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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(212)の手前

« L'œuf de Pâques », Le Petit Nicolas Le ballon et autres histoires inédites, IMAV éditions, 2009, pp.23-31.


 前回で『プチ・ニコラ 未刊行作品集 第2巻』が終わってしまったので,今回からは第3巻となるのですが,「(212)の手前」と題して,本書について少し説明をしておきたいと思います.でもここに書くことのほとんどは,これまでの繰り返しなのですが,そこはそれ,書いている私が忘れっぽいもので,ご容赦ください.


『プチ・ニコラ』は1959年から1965年まで雑誌で連載され,1960年代には順次5冊の書籍に収録され刊行されていました.ところが雑誌には掲載されたけれど,書籍には収められなかった話がかなりあり,それらは2004年以降,通称『白ニコラ』と『赤ニコラ』という,2冊の『未刊行作品集』として読者の元へ届きました.これらに加えて,第3弾として刊行されたのが,今回から読んでゆく『プチ・ニコラ 「風船」他未刊行作品集』です.つまり,『未刊行作品集』の第3巻に当たるわけですが,これまでの2冊の『未刊行集』とは少し意味が異なります.同じ未刊行作品であっても,第2巻までは雑誌には掲載されていたのに書物化されていなかったお話であるのに対し,本書に収録されている10話は第1話を除いて,全て文字通り初めて印刷されたものなのです.作者の一人ルネ・ゴシニの娘であるアンヌ・ゴシニの序文によると,これらはタイプ打ち原稿の状態で保存されていたもので,これまでに公刊されたことがありませんでした.ゴシニ(父)の遺稿ですから,もう一人の作者であるサンペのイラストもついていません.そこでアンヌは,サンペの元を訪れ,おずおずと,ダメもとで,お願いしてみたようです.結果は,今回からご紹介する通り.サンペが新たに描き下ろした,それも鮮やかな色のついた水彩画が数十枚も,文章に添えられています.ゴシニの死後(1977年11月5日),もう永遠にないと思われた,二人の作家の共作がまたもや実現したというわけです.



Ballon, pp.2-3.

 

Ballon, p.9.


 本書はハードカバーの愛蔵版です.表紙には「風船」に因んで,赤い風船と,赤いチョッキを着たニコラが描かれています.上↑のイラストは,おそらくは,本書に収録された「風船」というお話のために描き下ろされたものなのでしょうが,該当するお話には挿入されていません.でも,水彩で淡い色がついていて,とてもきれいでしょう?こんなイラストが数十枚も収録されているのですから,とても贅沢な作りとなっています.

 雑誌掲載時に文章と合わせて発表されたイラストは,単行本にもほぼそのまま収録されたようですから,どの話に何話と数えることができましたが,今回からは(第1話を除いて),文とイラストを厳密に対応させるのは難しいようです.というのも,本書のために描き下ろされたイラストですから,編者がかなり自由に切り貼りし,本書全体に散りばめているからです.例えば,こんな感じです.


Ballon, p.10.


 もちろん,文(話)の展開と一致したイラストはたくさんありますから,それは今後,お話ごとに見てゆきたいと思いますが,上↑のような,話と合わせて収録されていないイラストは,文とイラストの関係に興味を抱いて書き続けてきた本ブログの趣旨とは少し外れてしまうのです.でも,折角のイラストですから,それに色付きだし,重複に気づいたらその都度指摘するとして,最大限ご紹介して行ければと思います.

 本書には上で触れたアンヌ・ゴシニーの序文(pp.13-16),編者による編集ノート(p.22)の他,10編の話が収録されています.そのうち9編が,すでに記したとおり,未刊行のタイプ打ち原稿から起こしたもののようです.ちなみに,↓がタイプ原稿です.

Ballon, p.19.

 原稿の下にあるのは,2008年春にサンペが描いたイラストです.原稿は本書に収録された「コンクール」という題名の,1960年に執筆されたお話です.未発表のお話というだけで,もうワクワクします.

 アンヌ・ゴシニの序文の書き出しはこうです.


どんな音楽か分からないまま,歌詞の方だけ読むこと.衣装も演出も知らずに,オペラに立ち会うこと.台詞だけを読んで劇を理解しようとすること.それでは作品を裏切ると同時に作品に裏切られ,作品を愛しながらも作品に追い払われるようなものでしょう.(p.13)


 このような喩えがずっと続きますが,要はゴシニの遺稿だけあって,サンペのイラストがないなんて・・・と言いたいのです.そこで,アンヌはモンパルナス(パリ)にあるサンペのアトリエを訪れます.


アンヌ:「ジャン−ジャック〔サンペのこと〕,お話ししたいことが・・・.ちょっと込み入ったことなんですが・・・.いえ,でも込み入ったというより,まぁその,簡単ではないというか・・・.」

サンペ:「何?」

アンヌ:「そのう,『プチ・ニコラ』のお話が10編手元にあって・・・だから,骨格はあるんですが(つまり文章のこと),骨格がなくて(つまりイラストのこと)・・・.」

サンペ:「それで・・・? 何か飲む?」

 私はグレナディン〔柘榴のシロップ〕が飲みたいのをグッと我慢した.子供時代の話になると(私のに限らず),私はどうにも抑制が効かなくなってしまうのだ.

アンヌ:「あなたのイラストがないと,この文章には意味がなくて.どう?それはまるで・・・.」

サンペ:「白黒の雲のような感じ?」

アンヌ:「そうそう!まさにそれ!」

 私はその時楽譜を想い浮かべた.さながら,音符は色のついた小さな雲といったところ.

 楽譜は二声のために書かれているのに,声の一つは30年来もはや発せられず,もう一つの声が未だ残されている(pp.14-15)


 数ヶ月後,アンヌはサンペから呼び出され,アトリエで待ち受けていたのは.


「君に紹介したい人がいるんだ.」(p.15)


 と,サンペ.その時,サンペのアトリエは,前回来た時よりも明るく感じられたそうです.アンヌは「少女が初めて会う人の前でモジモジしてしまう」ように緊張していたとのことです.

 と,まぁ,こんな感じで,サンペは新たなイラストを描いたそうです.


サンペは時を止めたのです.そうはいっても,かつての時間へと遡ったというわけではありません.ニコラの眼差しは,おそらく,ほんのちょっとだけくすんでいるでしょうか.でもそれは依然,もうすぐ50歳を迎えるお話の歴史を持った子どもの眼差しなのです.私たち読者に少し暗く感じられても,消さなくていいでしょう?私たち,一緒に生きてきたのですし.少々の傷跡くらいあったって,仕方ないとあきらめましょうよ,ね?(p.16)


 この最後の部分は,ちょっと抽象的で,私には分かりにくいのですが,ともかくも,こうして再びゴシニ−サンペの共演が蘇ったのです.30年以上の時を経て.

 最後に「編者ノート」について触れておきましょう.これによると,本書に収録された第1話は,1959年3月29日にSud-Ouest Dimanche誌に掲載された,『プチ・ニコラ』の記念すべき最初の話なのです.


その他の話はイラストが添えられるのを待つばかりでした.それらのお話は前世紀に書かれ,今世紀初頭にイラストが付いて,今日ようやく,読者諸氏のために印刷されたのです.こうしてアルセストは,親友ニコラの誕生日をお祝いして,またもやケーキのご相伴にあずかるという次第です.(p.22)


 いいですね.喜んで,ご相伴にあずかりましょう.まったく楽しみです.

 というわけで,次回以降,本書を読み解いて行くわけですが,あらかじめお知らせしておくと,この第1話のみは,雑誌掲載時のイラストがそのまま再録されています.ですから,第2話目以降がサンペの新しいイラストです.イラストのタッチがまるで異なりますが,ここからは趣味の問題.私は,以前の,つまり1950〜1960年代の,創意と工夫に富んだ『プチ・ニ』のイラストが大好きです.それは確かに,色がついている方が目を引きますし,日常に近くて馴染やすくきれいで可愛らしい.でも,微妙に文章と食い違いのある,これまでの白黒のイラストが好きなのです.

 そんな好みの問題はさておき,未だ読んでいない『プチ・ニ』が存在した!それを読むことができる!!それだけのことで,今現在,私はワクワクし,そして多幸感に包まれているのです.

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