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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(216)

« La nouvelle épicerie », HIPN., vol.3, pp.75-83.

 まずは今回の表紙絵.イラスト1/5です.


 題名は「新しくできた食料品屋さん」.でも,↑のイラストを見れば,『プチ・ニ』ファンならすぐに,あれっ?と思うはず.ニコラの家の近くには,コンパーニさんがやっている昔からの食料品屋さんがあって,ニコラは時々お使いに行きます.コンパーニさんは,例えば,(87)(101)(195)などに登場します.ニコラはコンパーニさんのお店に行くのが大好き.それは家のすぐ近くだからというより,いつも箱の下の方に残っている,欠けて売り物にならないビスケットをくれるからというもの(195).ゲンキンなようですが,それでも家のそばに,気心が知れたというか,愛想が良くて知り合いのお店があるのは安心感につながります.かつてはね,どこでもそうだったのでしょう.デパートのようになんでも見つかるお店は特別なもの.ご近所には,魚屋,八百屋等々,小さな商店がたくさんあって,そこで買い物していました.私が子どもの頃は,まだ.でも,スーパーができて,コンビニができて,イオンなんかができてしまうと,そんな風景はなくなってしまいます.全国どこへ行っても,同じものが買えるという便利さはあるけれど,それじゃ,ここ岡山も,お隣の広島も,どこでも変わらない.つまり町の特徴がなくなっていってしまう.それに,大型店に行っても,買い物するだけで,お店の人がどんな人かもわからないから,知り合いゼロで交流もゼロ.ひいては信頼感もゼロ.ま,商売の関係,お金のやり取りだけです.

 脱線どころか,本話に入る前に前置きが長くなってしまいましたが,↑のイラストに違和感を覚えたのは,「新しくできた」お店という題名なのに,ニコラ?がビスケットの箱からゴソゴソ欠けたビスケットをとっているからなのです.コンパーニさんのところなら,新しくもなんともなさそうなものなのに.それで読む前には,そうだ,きっと,コンパーニさんのお店ができたばかりの頃のお話なのかと思いましたが,大外れ.やっぱり新しくできたお店の話から始まります.

 文が始まる直前についたイラスト2/5を見れば,コンパーニさんのところでないことは一目瞭然.


 ママンがカートを押していますが,動きがなんか変.ニコラの視線を追うと,その先にはぐにゃりと曲がった車輪が.それでママンも浮かない顔をしているのですね.コンパーニさんのお店は昔ながらの個人商店ですから,カートで買い物なんてするはずもない.それに,そんなに大量に買いだめなんてしなかったはずなんです.1950年〜60年代は.だって冷蔵庫もそれほど普及していなかったでしょう?その日の分,とは言わないまでも,せいぜい数日分,それも必要なものだけを近くのお店で買って料理していたはずです.


 すっごい食料品店が新しく開店したんだ.うちの界隈で,家からもそう遠くないところ.ママンに買い物に連れて行かれたんだ.なぜって,ママンはもう,僕一人でお留守番させたくないんだって.僕がいっつもイタズラをするからなんだ.こないださ,僕が電動の列車を走らせているときにバチバチって火花が出て,ブレデュールさんの家が停電になったんだよ.ママンはさ,まるで僕のせいみたいに思ってるんだ.ブレデュールさんのところにはお客さんがいてね,その後,ブレデュールさんはパパとものすごいケンカをしていた.だからね,ブレデュールさんはお隣さんなんだけど,もう僕らと口を聞いてくれないんだ.(p.77)


 新しいお店に連れて行ってもらった,だけで終われば単なる解説なのに,その理由をちゃんと把握していて,その説明もしてくれる.さすがによく観察しています.それで「僕のせいみたいに」って言っていますが,見事に僕のせいです.それにしても,この,電気をショートさせてしまう列車ネタ.よく登場します((116)とBD版p15).今現在,私のうちではまず滅多にブレーカーが落ちてしまうなんてことがないのですが,やはり半世紀以上前のこと.インフラが弱かったと想像しなければいけません.

 ニコラの説明とともに,話がズレてしまいましたが,大事なのは新しいお店のこと.その新しくできたお店に,ニコラとママンは自動車で行きました.繰り返しになりますが,コンパーニさんのところなら,ニコラが一人で歩いて買い物ができるのですから,それと比較すると,新しいお店は,同じ「界隈」で,「家からもそう遠くないところ」のはずなのですが,それでも車でゆくのは,(物語的には)1)コンパーニさんの古くからのお店と対照させるため,2)免許を取ったばかりのママンの運転ネタを差し挟むため,そんなところでしょうか.劇場版第1作目もそうでしたが,ママンとパパの間では,免許証をとる/とらない,運転をする/しない,うまい/ヘタを巡り,常に争いが絶えません.今回ニコラは免許証取得の経緯にまで踏み込んで説明してくれています.


ママンと僕は自動車でお店に行ったんだ.だって,今は,ママンはパパの自動車を運転するからね.最初パパはママンに運転を教えていたんだけど,あれはちょっと嫌だった.だって,パパが教えるたびにママンは毎回泣くんだ.それでママンのママンのところへ,僕のメメのところね,帰らせてもらいます!って言っていたからね.でもそのうち,ママンは教習所に行ったんだ.それで取ったんだよ,免許証.ママンはすっごく勇気があるよ.だって,今は免許証を取るのに四回も試験を受けなきゃならないらしいんだ.(p.78)


 毎度パパとママンがケンカをするとか,その度に夫婦喧嘩になって実家へ帰らせてもらいますと泣きだすとか,その風景が目に見えるようですが,それよりも「すっごく勇気があるよ」ってところ,つまりママンは三回試験に落ちて,四回目にようやく合格したってことでしょうな.まるで,今日び,4つの試験があるように書かれていますが,相変わらず,観察しながら,大人の知られたくない事実をさらっと暴露してくれています.

 運転ネタは後でもまた出てきますが,ともかく二人はお店に到着しました.


新しくできたお店はすごかったよ.すっごく大きくてさ,どこもかしこもピカピカ灯がついていてさ,それでどこかにラジオのようなものがあって,始終,あれ買いなさい,これ買いなさいって声が聞こえる.それに何より,入り口でカートをくれてね,買う物を中に入れて行くんだ.(p.78)


 今(2022年)では,大型スーパーの普通の風景ですが,当時人々は圧倒されたのでしょう.それにその品揃えの豊富さに驚いたはず.これを読んでいる皆さんは,「レ・シャルロ」(Les Charlot)なんて,フランスのアイドルグループ,ご存知ありませんよね?70年代のフランスで大人気だった男の子4人組のグループなんですが,彼らの映画主演3作目『クレージー4人組/スーパーマーケット珍作戦』(Le Grand bazar, 1973)は,は日本でも公開されていますが,この映画,まさにここで出てくる個人商店とスーパーマーケットの対立を描いているのです.フランス喜劇映画には欠かせない名脇役ミシェル・ガラブリュが営むカフェ兼小さなお店の目の前に,ある日突然,スーパーマーケットができてしまう.もちろんお客を奪われ,ガラブリュのお店が潰れそうになるので,常連さんだった4人がスーパーに乗り込んでイタズラしたり,色々奮闘する抱腹絶倒のコメディでした.監督が,やはり私が大ファンのクロード・ジディであったのもよかった.ジディはデビュー作から立て続けに4本もレ・シャルロの映画を撮りますが,その後も私の偏愛する『ザ・カンニング IQ=0』とか,やはり喜劇映画で一世を風靡したピエール・リシャールとジェーン・バーキンのお色気コメディ『おかしなおかしな高校教師』,『フレンチ・コップ』などなど,ほんとうにどれもこれも面白おかしく,それでいてちゃんと社会性を踏まえていて,さらに細部まで良くできている映画をたくさん撮っていました.↑の『スーパーマーケット珍作戦』もその一つ.今見ても色褪せません.それに,スーパーマーケットができた当時の衝撃もちゃんと伝わってきますし.つまり,社会的な関心事や出来事がちゃんとくりこまれているということです.

 だいぶ逸れましたが,ニコラだけではなく,ママンも新しいお店には恐らくはだいぶ驚いたことでしょう.これで何もなければ,きっと便利で何でも揃っているこんな店を使うようになったはずです.ニコラと一緒にいても,何もなければ,ですが.

 カートを見たことのなかったニコラは,走らせながら,機関銃の真似をしてみたり,同じ年代の男の子と競走をしてみたり.ところがこの男の子,やや意地悪だったようで,カートをぶつけられてしまいます.それで車輪がねじ曲がってしまいました.上↑のイラスト2/5は競走「後」の図なわけです.イラスト3/5は競走「中」の店内.


 ニコラのカートの車輪は未だ何ともないようです.


 次は迷子と間違われ,ようやく再びママンと合流.ママンの買い物を手伝おうと(そして驚かそうと!),ニコラは片っ端からカートにボンボン,物を入れて行ったようです.しかしレジでイタズラ(とは言い切れませんが),いやいや,親孝行が発覚.ママンに睨まれ泣き出してしまいます.そこでニコラは,「店員さんがいなかったから,お金を払わなくちゃいけないなんて分からなかったんだよ〜.」(p.80)と言い訳をするのですが,スーパーが初体験であったことがよく表現されていると思いませんか?彼ら(当時のニコラたち)はレジに驚いたのです.子どもなら,そんなに商品をまとめてカートに入れて,お金を払わないなんて不思議だなと思ったはずなのです.つまり,それまでは先程紹介した映画にも出てきますが,個人商店で,あれください,これくださいと指示して,お店の人がとってくれて,それでお金を払う.そんな買い物の仕方が当たり前だったわけですから,この変化は相当の衝撃だったわけです.

 そして今ではありふれた風景となってしまいましたが,人は列に並び,前がつかえると不平をいう.私など,あれはいまだに好きになれません.急かされているわけで落ち着かない.ママンもいそいそと急いでお店を出ます.ニコラも車輪について叱られるのではと不安でいっぱい.こちらはお咎めなしだったのですが,ママンは相当「カリカリした様子」で車に乗り発進したので・・・予想通り,人にぶつけそうになります.


でもね,ママンのせいじゃないんだ.だってママンは後ろに下がりますよって,あらかじめウィンカーをチカチカさせていたんだ.(p.83)


 バックするときにウィンカーつけてどうするって言うんだ!というわけで,これもやっぱりママンのヘマを暴いている例です.

 ともかく何とか家にたどり着き,案の定,パパとママンは車ネタで言い争い.ニコラは車輪のことがバレず,助かりました.

 とはいえ,新しい,そして何でもある食料品店,つまりはスーパーに魅了されてはいたのですが,それでもニコラには独自の見解があるようです.


おっきな食料品屋さんはすっごく面白かったよ.でもね,僕は,それでも家の界隈のお店の方がいいな.カートはないし,どうせカートを走らせるような幅もないけどね.でも,僕が行くたびに,コンパーニさんはビスケットをくれるんだ.箱の底に残ったやつ.欠けてはいるけど,まだ全然,これが美味しいんだ.(p.83)


 イラスト4/5はそんなコンパーニさんのお店.


 建物の角の小さいお店だけど,コンパーニさんが笑顔で迎えてくれます.こんな小さな,町のどこにでもある食料品店は,きっといつの時代にか,移民系の人がフランスに定住する手段の一つだったのだと想像します.

 それでつながりました.イラスト1/5はスーパーではなくて,コンパーニさんのところに,ニコラたちが立ち寄る,日常的な風景だったのです.「新しくできた食料品店」なんて題名に,古くからある食料品店とそのおじさんをぶつけてくるなんて,なんてすごい発想なんだ,サンペさん.そういうの好きです.

 最後のイラスト5/5は,相変わらずこの話のためのイラストかどうか,疑問.でも,一応お店しておきます.もとい,お見せしておきます.




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