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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(187)

« Les bonbons », HIPN., vol.2, pp.170-175.

 bonbonは「飴」.あの,「甘く匂いがついている砂糖菓子」を想い浮かべれば良いのですが,語源はやはりbon「良い〔もの〕」かなぁと思って調べたら,それはそのようですが,何と17世紀にはすでに存在しているものなのですね.Oudinの辞書が初出とされていますが,それ以前でも,ルイ13世の幼少期の侍医であったジャン・エロアール(1551-1628)の『日記』(1604年の項目のようです)には出てくるそうです*.でも,今みたいな大量生産されていない時期の飴はどんな形をしていて,どんなパッケージで売られていたのでしょう.同じ「甘くい砂糖菓子」とはいえ,「飴」という語で指すものがまるで違ったのでしょうね.そりゃ400年も前なら,当たり前ですが.

*Alain Rey dir., Le Robert Dictionnaire historique de la langue française, t.I, 1998.

 本話が書かれたのは1959年〜1965年の間ですから,それでも今から半世紀以上昔のこと.一口に「飴」と言っても,今とは大分異なるものだったのでしょうね.それに,今,わたしたちが「飴なんて〔どこでも手に入る〕・・・」とか,「飴なんて〔お土産で人に上げたりしない〕・・・」と考えるのとやっぱり違って,貴重な贈り物だったかもしれません.想像してみるしかないですがね.

 今回は,いつもケンカばかりしているパパとブレデュールさんが,飴一箱で仲直りし,飴一箱で再び口をきかなくなるというお話です.たかが飴,されど飴〜ことはなさそうです.

 イラストは2枚あります.2/2に出てくるアルセストの表情が何とも!アルセストとその妄想モードを表す吹き出しの一部のみを切り取って,題字の下に配置してありますが,「飴」(吹き出し部分)を想像するアルセストの嬉しそうな顔と,軽やかな足取りを見ていて,開戦はや一週間の状況とコロナ禍の鬱憤が少し和らぎました.今日はいい日だ.

 冒頭ではいつものように,パパとブレデュールさんの付かず離れずの微〜妙な関係が長々と説明されています.ふざけあったり,ケンカしたり,からかいあったり,口をきかなくなったり.ある日など,パパがふざけてグリーンピースの空き缶をブレデュールさんの家の庭に投げ込んだそうです.envoyer「送る」という単語が使われていますから,投げ入れたのか,蹴飛ばして入れたのか,はたまたオーバーヘッドキックとか,リフティングとか・・・わかりませんが,まあ,とにかく,他人の家にゴミを放り込んだんですから,文句を言われても仕方ありません.案の定,ブレデュールさんに注意されて,投げ返されるのですが,「パパにはそれが気に入らなかった.それで何週間もの間,二人は挨拶もしなかったんだよ.」(p.170)って・・・いったい・・・当たり前でしょ!パパが怒らせるために,わざとやってるようにしか見えません.そこまでしますかね.それはともかく,イラスト1/2です.



 イラストでは,シュートを決めたことになっています.それに文句を言ったブレデュールさんが家の中から見ていたとは書いていません.でも,確かに,ブレデュールさんが庭にいたら,目の前で同じことをしたとは思えませんし.パパの顔は完全に悪ガキの顔になっています.ニコラの顔もにこやかですから,二人は単に遊んでいるだけ(のつもり).でも,見つかったら怒られるのは至極当然です.

 数週間後,ブレデュールさん夫妻が「飴一箱」を持って,お茶を飲みに来ました.


「グリーンピースで不和,飴で平和だな!」 

 これを聞いてママンは大笑いして,「何もそんなものまでいただかなくても」と,ブレデュールさんに言ったんだ.(p.171)


 「グリーンピースで不和,飴で平和」.日本語で読んでも,なぜママンが「大笑い」したのかわからないでしょう.原文は« Après les petits pois de la discorde, voici les bonbons de la concorde »で,discorde「不和」とconcorde「和合」と対になる表現が用いられているからです.なかなか洒落た言い方です.でも,飴を持ってくるべきは,パパのような気がしますが.ところが,この「和合」の飴が再び「不和」をもたらすことになるとは!

 飴をもらって,ニコラ大喜び.朝起きたら1つ食べたがり,学校へ持っていってみんなと分け合おうとしたり,ついには学校でアルセストに飴の話をしてしまいます.もちろんアルセストですから,話にではなく,飴に食いついてきました.


「何層の箱だい?」と,アルセストが聞いてきた.

 それで僕が2層だったよと言ったら,「そりゃあいいねぇ.お昼に学校を出たら,一緒に家まで行くよ」だって.僕らがうちに着いたら,ママンはアルセストを見てびっくりした.

「アルセストは飴の箱を見に寄ったんだ.」と,僕が説明した.(p.172)


 飴を想像し,期待に胸を膨らませながら家路につく,ニコラとアルセスト.これがイラスト2/2です.


 アルセスト,嬉しそうでしょ?飴の箱は2層あるのかどうかわかりませんが,リボンがついて,きちっとした箱に入っていて,綺麗に並んでいるので,ちゃんと贈答用であることがわかります.そう滅多に食べられるものでもなかったのでしょう.背景はカクカクした線でざっくり,やや大雑把に描かれています.建物の前を人が行き交い,遠くの方では車の人と何やら話をしています.そしてそんな街の賑わいは,一心に飴だけを想像している手前の二人とは,まるで別世界に属する情景なのです.

 二人が到着します.朝から,ニコラの飴騒動でうんざりしていたママンはここでもびっくり仰天.即座にアルセストを追い返そうとします.ガッカリして家を出て行こうとするアルセストの後ろ姿は物悲しい.それを見ながらママンは口に手を当てて笑いをこらえています.それで「食欲が無くならないように,お昼の後で食べるのよ.」(p.173)と言いながら,ニコラに一個あげるよう指示します.これでニコラの顔も立ちましたし,アルセスト大喜び.ちなみにニコラがあげたのは「何か上にゴタゴタ緑のものがついた飴」だったそうです.


「俺,金色の包みのやつがいいなぁ.」と,アルセスト.「金のやつは,洋酒入りなんだよ.俺,よく知ってんだ!」

 それを聞いて,僕は選んじゃダメだって言ったんだ.そうしたらアルセストが大きな声で,「お前なんか,友だちじゃない!」だって.(p.173)


 さすがアルセスト.お菓子にまで精通しているのと,人からもらえるというのに妥協も遠慮もなし.それを見ていたママンがいい加減にしなさいと注意すると,「アルセストは,何か上にゴタゴタ緑のものがついた飴を頬張りながら,怒って帰っちゃったよ」(p.174)だそうです.そこ,怒るとこ〜???それでも,食べるんだぁ.

 それはともかく,アルセストが食べたんだから,自分も欲しいとニコラがまたもや飴の催促.ママンとケンカになり,そこへパパが帰ってきて,飴ごときで大騒ぎするには及ばない,早くご飯をと急いでいるようです.それでもニコラは引きません.


「だってアルセストは食べたじゃないか.」僕は叫んだ.アルセストに飴をあげなさいって言ったのはママンじゃないか!」

「あなたの息子さんは,そうとう頑固ね.」と,ママンがパパに言った.「誰かさんの遺伝ね.それはともかく,飴は終わり!食卓につきなさい.」

「ありがたいこった.随分な当て擦りじゃないか.でもとにかく,ちょっと飴の話は一時中断にしてくれないか(・・・).」(pp.174-175)


 パパに似て一度言い出したらきかない・・・.何もこんなところで嫌味を言わなくてもと思いますが,これにパパはカチンときますが,それでも急いでいるのでと理由を説明し,食事にしたいと言います.ところがママンに,これがパパからの反撃と受け取られ,ママンがつい言い返すと,ついに怒り心頭.パパが爆発します.


 パパが叫んだ.「こんなことがいつまでも続くなら,俺はレストランで食事するよ!もう家になんて戻ってこないぞ.レストランでなら,飴のことを聞かなくて済むからな.家の中ではもう,飴は懲り懲りだ.飴の話はしてくれるな.飴は終わりだ.それに,そんな飴,こうしてくれる!」

 そう言って,パパは飴の箱を掴んで,庭に飛び出し,垣根に近づいた.ブレデュールさんは庭にいて,落ち葉を拾っている最中だったから,顔を上げて,パパにニッコリ微笑みかけた.

 そこへパパが大声で言った.「ほらよっ!お前の箱だ,返してやる!」

 パパはブレデュールさんの家の庭に飴の箱を投げつけた.(p.175)


 パパは一段落で5回も「飴」を発音しています.よほど怒っているのでしょう.そしてパパが怒ると,どうやら前後の見境がつかなくなるようです.やっぱりママンの言う通り,「誰かさんの遺伝」で,そうとう聞かん坊のようです.況や,せっかくの高いプレゼントを投げ返すとは・・・.ブレデュールさん,冒頭の「グリーンピースの空き缶」事件と同様,一ミリも悪くない.それに何が何だか,事情がわからないで,キョトンとしていることでしょう.

 それから・・・


 それでもう,家の中は万事元通り.パパと僕はママンに謝って,ママンはよく,仲直りのフライドポテトを作ってくれる.ただね,またもや,パパとブレデュールさんが挨拶しなくなっちゃったんだよ.(p.175)


 どう考えても,今回はパパが悪そうですが.でも原因はニコラ,となるでしょうか.

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