« Le miroir », HIPN., vol.2, pp.336-341.
題名が「鏡」で次のページに挿入されたイラスト1/2が大きくて重そうな鏡を持ったパパの絵となると(実際はパパは鏡の背後にいて,顔は見えませんが),何やら不穏な雰囲気が漂いはじめます.皆さんも一緒に不安を感じてください.
ものすごく大きな鏡を後ろから両手で支えているパパ.ニコラが覗き込み,にっこり笑っています.何かヘマをして物を破壊するのはパパだったりしますが,その原因か遠因はいつもニコラ.今回のニコラの不敵な笑いも,何か嫌なものを感じさせます.
パパの背後には,鏡の包み紙が散乱しています.まずはこれが鏡でなくてよかったです.その背後には脚立が見えますから,今届いて,包みを解いたばかりの鏡をこれから設置するところといったところでしょう.今は重そうに,ようやく鏡を支えていますが,何かとドジなパパのこと.設置中にいつ落とすのか,心配でなりません.私は子どもの頃に,『オーメン』というホラー映画を見て以来,厚い氷の張った湖と,台車に乗せた大きな平たい硬いもの(映画では鏡ではなくガラスなのですが,とにかく今パパが手にしているくらいの大きさの平たい物でした),この二つを見ると,ぞぞっと寒気を感じてしまいます.
でもこれは『プチ・ニ』のお話.そんな恐怖の場面となるはずがありません.せいぜい,せっかく買った鏡が到着したその日に割れたとか,パパが設置し損ねて割っちゃったとかなはず.笑えないまでも,後味の悪くなるような話ではありえない.そう,自分に言い聞かせながら,お話を読みつつページをめくると,次のイラスト2/2ではやはり鏡を手にしたパパとニコラ,そしてブレデュールさんが登場します.
ブレデュールさんが手にしているのが,たくさんのガラスの杯がのったお盆です.それも,ギャルソン(ウェイター)がするように,お盆を片手にのせています.如何にも不安定な感じで,杯がぶつかるカチカチという音が今にも聞こえてきそう.そんなブレデュールさんの前には,後ろから鏡を支えたパパがいます.後ろから支えているから,大きな鏡で前が見えていません.もしかして,このままパパもブレデュールさんも前に進んで衝突し,杯も鏡も割ってしまうのでは・・・と,思わず勘ぐってしまいます.しかもこの2/2のすぐ上には,こうあります.
「うひゃあ,おいおい,もうダメだ!」と,ブレデュールさんが叫んだ.(p.340)
げ!やっぱり割るんだ・・・.あの大きさの鏡ですから,そりゃー大惨事です.それに結構な値段がしたようなので((« Une glace de ce prix », p.336),何せもったいない.破片が飛んで,ニコラが怪我したりしたらとか,運んでいたパパが指を切ってしまうとか・・・.もう,悪いことしか思いつきません.もうっ,不安でしかない!
昨日の夜,お店のトラックが家の前に止まって,男の人が2人でまっ平で,すっごく大きい包みを運んできた.
「リビングの鏡だよ〜,シェリ!」と,玄関を開けに行っていたパパが大きな声で叫んだ.(p.336)
ママン曰く,お店で見たよりもずっと大きかったようです.でも,ちゃんと見て購入したようですから,パパを責めるわけにはいきません.パパは注文通りの鏡にニンマリ.夕食後に自分で設置すると言い出します.
「絶対ダメ!」と,ママンが大声を出した.「こんなにした鏡なんですから,あなたが設置するなんてだめよ.絶対に割ってしまうんだから.」
「何かというとすぐに僕は不器用だっていうけどさ.いずれにせよ,せっかく買ったのに,床に置いておけないだろ?ちゃんと掛けなきゃ.だから俺が掛けるんだよ.」(p.336)
もう,ママンは不安で不安で仕方ないようです.高いし,大きいし,割れ物だし,パパは不器用だし.私と同じで,もう不安でしかない.それでもパパがなんとか説得して宥めます.「心配無用.いずれにせよ,もう決めたんだ.夕食後に俺が設置する.以上.いいね?」(p.337)
そんな2人をよそに,ニコラは「ママンを安心させようと」,「僕,パパを手伝うよ」と言います.『プチ・ニ』の愛読者はつぶやいたはず,それが一番不安だ,と.ニコラの言葉を聞いたママンも,口では何も言いませんでしたが,「晩御飯のとき,ママンはほとんど何も食べなかった」(id.)のですから,もう心配で心配で,物が喉を通らないわけです.でもそれを見たニコラが「でもね,すっごくおいしかったよ.鳥の焼いたやつだったんだ.」(id.)それそれ,その無邪気で献身的で余計なお世話が,(読者を含む)みんなの不安を駆り立てるのです.
夕食後,いよいよ設置開始なわけですが,どうにも人手が足りない.そこで,ママンはパパにやっぱりやめといたらと言い掛けるのですが,もう何度も言われて怒るパパ.でも人手が足らないのは事実なので,ニコラをブレデュールさんを呼びにやります.やっぱり仲良しね.
ブレデュールさんを呼びに行くと,ブレデュールさんの家ではめざとく,トラックから荷を降ろしていたのに気づいていて,夫婦で何だろうと話をしていたようです.何か,監視しているみたいですが,それだけ,仲がいいというか,お隣のことは気になるのでしょう.地縁が機能しているのは,時に煩わしいこともあるとはいえ,マイナスばかりでもありません.
手伝いを頼まれたブレデュールさんは,全然嫌がるでも不平を言うでもなく,これを良い機会と,パパとママンから借りていたお客さん用のシャンパングラス(杯)を返すために持ってきます.あ〜あ,ただでさえ,鏡を割るかどうかとハラハラしているところに,今度は,日頃ケンカばかりしているブレデュールさんが,ガラスを持ってくるのですか.それもお客さん用と言うからには,ちょっと値のはるシャンパングラスとは.
ブレデュールさんは,入るなりお礼を行って,シャンパングラスを椅子の上に置きます.椅子の上におけと指示したのはパパ.それは不吉.とっても不吉です.それからパパを手伝うために,一緒に鏡を持ちます.そこでブレデュールさんの口から出たのが,↑で見た「うひゃあ・・・」でした.イラストを挟んで,次の文ではしかし,ニコラが解説しています.
「うひゃあ・・・」といったのは,冗談だったよ.パパとブレデュールさんは2人で仕事にかかり,僕はすっごくお手伝いしたよ.だって,パパに「お前がビスをしっかりと持っておくんだぞ.それでよこせっていったら,ちゃんとパパに渡すんだ」って言われたからね.(p.340)
それでも任務は無事完了.パパに言われて,ニコラはママを呼びに走ります.
ニコラは台所まで走っていって,バタンッといきおいよく扉を開けると,ママンの大きな叫び声が・・・.ああ不吉.もう絶対ソソウに違いない・・・.ママンは大きな声をあげ,目を丸くしてニコラを睨みます.そして手には,洗ったばかりのたくさんのお皿を抱えていました.や,やはり・・・.
と,思いきや,ママンはニコラに小言を言っただけ.「あなたのせいで,危なく,お皿を落とすところだったわ!」(p.341)では,落とさなかったんだ!よかったぁ.
それからママンが鏡を見にゆきます.「すごいわ,本当にすごい!」(id.)と,ママン.感動で思わず,顔はピンク色に.パパも,ブレデュールさんとニコラ,「2人の優れたアシスタントのおかげ」と上々機嫌.みんなで笑って,みんなで握手と抱擁.残すところ,あと数行なのに,何だか幸せな雰囲気です.これでいいのか,『プチ・ニ』?!?
「皆みなさん!」と,ママンが言った.「ご理解いただけるかどうか,私,どれだけ気が楽になったことか.」
そう言ってママンは,ガクンと椅子に腰掛けた.(id.)
ここで私は,もちろん,あ〜,ついにやった!と思いました.今までの不安が,報われた(?),いえ,実現して安心しました.絶対に,割ったなと.そうしたら,こちらの心中を察したニコラがすかさず,
いや,シャンパングラスを置いた方じゃなくてね,別の椅子にさ.(id.)
えーーーーー,っと,驚きましたよ.じゃあ,今回はオチなしぢゃないですか?!
みんなすっごく喜んでいたよ.もちろん僕も嬉しかった.それにさ,僕は結構驚いていたんだ.だって,読者のみなさんに告白しちゃうと,最後の最後まで,僕は誰かが絶対に何か壊すぞって思っていたからね.(p.341)
というわけで,壊れると思っていたでしょう?ハラハラしてたでしょう?不安だったでしょう?いや実は何も壊れなかったんですよって,オチでした.それも文章の仕掛けだったのです.ちゃんと「読者のみなさんに」って告白していますから.
してやられましたわ.
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