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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(200)

« Seul ! », HIPN., vol.2, pp.264-273.

 題名のseulには!がついています.これはpoint d'exclamation,つまり「感嘆符」と呼ばれるもので,驚きや感嘆を表す記号です.ですから,「独りで!」となるのですが,独りで何かするのが嬉しければ,「わーい!独りでやるぜぃ」となりますし,それが嫌なことなら,「え〜・・・独りでするのぉ〜」と気落ちした感じ.驚きなら「えっ!独りでやるの?」となりますし,この題名はどれを選択すれば良いのでしょうか.皆さん,読んだ後に決めてください.

 さて今回は,訳あって,ニコラが独りで電車に乗って,メメの家に行く話です.そういえば,子どもの頃に,独りで電車に乗るとか,何処か遠くへ行くというのは大冒険でしたし,親の心配もひとしお.でも,我が子を千尋の谷に突き落とす覚悟で,ある程度の歳になると,親はやらせたがるんですよね.でも,私など,未だに独りで電車に乗ったり,移動したりするのが苦手で,不安になり緊張してしまうので,そういう教育はどちらかというと反対なのですが.

 今回のイラストもまた,『未刊行集 第2巻』(HIPN., vol.2)のための描き下ろしです.これまでのところでは,(173), (174), (179), (194)でした.だから,線が細い!サッと描かれたように見えて,軽やかでお洒落な感じ.但し,下↓で見るように,イラスト1/4だけは,どうも連載当時のものではないかなぁ,と思うのですが.

 さてさて,ニコラ家はみんな揃ってメメの家に行くことになっていたところ,ドロテ叔母さんから電話がかかってきて,病気だからパパとママンに来て欲しいとのこと.急な予定変更だし,行かないと叔母さんブツブツいうし,叔母さん,一人暮らしだし,友だちはたくさんいるのにいないって思い込んでるし,あんまり子どもが騒いでるの好きじゃないしと,要するにドロテ叔母さん,どうやらかなりわがままで,一癖も二癖もある人のようです.そういえば(115)でも,「一番年寄りで,みんなを叱りつける」気難し屋と紹介されていましたから.そんな人でも,病気のときには,世話をさせようとするのね・・・.

 結局,パパとママンはドロテ叔母さんのところへ行き,ニコラは独り!電車に乗り「メメの駅」まで迎えに来てもらい,パパとママンが車でメメのところへ寄って,3人で帰るという計画を立てます.ニコラを独りで電車に乗せて行かせるなんて・・・とママンは反対.どちらかというと,パパもだいぶ心配しているようですが,こういう時は必ず,パパがニコラはもう「大人なんだから」という理由を持ち出して,ニコラをヨイショして,その気にさせてしまう.いつものことです.

 大人扱いされると,ニコラは俄然スイッチが入って,もう独りで行く気満々.大喜びです.イラスト1/4はそんなニコラが,わーい!!!「独りで!」行くぞー!とはしゃいでいる様子,だと思います.だって,階段の手すりを滑り降りる描写が文にないんですから.きっと,喜びの表現!と受け取っておきましょう.


 どうもこの1/4だけは連載当時のイラストではないかと思えるのですが,いずれにせよ,文にはこの場面は出てきません.まぁ,「いいね,やった!」(p.266)と叫んで,「ランプの置いてある小テーブルの周りを小走りした」くらい喜んでいますから,手すりくらい滑り降りても同じでしょう.この時点でニコラは,何度聞かれても,嬉しい,怖くないの一点張りです.アルセストに電話して,独りで電車に乗るのを自慢しようとしたり,嬉しくって寝付けなかったり.

 ところが!朝起きると,そんな興奮も冷めてしまったようで,いざ出発となり,パパやママンから何度となく同じような注意をされていると,むしろ不安が募ってきたようです.駅に向かう車の中では,注意を聞いても黙って頷くだけで,一言も話しません.電車が出発した瞬間,「僕は,ぜんぜん出発したくなくなった.僕はね,僕はパパとママンと一緒にドロテ叔母さんの家に行きたいんだ.」(p.270)もちろん,時すでに遅し.


パパとママンは僕を何度もぎゅっと抱きしめて,それからママンが色々たくさん注意をしてたけど,僕には聞こえていなかったよ.それからパパがママンの腕を引いて,それからパパとママンは車両から出て行ったよ.それからパパとママンがホームにいるのが見えた.それからそれから,パパもママンもあまり嬉しそうじゃなかった.パパもさ.それでもパパはニンマリしていたよ.それから,電車が動き始めて,そしたら僕さ,僕はすっごく泣きたくなったんだ.(pp.270-271)


 「それから」(et puis)が繰り返し使われて,段々と心細さが募っていく様子がわかります.ママンの注意も上の空で聞こえません.まるで永遠の別離のよう.そういえば,以前にもこんな場面がありました.(43),(44)で,ニコラが独りで臨海学校へ行くときがそうでした.

 ニコラが心配している様子は,イラスト2/4でもよく表れています.



 知らない人たちの間で,目を丸くして固まってしまっているニコラ.どうして良いのかわからない感じです.サンドウィッチを手に持ったおじさんの目つきも怖いし.ニコラには,見知らぬ怖いおじさんに見えるのでしょう.でも,すでに↑で出発の場面を見たように,電車の通路で独りでいる場面もないんです.ですから,いわば心象風景です.

 イラスト3/4は窓の外を眺めるニコラ.


 みんな雑誌や新聞を読んでいて,ニコラはひとりぼっち.


 僕のいる車室には人がたくさんいた.でも,僕はその人たちの方をわざと見ないようにしていた.僕は窓の方へ顔を向けて,雑誌とパンの包みとチョコレートとバナナをギュッと強く握りしめていた.寝過ごしてメメの駅を過ぎちゃうんじゃないかとすっごく怖かったんだ.それにそれに,車室の人は誰も何も言わないし,新聞を読んでいてさ.車室の扉が開いて,車掌さんが切符を拝見と入ってきたときには,すっごく嬉しかったよ.(p.271)


 独りが身にしみている感じです.不安で不安で仕方ない.緊張して雑誌とパンの包みとチョコレートと,バナナまで!ギュッと握りしめています.誰かと話したい,誰かの声が聞きたい,なのに,みんな黙っている.知らない人ばかり.怖くなって当然です.きっと切符拝見で入ってきた車掌さんが天使のように見えたことでしょう.出発前に挨拶したので,唯一知っている人が入ってきたのですから.「それから,ちぇっ,車掌さんは出て行っちゃった.車掌さんがついたら知らせに来てくれるのを忘れたりしないか,怖いなぁ」(p.272).もう,すっかり,え〜,僕「独りで・・・!」いなきゃいけないの〜・・・と寂しさmax状態.ところが!

 イラスト4/4を見てみましょう.



 ケースを通路に置いて,もう降りる支度をしているところでしょう.窓の外を眺める目は,先程の(3/4),不安を表す点のような目では全くありません.どちらかというと,もう着いちゃったよ.直前には,せっかく持たせてもらった食べ物も喉を通らず,チョコレートにもバナナにも手をつけず,雑誌も握りしめていたせいでチョコで汚れた手を拭うのに使ってしまって読んでいなかったのです.どういうこっちゃ?

 ニコラの不安をよそに,大人たちはちゃんと動いてくれていました.車掌さんは知らせに来てくれたし,荷物を持って一緒に出るところまで来てくれたし,メメはちゃんと待っていてくれたし.ね,ニコラ,大人は意外に頼りになるものなんです.それに意外に,あなたのことをちゃんと心配してくれるんです.みんながみんなじゃなくても,いつもいつもじゃなくても.


「私のウサちゃん,かわいい子,愛する子,ひよこちゃん!」と,メメが大声で叫んで僕を抱きしめた.「私もう,心配で心配で.あなたすごいのねぇ.もう独りで電車に乗れるほど大人なのねぇ.でも,怖かったでしょうね.おぉ,可哀想な私のおちびちゃん!」(p.273)


 いかにも心配していた様子が伝わってきます.それにしても,フランス語ではどうしてこんなに,愛しい相手を呼ぶ呼び方がたくさんあるんでしょうね.文字通り訳すと,「私のウサギ,私のキャベツ,私の愛しい人,私のひよこ」.そして最後は「私の可哀想な可愛いぼうや」(« mon pauvre petit bout de sucre »).最後の「可愛い」なんて,そのまま訳したら「砂糖製の」ですよ.甘くて,もろい感じの転用なんでしょうが,ずいぶん大袈裟です.日本語では,私の語彙がないせいか,おちびちゃんくらいしか思いつきません.

 ま,それはそうと,こんなにメメに心配をかけて,自分も心細く不安でならなかったニコラが,こんな熱烈な出迎えを受けたのに,返した言葉はただ一言.


「怖くなんてなかったよ.」(p.273)


 そりゃ,ちょっと,かっこつけすぎじゃないでしょうか.イラスト2/4と3/4の風景を想い出すべきです.まったく・・・そんなに強がって虚勢を張るなんて,変なところはすっかり「大人」なんだから.でも,そんな強がりをちゃんとゴシニは見抜いています.


 それでメメと僕は駅を出た.メメが僕に手を出したからさ,僕はメメを助けてあげて道を渡ったんだよ.(p.273)


 メメが差し出したのは,ニコラが心配だったから,手を取って一緒に道を渡ってあげるためです.でも,ニコラの解釈では逆で,メメが手を出してきたから,握って,道を渡るのを助けてあげたことになります.ここでニコラの虚勢を読み取るのか,それとも車中怖い思いをしただろうと,ニコラの不安を和らげてあげるために,そっと手を差し出したメメの優しさを見るのか,どちらが正解なのでしょうか.いずれにせよ,4/4の目は,ないですよねぇ.

 さてさてさて,最後に題名の「独りで!」に戻ると,物語のどの段階での心中かによって,喜びか不安か自慢か別れるところです.どうなのでしょうか.

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