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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(19)

更新日:2020年9月22日

« Je quitte la maison », t.I, pp.149-156.


「僕,家を出る」と訳すと,大きくなって一人暮らしを始めて・・・とか,実家を出て遠くで仕事を見つけたとか,いろいろ想像できそうですが,そこはこの語を発するのがニコラと言うことで,要するに「家出」のお話.

 「僕,家を飛び出したんだ!」という冒頭の一文は,フランス語文法で云うところの複合過去形で,「〜した」という出来事,事実を表す表現です.続く「僕は居間で遊んでいた.すっごく大人しくしていたんだけど」の二文目,三文目は半過去形で,過去における持続,継続,習慣の他,或る出来事が生じたとして,発話者がその過去の現場に戻って,その出来事が目の前で起きているかのように観察するのを表す表現です.

 ちょっとブンポーの話になってしまいましたが,冒頭で「〜したんだ!」ドーンと衝撃的な始まりで「えっ?何で?何なに?!どうしたの???」と読者の気を引き,その後はどんなことが起きたのか,まるで読者もその場に立ち合っているかのように,読者を巻き込んだ説明がなされるので,読者の中には「わかる,わかる!」とニコラの「僕」に同調する人もいるかもしれません.でも,怒られた理由は新品のじゅうたんにインクの瓶をひっくり返しただけなんですけどね.それにママンが「僕を叱った」のは確かなのですが,その後,文句をいうでもなく,「さぁ,もう遅くなるから,買い物に行かなくっちゃ」といって出て行ってしまうんです.ですから,子どもの思い込みと過剰反応では・・・?

 でも,ニコラは決心したんです.それで大切なものをみ〜んな「通学カバン」(cartable)に詰め込んで,いそいそと出発します.それで1枚目.


 なんか,険しい顔をして人通りの多い車通りから脇へはいり,独り黙々と歩くニコラ.冬枯れの木立と路上の枯れ葉が侘しさを演出します.あぁ,かわいそうなニコラ.それにしてもサンぺさん,棒竿に風呂敷包みをひっかけた姿なんですが,これも「通学カバン」っていうんですか?ちょっとフランス人に,この絵は見せずに,cartableの絵を書いてみて欲しいところ.

 2枚目では,チョーかっこいースーパーカーを想い浮かべて楽しげなニコラが描かれています.このお話では「自動車」は2回登場します.まず,家出したニコラの妄想では,将来お金持ちになって,「自動車と飛行機」を買って戻ってくることになっているので,2枚目が表しているのは,将来の姿でしょう.運転席のニコラは今のニコラと変わらないようにも見えるのですが,ニコラは成長してはいけませんから,これでいいのです.サザエさんもドラえもんののび太もちびまる子ちゃんも何十年もずっとそのままです.


 「自動車」の二度目の登場は,お話の後半で,大切にしているからこそカバンに詰め込んできたおもちゃの自動車を,おもちゃ屋さんで売ってお金にしようとする場面です.おもちゃ屋さんで,おもちゃを買ってくれというのは,私たちからすると,かなり強引で逆説的な話なのですが,ニコラはしごく真剣で,ニコラなりに筋が通っています.だっておもちゃ屋さんだって,売っているおもちゃをどこかで買ってくるんだから,僕から買ってくれたっていいじゃないか,と.答えに窮したおもちゃ屋のおじさんは,ニコラにおもちゃの自動車をあげて追い出します.あら?売るんではなくて,あげるの?別にニコラはくれではなく,買ってくださいと頼んだだけなんですが.それにここはおもちゃを買うところではなくて売るところなんだという,おじさん,自分の言葉を裏切ってます.ニコラ,もちろんふに落ちません.

 それはともかく,3枚目はお金持ちになって飛行機で戻ってくるニコラの妄想図.スーツ姿に葉巻を加えているだけで,歳をとってお金持ちになってもニコラはニコラです.パパとママンも変わりませんな.自宅の前に自家用機をつけるなんて粋です.道がどれだけ広いんでしょう?


 先ほどより吹き出し部分もより大きく,枠線も太くなっているような気がします.妄想がどんどん膨らんでいるせいでしょうか.

 おもちゃ屋で自動車をもらったニコラは急に嬉しくなり,暗くなってきたからと帰宅することにしました.あれっ?これまでの,怒ったり,アルセストを誘って一緒に行こうとしたり,クロテールに自転車を借りようとしたり,おもちゃ屋さんで一儲けしようとしていたのは何だったの???とまぁ,でも,この単思考でさっぱりしたところが,ニコラの良いところですね.それに,冒頭の怒りと悲しみはすっかり忘れてしまいましたが,家出という設定は生きています.


「明日は家出をするんだ.パパとママンは悲しむだろうし,僕も何年もしなきゃ帰ってこないし,お金持ちになって自動車と飛行機を持つんだから!」(p.157)


 「明日」ね!なんて,そんな開き直ったニコラの言葉で締め括られていますが,実は4枚目こそが,家出しようとしていたニコラの,最後の心情を表しているように思います.「お金持ちになって・・・」とパパ,ママンを見返すことばかり口にしていたニコラですが,その実,辺りはだんだん暗くなるし,お金はないし,歩き疲れたし,心の中ではパパとママンの顔が想い浮かんでいたのでしょうね.言葉にはなっていないけれど,絵が別の,もう一つのお話を描いているということでしょうか.





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