« Le vitrier », HIPN., vol.2, pp.308-313.
今現在(2022年),私たちがよく使う語としては,verre「ガラス,コップ」,vitrine「〔ガラスの〕ショーウィンドー」などでしょうが,題名のvitrierは「ガラス,板ガラス」を意味するvitreから派生した職業名で「ガラス屋さん」.本話に付されたイラスト2/2で,学校の門のところで生徒の頭をなぜなぜしている人がガラス屋さんです.背中にガラスを背負い行商していたようです.(トリビアですが,verreの元になった古典ラテン語のvitrumは「染色用の植物,大青」を意味していて,今のように透明ではなかったそうです).
そういえば,ボードレールの『パリの憂愁』にも「不都合な硝子屋」と題された詩篇がありました.窓からガラスの行商人を見かけた「私」が7階から呼びつけて,ガラス担いだ行商人がえっちらこっちら部屋までたどり着いたら,イチャモンつけて追い返し,建物から出てきたところで攻撃開始.転倒させて,ガラスを全部割らせ,自分は悦に入るという,それ自体真に受けると(そんな人いる?)何とも理不尽で後味の悪い詩でした*.今はもう存在しない職業とはいえ,詩人はおそらくガラスというよりガラス売りに詩想を得ていたようで,コクトーなんかも『オルフェ』に登場させていました.後ろ向きに歩いていたような.
*原題はLe mauvais vitrier.それにしても日本語で,「不都合な」って,どんな「ガラス屋」かと思うのですが.逆は都合のいいガラス屋?それも何だか,調子がいいみたいで・・・.
それはともかく,『プチ・ニ』に登場するガラス屋さんは,そんな高級文学の香りを漂わせることもなくずっと下世話.商売繁盛をモットーとしているような感じ?それはイラスト2/2によく表れています.
学校が引けて,子どもたちが校門から出ていく.一番後ろの子どもの頭をガラス屋さんがなぜている.顔はニンマリ上機嫌.そりゃそうでしょ.なぜなら・・・.今回のお話です.
今回はジョフロワが校長室の窓ガラスを割り,校長先生が子どもたちに教訓を与えるために弁償させるというもの.どこに笑いどころ(オチ)が?それがガラス屋さんの顔と手にあるのです.
僕たちの生徒監であるブイヨンさんが始業の鐘を鳴らしたちょうどその時,サッカーボールがゴールを飛び越え,ガシャン!窓を通り抜けていった.ガラスのあったところから,顔を真っ赤にして怒った校長先生の頭が出てきたよ.(p.308)
遊んでいればよくあることです.この状況でニコラは,校長室じゃなくて,「保健室の窓の前に」ゴールを設定しておけば,それほどの騒ぎにならなかったのに,と冷静に分析しています.保健室の先生は校長先生より優しいってことでしょうか.登場したことはありませんが.
怒った校長先生はすぐに出てきて,自ら犯人探しを始めますが,すぐにジョフロワが名乗り出ます.あんまりすぐに犯人が見つかってしまったので,校長先生は「ほんのちょっとがっかりしたようだった」(p.309)そうです.別にがっかりすることもないのですが,これはジョフロワの家がお金持ちなので,ガラスを弁償するくらいではこたえないからでしょう.すぐに,しかも自ら名乗り出て仕舞えば,それ以上叱ることもできませんし.目論見が外れたという感じです.ニコラも「クロテールの家のテレビで見た探偵」のように,調査してくれたらよかったのにと,がっかりしています.先程の「保健室」といい,ニコラ,妄想モードに入っています.
「そうなんです」と,ジョフロワが説明した.「僕がみんなをドリブルで抜いて,超鋭角のシュートを決めたんです.」(p.309)
このジョフロワの説明,謝ってませんよね?!何気に自慢してます.これを聞いたみんなから異論が唱えられます.「笑わせるぜ.シュートしたのは俺だ」(クロテール),「メクサンがボールを奪って,俺にロング・パス.俺が30メートルのシュートを決めたんだ」(ジョアキム),「30メートルのシュートだって?頭おかしいんじゃないのか?それに僕がお前を見たら,ゴールが決まった時には,お前はアルセストにサンドウィッチをおねだりしていたじゃないか!」(ニコラ),「ニコラ,お前は試合に参加してなかっただろ!俺がホイッスルを鳴らしたんだぜ.」(リュフュス),「それにそもそも,これは俺のボールだぞ.ウードからゴールを奪ったのは俺だ」(ジョフロワ),「ゴールって何だよ?ボールはバーの上をかすめたんだろうが,大馬鹿野郎!」(ウード).あぁもうっ!収拾がつきません.
校長先生が全員を制止します.
「よろしい.それではジョフロワが犯人というわけだな.自分で名乗り出たからには,私は罰したりはしないぞ.だが,窓ガラスを割ったジョフロワには教訓が必要だ.よく言うだろ?『ガラスを壊す者は〜ん〜?』ジョフロワ,続きは?」
ジョフロワは口を開けかけ,また閉めてから僕らの方に目をやった.
「ん〜?どうしたね?知らないのかね?まったく,君らのクラスでは何を学習しとるんじゃ?」(p.311)
状況から怒れない校長先生は教訓を与え,反省を促します.しかしその教訓が出てこない.これは「ガラスを壊す者は弁償しなければならない」(« qui casse les verres les paie. »,すなわち「まいた種は刈らねばならない」という意味の諺で,大概の辞書には出ている者です.「自業自得」かしらん?ま,とにかく,あまりに有名な諺なので,大概のフランス人は知っている(と,校長先生は思っている).はずなのですが,ニコラたちは例外のようです.
しかし諺が出てこないどころか,「君らのクラスでは何を学習しとるんじゃ?」に反応したのが,久しぶりに登場したアニャンでした.
「今,僕たちのクラスではルイ11世のところです.」と,アニャンが首を突っ込んだ.それで背中の方で手を組んで,暗唱を始めちゃったよ.「ルイ11世は(生年1423年,没年1483年).偉大な王でした.残酷なことで知られ,敵をカゴに押し込めて,それで・・・」(p.311)
イラスト1/2です.
ニコラに負けず劣らずのKYぶり.みんな目を丸くしてます.話が通じないというか,校長先生の嫌味の言葉を真に受け,そのままストレートに,質問に対して真っ当な答えを返しています.そんなこと聞いてるんじゃないっつーのに.
業を煮やした校長先生.もう仕方ないから教訓は自分の口で言ってしまって,ジョフロワにどうすべきか問い詰めます.するとジョフロワはサッと財布を取り出して払おうとします.
「いくらですか?」と,ジョフロワが聞いた.(p.311)
もうダメだと思ったんでしょうな.校長先生,お金を受け取るでもなく整列させ,昼食時に自分で親に話し,ガラス屋を手配するよう命じて解散となりました.それで少しは反省するだろう,それに親に叱ってもらえるだろうと期待したんでしょうねぇ.
その日のうちにガラス屋さんが来て,窓を元通りに直しました.校長先生も上機嫌です.
「これでよく考えもせず乱暴なことをしたらどうなるか,よーく分かっただろう.君のご両親は君のしたことにお金を払わねばならないのだよ.間違いなく,君のせいで倹約する羽目になる.ご両親に感謝せねばな!気をつけるんだぞ,ジョフロワ.君は素行が良くない.将来刑務所行きになりかねないぞ.それに,だ.君のせいで,この善良なガラス屋さんが迷惑を被ったんだ.君のせいで仕事が増えたんだ.君が壊してしまった窓を,ガラス屋さんは一所懸命直さねばならなくなった.何か言うことはないかね,ジョフロワ?」
「校長先生.ボールを返してもらえませんか.ねえ,お願いですから.校長先生.ねぇったらぁ.」(p.313)
一応教訓も述べることができましたし,これで一件落着と思いきや,ジョフロワにはまったく反省の色が見えません.校長先生,呆れてものも言えずに去ってゆきました.そこでニコラ.「ボールは,多分ダメだろうね.」(id.)冷静です.
そして,ジョフロワのせいで,ガラスの修理をしなくてはならなくなったガラス屋さんはといえば.
でも,ガラス屋さんは,すっごくいい人だったよ.ジョフロワが迷惑をかけたなんて,全然
怒ったりしなかったんだ.それどころか,学校を出たところで僕たちを待っていてさ,ジョフロワに新品のボールをくれたんだ.それに僕ら全員に,ガラス屋さんの名前と住所の書いてある名刺も配ってくれた.
それから,口笛を吹き吹き,帰っていったよ.(id.)
相変わらずの,ニコラの「すっごくいい人だったよ」のKYな感想は放っておきましょう.でも少なくともニコラにはそう思えたし,それに気前がいいのも確かです.怒りもせずに,新品のボールまで買ってくれるなんて,そりゃ,子どもたちから見れば「いい人」でしょう.ここはchouetteで,ニコラが最高!を表現するときに必ず使われる形容詞です.
それにしても一方の大人(校長先生)の思惑はどうあれ,もう一方の大人(ガラス屋さん)にしてみれば,素晴らしい午後だったに違いありません.それで顔はニンマリ,子供の頭をなぜなぜ.しつこいようですが,ボードレールに登場したガラス売りと同じ語なのに,えらい違いです.
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