« Le pull-over », HIPN., vol.3, pp.35-45.
いよいよ今回からは『未刊行作品集 第3巻』の中でも,文字通りの未刊行作品,つまりどこにも発表されたことのない,未発表の原稿から初めて活字にした作品となります.と言うことは,本巻に収録された10話のうち,未発表である9話の1番目.すると,残りあと9話.悲しいなぁ.ほぼコロナ禍に始めたこの『プチ・ニ』は,私の唯一の慰め(ちょっと大袈裟ですが)でした.1話ずつ大切に読み進めて来たのですが,それが後9話とは.とほほ.
ま,仕方ありません.今回の題名は「セーター」.本巻のために,サンペが新たに描き下ろし,色までつけたイラストがついています.本話にはざっと8枚.ざっとと書いたのは,「セーター」関連のイラストなら,本話のためのものとすぐにわかるのですが,以下で見るイラスト8/8などは,本巻の別のページにも切りはりされていますので,本話に付属したものかどうか分からないのです.これから,そういうイラストが時々あるでしょうね.
それはともかく,題名の下に付された↓これ1/8は間違いなく,本話のためのイラストです.
なぜなら,セーターが光っているから.それをみて,目の前の二人が指を指して笑っています.ニコラは困惑気味.う〜ん,それにしても,何がそんなに光っているのか,何がそんなに可笑しいのか.答えは本文に.
本話のストーリーはえらく簡単です.ママンが買ってきたセーターがニコラには気に入らない.予想通り,ニコラは学校でみんなにからかわれます.それでも最後に,事情を察した担任の先生にセーターを褒められたため,先頭を切ってニコラをバカにしていたジョフロワまでもが,「グワッ,グワッ」のセーターを欲しがるようになるというお話.随分と単純でストレートなお話だと思います.そんなに捻ったところもないし.ありそうな展開というか.それはともかく,オチに辿り着くまでの文もイラストも相変わらず,丁寧に盛り上げてくれるので,十分に楽しめます.
朝,ニコラを起こしに来たママンは「プレゼント」があると言います.相変わらず,「プレゼント」は「驚かすもの,驚くようなもの」(surprise)の語です.ですから,ニコラが「ミニ・カーかな?電車の客車かな?万年筆?それともラグビーボール?」と想像を膨らまし,ママンが回答するとがっかりするというパターンです.一例を挙げると,マンガ版の次のような応答です.
Sempé-Goscinny(Agostini), Le Petit Nicolas La Bande dessinée originale, IMAV éditions, 2017, p.34.
パパ:「さ〜ぷらいずプレゼントがあるよ.当ててごらん.外に置いてあるんだ.」
ニコラ:「ほんまもんの自動車?ゾウさんかも?いざ海へ向かう船?」
パパ:「う,う〜んと・・・違うんだ.自転車だよ.」
今回のママンは,パパみたいに言い淀んだりはせず,すぐに答えを教えていますが.それを聞いて,ニコラはかなりがっかりします.上↑のマンガですと,全然希望とは違うものでも,ニコラは大喜びで見に行っています.
それを聞いてさ,僕はがっかりしちゃったよ.着るものなんてさ,ほんとうのさ〜ぷらいずプレゼントじゃないからね.でも僕はママンに嫌な思いをさせるのが嫌だから何も言わずに,ベッドから起きて,顔を洗いに行ったんだ.それで部屋に戻ってくると,ママンがセーターを見せてくれた.明るい青色のセーターで,胸には鴨が3羽ついていた.上と下にね.僕思わず,泣いちゃったよ.(pp.37-38)
イラスト2/8は,その,噂のセーターです.
しょぼ〜ん・・・.
セーターと聞いて,すぐに喜びもしなければ文句も言わず,まずは黙って「ベッドから起きて,顔を洗いに行った」なんて,母親想いを装っていますが,間違いなく無言の抗議でしょう?それでセーターを見たら,いきなり泣き出します.ママンには理由が分かりませんが,ニコラははっきり,「僕,着たくない.学校でみんなからからかわれるよ.」(p.38)
でも,そうはっきり言っちゃったので,ママンは怒り狂います.それで結局,「着なさい」の一点張り.子どものときには,そうなんですよねぇ.
「そんなの,お子ちゃまのセーターだよ!」と,僕は声を荒げた.
「お尻,引っ叩かれたいの?」と,ママン.(id.)
有無を言わせぬ大人の押し付け.あ〜,いやですよねぇ.それで仕方なく着て,食事部屋に降りてくると,パパがいます.怒鳴り合いの理由が新しいセーターであることがわかり,パパがニコラを見ると・・・.思わず,パパ,「目をまん丸に見開いて,大笑いした」(p.39)↑そんなに酷いんでしょうか.そういえば,映画版『ブリジット・ジョーンズの日記』で,エリート弁護士の彼が来ていたのは,でっかいトナカイさんのセーターでした.それも母の手作り.まんざら嫌そうでなかったですが.大人はいつまで経っても子どもをガキ扱い.あるいは,自分の言うことは聞くものと思っている.そんな感じでしょうか.
話を戻すと,パパはママンに,「そんなもん,どこで見つけて来たんだ?」と聞くと,ママンは「バルバンブロックよ.」(Barbenbloc)と,「ニコリともせず答えた.」これはおそらく,実在しないお店の名前ですが,en blocというのが「一塊で,まるごと」ですから,名前が与える印象としては,大量仕入れで安売りの店といったところでしょうか.
「何かお気に召さないことでも?」と,凄んで見せたママン(この辺は文にありませんから,察するしかありませんが)に,「いやいや,気に入らないとか,そんなんじゃなくてね.」としどろもどろになりつつも,優しいパパは,何とかニコラが着ないで済むように,言い訳をしてあげるのですが,ママンにやり込められてしまいます.
ニコラのために一瞬でもママンと戦ってあげようとするなんて,パパなかなか優しいなぁと思いきや,ママンの剣幕に押されて,今度はママンの味方に.
「ニコラ!お母さんに対してその言い方はなんだ!お母さんがプレゼントをしてくれたら,有難うといって,着て自慢するもんだろ!」
僕は泣いちゃったよ.「じゃ,じゃあパパは,なんでママンがプレゼントしてくれたネクタイをぜえったいにつけないのさ!」
「ネクタイ?何だっけそれ?ネクタイが何だっていうんだ?」
「あら,ほんとね.」と,ママンが言った.「あなた,そんなにあのネクタイをなさらないわね.私がバルバンブロックで買ったやつよ.お気に召さないのかしらっ!」(p.39)
というわけで,それとなくニコラの反撃です.やりますな.
ママンに勝てない二人はもう行かなくっちゃと外に出ます.パパはニコラに言い訳らしきものを残して会社に行くのですが,別れの一言といったら.
「それじゃ,学校へ行きなさい.しっかり勉強するんだぞ.お利口さんにな....それに,しっかりな.」(p.40)
「それに,しっかりな」(« et courage! »)は,明らかに,あのセーターで揶揄われるだろうけど,ま,しっかり勇気を持つんだぞ,という意味でしょう.わかってんなら,ママンを説得してあげればいいのに.でも,そうはならないのが,パパの優柔不断なところでしょうか.
学校へとぼとぼ歩いてゆくニコラの足取りは重い.何とか,上着のボタンを閉めて隠そうとするのですが,それもままならず.イラスト3/8です.
人相悪いなぁ.
学校へ着くと,みんなはビー玉遊びをしています.ニコラも誘われるんですが,頭は鴨でいっぱい.思わず,「僕のセーターが気に入らないなんて言うなら,引っ叩いてやるからな.」と思わず自爆.それで上着の端から鴨が「1羽」だけ見えたんでしょうね.ジョフロワが「こいつ,鴨持ってるぜ.」なんて,めざとく見つけてしまいます.
それでジョフロワが走り出す.「ガニ股にして,腕をバタバタ振り回し,『クワックワ,クワックワ』と鳴き真似しながら」ニコラの方へ,戻ってきます.そんなことするから,ブイヨンさんに正面衝突.バツの悪い思いをします.いや,むしろ,タイミングの悪い.
ブイヨンさんが去った後,今度はジョアキム相手にひと乱闘.イラスト4/8です.
ニコラの拳が今にも飛びそう.目つきも悪〜い.ブイヨンさんが戻ってきて叱られますが,それでも,みんなして相変わらず「クワックワ」の大合唱.この2場面にイラストが1枚ずつ.豪勢です.
上がイラスト6/8で,下が5/8ですので,文章とは逆ですが,大したことはありません.それにしても「クワックワ」の大合唱.確かにみんな「クワックワッ」になっています.唯一,本当に鴨の絵のついたセーターを着ているのはニコラですが,そのセーターは逆に見えません.その辺,気が利いています.わざとでしょうか.
担任の先生が授業を始めても,ジョフロワは「クワックワ」をやめません.イライラしたニコラは思わず隣のアルセストに足蹴りを喰らわし,アルセストが食べかけのブリオッシュを床に落とし,いよいよ発狂.
「お前の鴨のせいで,もううんざりなんだよ!」(p.43)
もちろん,こんなに騒がれては先生,黙っていません.ニコラが泣き出し,アニャンが代わりに説明すると,先生はニコラを教卓まで来させます.イラスト7/8はニコラのみていた世界でしょう.
ジョフロワと鴨がシンクロしてます.ふさぎ顔のニコラには,誰も彼もがこんなふうに鴨に見えたんでしょう.にやけた顔しやがって,と.
でも,呼びつけた先生のリアクションが良い.
まぁ,すっごく素敵じゃないの,このセーター!この洗練度といったら!こんな素敵なものを買ってきてくれるご両親なんて,ニコラはラッキーだわね.友だちの言うことなんて,耳を貸したらいけません.ねたんでいるだけなんだから.罰を与えるまでもないわね.そんな価値なし.ほらほら,泣かないの.このセーターを着ているとすっごく可愛いわ.(pp.44-45)
逆にからかっていた友だちを嫉妬させる戦略ですな.それが見事に成功.いやいや,成功しすぎです.
その晩,ママンと僕は鼻高々だったよ.ジョフロワのママンがママンに電話してきてね,僕のセーターはどこで買ったかって聞いてきたんだよ.(p.45)
それでジョフロワのママンが「バルバンブロック」と聞いたら・・・.最後にイラスト8/8が置かれているんですが,このイラスト,他の場所にも切りはりされて使いまわされているので,この話用ではないかも.でも一応,初出なので,お見せしておきます.
とても「鼻高々」には見えませんねぇ〜.
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