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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(181)

« Mémé », HIPN., vol.2, pp.126-131.

 題名の「メメ」はニコラのママンのママン,つまりニコラの母方のおばあちゃんです.『プチ・ニコラ』では何故かパパのママン,つまり父方の祖母は登場しません.ですからニコラのおばあちゃんは二人いるはずでも,メメといえばママンのママンという設定です.

 メメはこれまでのお話でも何回も登場しています.特に(76)「メメが来た!」では文字通り主役級の存在感を発揮します.「チュー」魔であることも発覚しました.でも,メメといえば,パパとの確執.ママンとメメは大の仲良し.メメとパパの折り合いは悪く,パパはメメを毛嫌いしている.メメはニコラを猫可愛がりで甘やかす.だからなおさら,パパはメメが気に入らない.そのことを口にしようものなら,母親を貶されたママンがパパの兄弟のウジェーヌを持ち出してきて,ケンカが始まる.これが本作全体でのメメをめぐる,おおよその出来事です.本話では,メメとパパは大の仲悪し(?),メメはニコラを甘やかす,この2点が焦点となります.

 それにしても,本話に付された2枚のイラストは2枚とも,『プチ・ニコラ』全話の中でも,際立って優れたイラストだと思います.それは,文を忠実にイラストに実現しているとか,丁寧に描かれているとか,構図が優れているとか,そんな理由ではありません.『プチ・ニコラ』では複数の場面が一つの場面に凝縮されて描かれていることがよくありますが,本作のイラスト2枚はその典型ともいえると考えられます.決して説明的ではなく,決して写実的でもない.あり得ない場面だったり,文と食い違ったりしていても,読者が一瞥するだけで,状況や感情や関係性を把握させてくれるイラストをここでは優れたイラストと考えたいと思います.もちろん,ゴシニの書く文からもユーモアが漂うからこそ,サンペのイラストも状況を彷彿とさせてくれるのです.どちらにしても,どちらかの添え物ではまったくないのです.

 今回は,ニコラの家にメメが来てニコラを甘やかし,お菓子をたくさん与えて病気にしてしまうお話です.そんなメメにパパが苛立つのもいつものことで,文は二人の確執を絶妙に伝えています.これについては後で見ることにします.まずはイラストから.1/2です.

 玄関にメメが登場します.ママンは両手を差し出し,また,一本の足が後ろに跳ねているところから,メメの訪問を歓迎し駆け寄ってきたことがわかります.ニコラの足もママンの足とシンクロしていますから,ニコラも大喜びで駆けつけてきたのです.メメも嬉しそう.ところが画面右側のパパは反対方向へ走り始めています.片足はママンと同様,やはり跳ねているのですが,正反対の方向に向かっています.つまり,メメの来訪をまるで喜んでおらず,メメから逃げているのです.右手には新聞をもち,左側にはパパの平安の象徴となるアイテムの肘掛け椅子がおいてあります.要するに,休みに落ち着いて新聞を読んでいたのに,そんな束の間の平安がメメの訪問で台無しになったということでしょう.新聞と肘掛け椅子はですから,あくまで象徴なのです.そう考えると,肘掛け椅子の不自然な位置も気にならなくなります.パパが休んでいたこと,でもそんな平穏なひとときが掻き乱されたこと,これらを読者に喚起できれば,それでいいのです.

 これだけでも,もうすでにパパとメメの関係性が十分に伝わるのですが,イラスト2/2もほぼ同様の機能を果たしています.


 居間でメメとパパが向き合って座ります.ママンの横のキャスター付きワゴンに数種類の飲み物が置いてあるところを見ると,アペリチフの時間でしょうか.パパは後ろ手にママンから飲み物を受け取っています.しかしその顔つきは険しく,目はメメの方を睨んだまま.対してメメはにこやかに見えますが,後ろ手でニコラにお菓子を渡しているようです.ニコラはメメからお土産でもらった飛行機を手に持っています.お菓子にプレゼントに.つまりメメがニコラを甘やかしている決定的証拠で,パパの鋭い目つきは実はそんなメメを非難しているのです.するとママンは,そんな二人の間の飛び散る目に見えない火花を心配しているのかもしれません.

 さて厳密にいうと,どちらのイラストにも該当する場面は見当たりません.まずイラスト1/2の訪問の箇所です.


メメはその晩やってきた.メメが呼び鈴を鳴らしたので,僕はママンと一緒に玄関まで駆けて行った.メメはスーツケースを手に入ってきた.「私の娘!」とメメは言いながら,ママンを抱きかかえた.「会えて嬉しいわ.」それからメメは僕を腕に抱いて,顔中にキスを浴びせて言った.「もう少年の年頃ね.一人前だわ.私のおべべちゃん!」パパが新聞片手に近づいてきて,メメが頬を突き出すと,パパは素っ気なくチュ.「ご機嫌よう,婿殿」と,メメ.「ご機嫌よう,義母どの」と,パパ.(p.126)


 文には,パパが休んでいた様子も反対方向へ逃げた様子も書かれていません.ただ素っ気なく,「チュ」とビズを交わしただけです.もうそれだけで,パパがメメを歓迎していない様子が伝わってきます.もちろん,パパとしては招かれざる客の訪問を喜ぶはずもなく,かなり険しい顔をしていたはずです.このように文が与える情報とイラストが与える情報は必ずしも一致していないのですが,二人の関係性を伝えるには,どちらも十分な配慮がなされているのです.

 ではイラスト2/2,アペロの場面はどうでしょうか.メメから飛行機をもらったニコラは二人の目の前で遊び始めます.


僕は飛行機で遊び始めたんだ.「ブルンブルン,ヒュー・・・」.僕は飛行機でアクロバット飛行をしながら客間を走っていた.そこへまた新聞を読もうとパパが肘掛け椅子に腰かけ,僕に言った.「ニコラ!おもちゃを片づけなさい.学校の宿題があるだろ!」(...)ママンがお盆に紅茶のカップを乗せて客間に入ってきた.ママンは,メメがパパと二人きりでいるのが嫌なんだ.多分,二人が言い争いをするからだね.

 お茶と一緒に,ママンは薄切りのケーキを持ってきた.パン・デピス(蜂蜜やスパイスの入ったパンケーキ)みたいだったけど,味がぜんぜん違った.美味しかったけどね.僕はママンにもう一枚ちょうだいとお願いした.ママンは「ダメよ,お食事できなくなっちゃうから」と言ったんだ.(・・・)

「もうあと1枚や2枚くらい,おやりなさいよ.お腹壊したりしないんだから.」とメメが言った.パパはメメを睨んで,真っ赤になっていたよ.それでママンは,サッと,僕にケーキを一切れ渡し,お部屋で遊びなさいと言ったんだ.(pp.128-129)


 文では,メメの要望とはいえ,ニコラにケーキを渡したのはママンです.それにママンは「お盆に乗せて」,それも「紅茶」(複数形!)を運んできます.文を基準とするなら,その描写としてのイラストはズレまくっているのです.しかし,ニコラをケーキを渡すよう半ば強制するメメ,そんなメメをキッと睨みつけるパパ.二人の様子をハラハラしながら眺めるママン.この3者の様子と関係性がイラストでは見事に表現されています.ニコラに直接ケーキを渡したのがママンだとしても,後ろ手に,パパとママンにはわからないようにそうっと,ケーキを与えている様子から,ニコラを甘やかしていることが導き出せるのです.その意味では文とイラストは同じ状況,同じ関係性,同じ雰囲気を伝えているのです.それに,『プチ・ニコラ』は初めに文ありきではないのです.初めにイラストありきかもしれないじゃないですか!後者なら,イラストを見ながら文章化したゴシニの勘違いということになるでしょう?

 それにしても,文は文でイラストが一目で把握させる状況を,文章で説明し喚起しなければなりません.これがまた上手いのです.メメが到着した時に,そっけないビズと挨拶で二人の関係性を表していることについては,すでに触れました.その他の例を幾つか見てみましょう.


「メメ,今日は何を持ってきてくれたの?」僕が聞いた.そしたらパパがギロッと睨んでいったんだ.「ニコラ!何だその言い方は!そんな教育,どこでされたんだ?」

それを聞いたメメが言った.「放っておきなさいな.この可哀想なおチビさんは,毎日があんまり面白くないのだから,少しは甘やかしてあげなくっちゃね.」

「ああ,そうですか!そりゃその通りでしょうよ.お義母さんがいらっしゃるたびに,この子は甘やかされてばかりですから.」

 メメはスーツケースを開けて,でっかい箱を取り出した.(p.128)


 ニコラをきちんと躾けようとするパパの努力も,メメの一言で水の泡.おまけにメメによると,ニコラはいつもそんな厳しい躾づくしなので,「可哀想」で「毎日があんまり面白くない」.つまり,暗にパパの教育を否定しているのです.どんだけ,灰色な日を送っているというのでしょうか.これにはパパももちろんむっときます.それで,イヤミで返したのですが,メメはそのイヤミを完全スルー.いきなりプレゼントを出し始めます.パパ,忿懣やる方ないところでしょう.

 ちなみに「放っておきなさいな」(« Laissez-le »)は,「かまうな,そっとしておいてやれ」の意味で,これから何度もメメの口から発せられる言葉です.その度にパパの💢度はアップしてゆくでしょう.

 次に,すでに引用した飛行機で遊ぶ場面です.今度は省略なしで引用します.


そこへまた新聞を読もうとパパが肘掛け椅子に腰かけ,僕に言った.「ニコラ!おもちゃを片づけなさい.学校の宿題があるだろ!」

 「あらあら.少しは楽しませてあげなさないな.こんなおもちゃをもらうなんて滅多にないでしょ.可哀想に.」(p.128)


 「少しは楽しませてあげなさいな」は原文では« Laissez-le s'amuser un peu »で,先ほどの「放っておきなさいな」とほぼ同じ表現です.加えて「こんなおもちゃをもらうなんて・・・」というのは,パパがケチだからおもちゃなんて滅多に買ってもらえないでしょというイヤミになっています.おお「可哀想に」.

 このイヤミに対して,パパも反撃に出ます.今度も省略なしです.


「この可哀想な子が大きくなって,お義母さんのせいで無知無学になってしまったら,それこそどうなるというんですか,お伺いしますがね?」と,パパが聞いた.

メメは答えて,「婿殿のようになるでしょうよ.おそらくね.」

 ママンがお盆に紅茶のカップを乗せて客間に入ってきた.(p.128)


言ういう!パパはメメの使った「可哀想な子」(le pauvre petit)を逆手に取って,自分の躾を正当化しつつ,甘やかすメメを批判したのですが,メメは「無知無学」になってしまうことは認めながら,目の前のあなた=「婿殿」のようにね,と付け加えることで,更なるイヤミで返したわけです.1枚も2枚も上手です.また,すぐ直後にママンが入ってきますが,ここはタイミングを読み取るところでしょう.険悪な二人の間に,ママンがサッと割って入り,会話を中断させたのです.本当に見事な書き方だと思います.

 続いて先ほどのケーキの場面です.省略なしです.


僕はママンにもう一枚ちょうだいとお願いした.ママンは「ダメよ,お食事できなくなっちゃうから」と言ったんだ.それで僕がまた飛行機であそぼうとしたら,メメが言った.

「もうあと1枚や2枚くらい,おやりなさいよ.お腹壊したりしないんだから.」とメメが言った.パパはメメを睨んで,真っ赤になっていたよ.それでママンは,サッと,僕にケーキを一切れ渡し,お部屋で遊びなさいと言ったんだ.(pp.128-129)


 「もうあと1枚や2枚くらい,おやりなさいよ.」原文では,« Laissez-le prendre une ou deux tranches »でまたもや« Laissez-le »です.つまりこの言葉は,メメの甘やかしを象徴する表現として繰り返されているのです.一旦はママンが拒否し,ニコラも特にごねることなくそれを受け入れているのに,メメがまたもやニコラ家の教育を否定します.それでパパは「真っ赤になって」怒っているのですが,ママンはパパの顔色よりもメメを優先し,「サッと」ケーキを与えてしまいます.

 ここでママンが「お食事できなくなっちゃうから」と拒否したのに対し,メメが「お腹壊したりしないんだから」と言っているのは不吉です.『プチ・ニ』ではしばしば,大人の何の気もない発言がそのまま実現してオチにつながるからです.それについてはもう少し先でみましょう.

 「お部屋で遊びなさい」というママンの言葉に対して,メメは反論します.


「私には孫がたった一人で,滅多に会えないというのに,着いたそうそう,部屋へ追いやってしまうなんて,理解に苦しむわ.」

「でもねぇ,ママン・・・」とママンが言いかけた.

「放っておけ.お義母さんはわかってて仰ってるんだ.」

「あなたったら,お約束してくださったわよね?・・・」と,ママンがパパに言った.(p.129)


 ニコラを遠ざけたことが不満なメメは分かりやす〜い,愚痴のようなイヤミを口にします.パパの躾も自分の言い分も否定されたママンは,さすがに「でもねぇ,ママン・・・」と反論しようとしますが,怒り心頭に達しているパパは,もう我慢ならぬとばかりに,わざと教育を否定しているのだと言うわけです.そこでママンは同調するでもなく,「お約束」を持ち出すのですが,恐らくはメメが来る前に,今日こそはメメと言い争いをしないという約束をさせたものと予想できます.あるいは,子どもの前では言い方に気をつけると言うような約束かもしれません.

 このやりとりを聞いたメメは嘘泣きモードに入ります.


「いいの,何でもないわ.私なんてただの可哀想なおばあちゃんで,誰も私のことなんて愛してくれないの.わかったわ.私,うちに帰りますわ.それでもう2度とお目にかかりませんから!」

 ママンとメメが泣き出し,パパは部屋に入ってしまい,僕はケーキをもう一切れ食べた.

メメとママンはすぐに泣くのを止めた.(p.130)


 メメがひがみ,ママンが同調することで共闘し,負けたパパはそのまま追い返すわけにもゆかず,やれやれと部屋に引き下がり,ニコラはちゃっかりもう一切れ食べてしまいます.複合過去という時制の文を並べ,出来事を淡々と語っているだけなのですが,その淡々とした記述の合間に,メメとママンの戦略と,パパの諦めモードと,ニコラのちゃっかり感が滲み出ていて感心します.それに「すぐに」という一語があるだけで,二人の号泣が戦略であったことがわかるのです.上手い!

 この後,メメはニコラに求められるがまま,「飴」だ,「チョコレートのついた飴」だ,「キャラメルのついた飴」だと,雨霰のように食べさせます.「メメがもっと家に来ないのは残念だ」(p.130)は,ニコラの当然の感想.

 しかし,いよいよ甘やかしていたツケが回ってきます.夕食の準備ができた頃には,ニコラの「口の中は甘いものばかりで,ほんのちょっとお腹が痛くなっていた」のです.食欲のないニコラは食事をするでもなく,お皿についたマヨネーズでお絵描きをして遊んでいます.メメが食べるよう促すのですが,ダメなようです.


「無理に食べさせないでください.医者が口を揃えていうには・・・」と,パパが言った.

「医者,医者って.医者に何がわかってるもんですか.私なんて3人も子どもを育てたのに,お医者の厄介になったことなんてないんだよ」と,メメが大声を出した.

「お義母さんには,〔子どもを甘やかすような〕お義母さんがおそらくいなかったんでしょうよ」と,パパが言った.

「はい,鶏ができたわ」と,ママンが言った.「ニコラ,急ぎなさい.あなた待ちなのよ!」

「それに,よく噛んで食べるのよ」と,メメが付け加えた.(p.131)


 寄ると触ると,という表現がぴったりな二人です.ああ言えばこう言う的な.また,ママンの介入も絶妙なタイミングです.パパはメメが甘いものをたくさん与えて,文字通り,「甘」やかしたことを当て擦っているのですが,メメは理解しているんだかしていないんだか.でも,この後,ニコラはかなりお腹の具合が悪くなってしまいます.いつぞや,同じようなことがあったそうで,その時「お医者さん」に「消化不良」と言われたらしく,今回も医者を呼ぶつもりはないようです.

 もうお分かりですよね?先ほどのメメの予言(「お腹壊したりしないんだから」)が見事に現実のものとなってしまい,お腹を壊したのです.もちろん,メメが甘いものを際限なく与えていたのが原因です.


メメが僕の食事に注意しなきゃと,あと何日か泊まらせてもらうわと言うと,パパはあんまり喜んでいるようには見えなかったな.

「この可哀想な子に,あなた方がどんな食事をさせるのか,すごく心配なのよね.」だって.(p.131)


 自分のことは棚にあげて・・・パパが不快な顔をしているのは,メメが何日か居座るからでしょうか,それとも,自分の過ちを認めないどころか,パパたちの食事の批判をしているからでしょうか.いずれにせよ,調子のいい人です,このメメは.パパはそれでも,強くは言い返せないんでしょうねえ.


 それはともかく,お腹が痛いとウンウン唸っているはずのニコラですが,それなのにセリフの一つも聞き逃しません.随分と注意深く観察しているもんだなぁ.

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