか,「大きいんだから」それくらい・・・というのは,日本でも同じかもしれません.でもニコラも負けてません.「もう大きいんだから」という言葉が出ると,必ず嫌なことがあるんだよな,と<大人のような>観察眼.鋭い!
それで喉がつかえながらも,パパに「すごく早口で」告白します.ところがパパは聞いているんだかないんだか.「ふ〜ん,あっそ.いいね.遊んできなさい.」以上.それで2枚目.漫画のようなコマ割りがしてあります.ニコラがボールをけって,ボールが宙を飛んで,落下して花瓶にあたり,花瓶が揺れて落っこちて割れる様子が描かれています.まるで,スローモーションのよう.
ニコラの「すごく早口で」という言葉からはとても想像できない感じです.読者の皆さんはどう思います?
パパの気のない返事を聞いたニコラは大喜びします.ママンは完全に肩透かし.不満やるかたなく,「冗談じゃないわ!」と気色ばんで居間に乗り込みます.ここからは,パパとママンの噛み合わない議論の応酬.二人とも,「〜と言った」,「〜聞き直した」,「叫んだ」・・・とだんだんエスカレートしてゆく様子がよくわかります.二人の怒鳴り合う声が今にも(居間にも???)聞こえてきそう.
子供の教育は母親任せにして!とか,「旦那様はくつろぐのがお好きですわね.新聞片手に室内スリッパ履いて.嫌な仕事はみ〜んな私に押しつけて!」とか,「馬車馬のように働きづめで,不機嫌な社長の顔色を見て,楽しみも我慢して.それもお前とニコラが困らないようにしようと・・・」とかは万国共通の夫婦喧嘩の模様かもしれませんが,「子供の前でお金の話はやめてください!」なんて言葉は,どうです?今の日本でも未だにある表現なのですか?ちなみに,私が子供の頃には,こういう発言をまだまだ耳にしてました.それとも,これは時代ではなく,いわゆる中産階級のモラルの話でしょうか.いずれにせよ,フランスのある時期の教育やものの考え方が前提に書かれた箇所です.
この後,ゲームをしようと誘いにきたブレデュールさんを巻き込んで,二人の喧嘩はヒートアップ.それでも,いつものように仲直りします.このような様子をニコラは,しっかり観察しています.「パパとママンがケンカをするのは嫌なんだ.でも,後がいいんだ.二人が仲直りするのがね.」というわけで,いつもこのパターンになることが暗示されています.それがどんな風に起こるのかも.
それで仲直りした二人は反省し,先ほどせっかく遊びにきてくれたブレデュールさんを呼んでゲームをすることにしました.それで最後の絵.ママンがパパの言葉を聞いて唖然としています.ニコラは,ソロリソロリと和んだ雰囲気の居間から逃げるところ.パパは状況を理解してなくて,ママンとの会話も噛み合っておらず,この数時間は一体なんだったんだ・・・・ママンのそんな脱力感が,この一枚によ〜く表れています.
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