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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(202)

« On tourne ! », HIPN., vol.2, pp.282-289.


 『Le Dico 現代仏語辞典』には,「[目的語なしで]Silence ! On tourne !静粛に!撮影中です」と,まんまそのまんまの例文が出ています.それに題名の横についたブレデュールさんがカメラを「回して」います.tournerという動詞には「回す,向ける」などの意味がありますが,おそらく機械かフィルムを「回転させる」ところから,「撮影する」という意味が生じたのでしょう.Onは不特定のonで,「誰かが撮影している」と主語を特定しないで良い場合には,「撮影中!」とピッタリの日本語になります.

 閑話休題.それにしても題名の横のこの大きさのイラスト1/5は,通常なら後に出てくるイラストの一部を切り取ったものなのですが,今回は見当たりません.これで1枚になりそうです.過去になかったわけではありませんが((95)),やっぱり珍しい.

 今回はお隣のブレデュールさんが新しく買った手持ちカメラ(多分,いわゆる八ミリ)を使って,パパとブレデュールさんとニコラで撮影をしましょうというお話です.ブレデュールさんがわざわざ,ニコラの家に持ってきたので,単に自慢して見せびらかすのが目的だろうと一瞬思ったのですが,一緒に撮影し始めたので,それじゃ単に新しいものだから,自慢しつつも一緒に触ってみようということかと思いながら読み進めましたが,これもどうやら違うらしい.それでは一体・・・?いつも,結構どぎついケンカをしてみせるパパとブレデュールさんですから,小競り合いならいつもと変わらないのですが,今回はどうやらブレデュールさんに腹黒〜い計画があったようです.そんな計画には,文では一切触れられていないのですが.

 ある日,パパとニコラが庭で落ち葉を拾っていると,「ブレデュールさんが奥さんとカメラと一緒に」やってきました.


「お前じゃ,自分でこんなカメラを買ったりなんてしないだろうな〜,えぇ?」と,ブレデュールさんがパパに言った.

「俺が欲しけりゃ,ちゃんと買うさ.でも俺だったら,性能のいいやつを買うがな.」

「これで横っ面引っ叩かれたいのか.そうすりゃ,性能の良し悪しが分かるだろうぜ.俺のこのカメラは3枚レンズだ.」と,ブレデュールさんがパパに聞いた.(p.282)


 ブレデュールさん,自慢たらたらで,危うくケンカになるところでしたが,ブレデュールさんは何故か踏みとどまります.加えて,「このカメラで映画を作ろうじゃないか.」と持ちかけてくる.何か変,どこか変.それでニコラが乗り気になると,ブレデュールさんは「喜劇映画を作ろう.抱腹絶倒で,気の利いたやつをな」(pp.282-283)だそうです.むむっ・・・なぜに喜劇映画?それはともかく,ニコラは部屋に行って,ボール紙でできたとんがり帽子と口髭とメガネのついた鼻をとってきます.「クロテールの誕生日以来しまっていた」ものだそうですが,おそらくは(21)に出てきた鼻では?と勘ぐってしまいます.鼻をつけたり,頬を膨らませたしかめ面で,ニコラの撮影は完了.イラスト2/5です.


ブレデュールさんとニコラ.にこやかな撮影風景です.


「上出来だ!」と,ブレデュールさんがパパに言った.「さ,今度はお前さんの番だ.」(p.283)


 それでパパは自動車に乗って颯爽とガレージから出てくる姿でというのですが,「それじゃあ,面白くならないよ」と,ブレデュールさん,あえなく却下.それでいつもの小競り合いになるのですが,最後にはニコラの懇願を受け入れ撮影を再開します.パパは仕方なく,言われた通り,ズボンを巻き上げることに.「映画に出てくる道化のように面白くなる」のだそうです.イラスト3/5です.


 ズボンの裾をたくし上げ,ニコラの持ってきた帽子をかぶり(とんがってないのでニアミスでしょうが),鼻もつけています.手前ではニコラが大笑い.芝の上をのたうち回っています.パパも調子に乗って,いつもの大ボラが出ます.「実際,俺には喜劇の才能があるんだ.結婚してなかったら,確かにコメディアンとして成功していただろうよ.それにまだ幼かった頃にな,もうすでに青年の家シャントクレールの舞台で大絶賛されたんだ.」(p.284)パパはといえば,将来を嘱望されたサッカー選手だったり水泳選手だったり.全て「結婚しなければ」という条件付きですが.それはともかく,パパは「膝の上までズボンをたくし上げ,両足を左右に開いてブレデュールさんに向かって歩き始めました.」一同,大笑い.ニコラなんて笑いすぎて,「お腹が痛い」ほど.でも,ちなみに,文ではこの場面ではまだ帽子もメガネもつけていないんですが,そのくらいはニアミスってことで.

 さらにパパがニコラと変な顔をしているところで,ママンが介入.何でもご近所中,窓からこの景色を眺めているそうです.「私なら,あえて近所の笑い者になろうなんてしないわ」(p.286).それでパパ,顔を真っ赤にして,ようやく正気に戻ります.

 続いてパパが,今度はブレデュールさんを撮影してやろうと申し出ると,ブレデュールさんは,生垣まで移動して,肘をついて,片手をズボンに突っ込んで・・・と,まるで2枚目俳優のようなポーズをとります.イラスト4/5です.




 パパはそこまでは単なる移動と思い「さぁ,始めろよ」と声を掛け,「何か面白いことをやらなきゃ」と唆しますが,ブレデュールさん,乗ってきません.「俺はお前の奥さんと一緒でな,笑い者になるなんてまっぴらだ.」(p.287)これを聞いたパパが怒り出し,一触即発の状態に.


「俺の奥さんは凄いな,凄い影響力だ.そんなら,もう服を着替えに行ってしまえ.お前なんて撮影してやるもんか.」と,パパが怒鳴った.

「よかろう.それなら,お前には撮影した分を見せてやらないからな.ヘボ俳優め!」(p.287)


 これを聞いたニコラが泣き出し,パパは仕方なく撮影再開.「ブレデュールさんは,いつも顔を同じ方向に向けたままで,それにずっと笑みを浮かべていた.」(p.287)

 それで撮影終了.映画は完成したはずなのですが,ニコラはやっぱり見ることができなかったようです.


それでね,その映画なんだけど,見れなかったんだよ.ブレデュールさんがパパにいうには,カメラがどこか壊れていて,うまく撮れていなかったんだって.でもずっと後になって,ブレデュールのおばさんがママンに言っていたんだ.「映画なら見たわよ.とても面白かったわ.でも家の人ったら,自分は太り過ぎだとか言って全然喜んでいなかったわね」だって.

 それでブレデュールさんが鼻を殴られたらしいんだ.(p.289)


 どうです?すっごく簡素な終わりかたでしょう?私は一瞬,オチがわからないどころか,オチがあるのかないのか,あるとしたらどこが面白いのか迷ってしまいました.ともかくイラスト5/5を見る限り,映画はちゃんと完成したようです.


  映写機から映し出されているのは,紛れもなく,優秀な素人俳優であったパパの姿です.それを見て,ブレデュールさんと奥さんが大笑いをしています.では,映画はあった.でも,パパに泣きついて,撮影を継続させたほどに見たがっていたニコラは見ていない.ブレデュールさんのかっこいー姿の撮影を渋々承諾したパパも見ていない.どういうこと?

 つまり,上の簡素な文は,こう深読みする必要があるようです.すなわち,ブレデュールさんはわざわざパパにおどけ役を演じさせた.それに対して,自分はポーズを取ってかっこよく撮影させた.それで自宅で奥さんとパパを笑い者にした.カメラを持参した時からの計画だったのです.何て意地悪で,どぎついイタズラでしょう!誰がしたのか書かれていませんが,それじゃあ「殴られた」のも当然です. 

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