« Barbe-Rouge », HIPN., vol.2, pp.258-263.
題名の「赤ひげ」と聞くと,同名の黒澤明監督のヒューマン・ドラマを想い浮かべましたが,1950年代〜60年代を生きる子どものニコラがそんなものを見た可能性はない(映画としては1965年公開作品).それに赤ひげと言うと,ですからお医者さんか海賊かの代名詞みたいに考えていましたから,実際どうなのかと思って調べてみたら,ニコラが想い浮かべたのは間違いなく,BD(マンガ)のそれでしょう.
BDの「赤ひげ」はジャン−ミシェル・シャルリエ(1924-89)が脚本を,ヴィクトール・ユビノン(1924-79)が絵を担当して,ゴシニたちの創刊した雑誌『ピロット』(Pilote)の創刊号に発表されたマンガです.1959年のことで,その時の題名は「カリブの悪魔」(Le Démon des Caraïbes)だったそうです*.
その後は直接単行本として刊行され人気を博したようで,原作の二人の死後も,他の作家によって書き継がれています.『プチ・ニ』が掲載されていた同じ雑誌ですから,内輪ネタというか,仲間褒めというか.でも,とにかく人気があったのは確かなので,本話でニコラが海賊ごっこをしたがるのも無理もない.
今回はアルセストとニコラが海賊ごっこをして,いえ,しようとして,喧嘩別れするお話です.〜しようとして・・・というのがいつものパターンです.それにもう一つのパターンとして,ゆっくり休みたいのに休ませてもらえないパパも出てきます.この二つのパターンを組み合わせたお話とオチの回でした.
「大人しくお庭で遊んでちょうだい.」と,ママンが言った.「あんまり騒いじゃダメよ.
パパが疲れてお休みしたいんですって.」
「は〜い.」とアルセストが答えた.「サッカーでもしま〜す.大声なんて出しませんよ,ニコラがズルしなけりゃ.」
「ダメ,だめ,駄目ー!サッカーなんて絶対ダメ!あんたたち,また家の窓ガラスを壊すでしょう.別の遊びにしなさい.静かなやつね.」と言い残して,ママンが行っちゃった.(p.258)
あ〜もう,最初から「パパが疲れてお休みしたい」なんてあるようでは,パパがお休みできなくて,余計に疲れちゃうでしょうって言っているようなものです.かわいそうに.
ともかく,聞き分けの良いアルセストとニコラは,ニコラが「雑誌で読んでる超イカしたお話」である「赤ひげ」ごっこをしようということになります.「雑誌で読んでる超イカしたお話」(une histoire très chouette qu'on lit dans un journal)が,文字通りには,「或る雑誌」に掲載されていて,「今読める」(現在形)なので,『プチ・ニ』のこのお話と同時進行しているお話であることがわかります.宣伝ですな.
「海賊が出てきて,海賊の親方が真っ赤なひげをしてるんだ.それで「赤ひげ」って呼ばれてる.しょっちゅう,敵と戦いをしているんだけどね,といっても彼は平気のへいざ.だっていっつも,赤ひげが勝つに決まってるんだ.それでことあるごとに「えい,おー,よっこらしょと,やるぜものども」とか,「帆をたため!」とかが口癖さ.赤ひげの仲間はみんなちゃんということ聞いて,他の船に近づいては乗っ取るんだ.それが,すっごく面白そうにやるんだよ.敵の方は不満たらたら.でも仕方ないさ.だって悪いやつらなんだからね.」(pp.258-259)
海賊が剣を振り回して,船を乗っ取ったら,敵よりも「赤ひげ」の仲間の方が「悪いやつら」のような気がしますが,とにかく,アルセストも即座に同意して,海賊ごっこが始まります.ニコラは庭の木の周りを船に,木を帆柱に見立て,帆を張り,敵を縛り首にすることにして,船を「黒鷲」(Faucon-Noir)と名付けます.「その雑誌に出てくるみたいに」とありますので,これでレフェランスは疑いようもありません.
アルセストは海賊の仲間が足りないからと,いつもの仲間たちに声をかけようとしますが,多すぎるとみんなが親方になりたがるし,「大きな音を立てずに大人しく」遊べなくちゃっちゃうからと,パパに気をつかって,二人で遊ぶことにします.さすが,ニコラ,よくわかっています.でも,結局は多くなくても・・・.
ところで,アルセストが登場しますから,食べ物ネタは欠かせません.本話の冒頭から,「ジャム付きタルチーヌを2個」ポケットに忍ばせているのがちゃんと書かれています.それで,ニコラの説明に納得したアルセストはジャム付きタルチーヌを二つとも食べ終わってから始めようということになりますが,ここでわざわざ「ジャム付き」と繰り返しているのもミソです.
アルセストはタルチーヌと,ポケットの奥の方に残っていたジャムを食べ終わったから,僕が話し始めた.
「それじゃあ,僕が(・・・以下,省略)」(p.259)
ポケットにジャムが残っていた・・・なんて,いかにもベトベトしていそう・・・.うぇえ・・・.
ニコラは案の定,キャプテン「赤ひげ」は自分でやる前提で話し始めますが,たった二人しかいなくても,「みんながキャプテンになりたがる」のは,やっぱり例外がなくて,アルセストがキャプテンをやりたがります.それでやっぱり収拾がつかず,遊びに至れないってパターンです.
ニコラが「えい,おー,よっこらしょと,やるぜものども!帆をたたむんだー!いいかい?」と呼びかけますが,アルセストは動きません.
でも,アルセストは動こうとしないんだ.両手をポケットに入れてさ,まるでまだジャムが残ってないかと探してるみたいだった.それで僕に聞いてきた.
「なんで,お前が赤ひげするんだい?」
「だってさ,僕が「赤ひげ」じゃないか.海賊のキャプテンのさ.なんでも何もないよ.」
「お前,頭おかしいんじゃないのか?なんでお前が「赤ひげ」なんだよ,俺じゃなくて?」
「お前が「赤ひげ」だって〜?笑わせるなよ.」(p.260)
ここのやりとり,どっちがキャプテンかと,指導者争いをしているようなんですが,しかも,ニコラは間違いなく,そう受け取っているのですが,実はアルセストの発言に注意してください.アルセストは,「なんで,お前が赤ひげをするんだい?」(« Pourquoi tu aurais une barbe rouge ? »)と聞いています.ここではavoirという動詞が使われていて,文字通り訳すと,「なぜ,お前が赤ひげを持つことになるのか」となります.つまり,キャプテン争いには違いないのですが,アルセストとしては「赤ひげを持つ」人が当然「赤ひげ」役,つまりキャプテンを演ずるべきだと主張しているのです.ではなぜそんな主張をするかと言えば,直前までアルセストが「両手をポケットに入れて」,「まるでまだジャムが残ってないかと探している」みたいだったのを想い出してください.そうなんです.恐らくはアルセストが食べていたタルチーヌのジャムは,苺かフランボワーズか,ともかく赤フルーツ系のジャムだったことが予想できます.それがポケットに残っていないかどうか探っていたのですから,顔にジャムを塗りたくって,「赤ひげ」になれる.だから自分がキャプテンという正当な理由があると考えていたようです.ニコラはそこのところを理解していませんから,話
が食い違っているのです.
こうして二人は互いに,「「えい,おー,よっこらしょと,やるぜものども!帆をたたむんだー!」と,叫びながら,「カチャ,カチャ,カチャ」(«Tchaf, tchaf, tchaf ! »)と,剣を合わせて船上で決闘しようとします.これがイラスト1/2です.
ただ,剣を合わせようとしただけで,主導権争いは決着が付いていませんから,実際にはニコラがアルセストの発言を遮り,実際に戦っている様子はありません.でも,まぁ,イラストの吹き出しが,彼らの想像の場面設定なのですから,その下の,実際に剣を戦わせているアルセストとニコラも読者の想像の場面設定というので問題ありません.
二人は大ゲンカになり,そこへパパが登場します.
「すぐにやめなさい,この悪ガキどもめ.こんなんじゃ,大人しく遊んでいることにならんだろうが.ご近所みんなに叫び声が聞こえてるぞ.何がどうしたっていうんだ?」
アルセストが答えた.「ニコラのせいなんだよ.だってやつが赤ひげをしてるっていうんです.やつの方がね.嘘八百じゃん!」
「ほんとにきまってるだろ!僕が赤ひげをしてるんだ!」(p.261)
アルセストは「だってやつが赤ひげをしてるっていうんです」とちゃんとavoir la barbe rougeと言っています.つまり顔を見比べてもらえれば,ニコラには赤髭がなく,アルセストが赤ひげを持っていることがわかるでしょうという主張です.でも激昂したニコラは自分もつられて「赤ひげをしてる」(« c'est moi qui ai la barbe rouge ! »)と言ってしまっていますが,これは「ほんとにきまっているだろ」,つまり「完全に本当のことだ」ではありません.アルセストの言う通り「嘘」のはずです.でも,頭の中はすっかり「赤ひげ」役です.ここのところ,パパのみた景色がイラスト2/2となっています.
ニコラ:「僕が「赤ひげ」だ!すっごく怖くて,ゾッとするような赤ひげだ」
アルセスト:「いいや,俺だ.俺こそ恐怖の「赤ひげ」さまだ!」(p.262)
二人は互いに一歩も引かず,「赤ひげ」争いをしています.門の外では,通りすがりの人たちが目を丸くして覗き込んでいますが,彼らには二人が何を叫んでいるのか,全く理解できないでしょう.でもそれはパパも同じこと.
「お前は目の前にパパがいるからズルしようっていうんだ.そうじゃなきゃ,どっちが赤ひげをしてるか,誰が見てもわかるぜ.」(p.263)
そうなんです,すでに触れたように,「誰が見てもわかる」んです.ジャムがべっとりと付いているのに気づけば,の話ですが.
こうして二人はケンカ別れをしてしまいます.「もうずっとケンカしたままだからな!」と,ニコラもカンカンに怒っています.一人残されたのはパパ.「パパは目を丸くして,木のそばに立ち,ずっと庭に残っていたよ.しばらくして,パパはうちに入り,ママンに頭痛薬をくれって頼んでた.」(id.)
いつものことですが,途中から入ってきて,かつニコラたちの直接的で経緯の省略された訴えで理解できるはずもありません.可哀想なパパ.ゆっくり休みたかったのに,怒鳴り声で邪魔され,まるで状況が理解できず,さらに頭痛薬まで飲むハメになるとは.
「パパは,ここ最近,すっごくおかしいんだよ.」(id.)
これはニコラの感想.読者には頭痛の原因がわかっているのですが,ニコラは相変わらずのKYぶり.その場で観察したことだけが,ニコラにとって真実なのです.と言うわけで,パパは「ここ最近,すっごくおかしい」んです.きっと心配もしているのでしょう.パパ想いですが,どっか変.ズレています.
最後に末尾3行,オチを読んでおきましょう.
次の日僕がアルセストの家に行くと,アルセストが僕に言ったんだ.
「大人ってやつは,理解し難いからな.」(id.)
理解し難いのは,子どもです.いえ,大人から見た子どもたちです.でも,子どもから見たら大人も相当理解し難いんでしょうねぇ.
それにしても,イラスト.特に2/2ですが,文章の方のêtreとavoirをめぐる食い違いを理解して描かれたものでしょうか.どうかなぁ,分かりません.それも当然.だって,大人のすることは理解し難いですから,ね?!
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