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『プチ・ニコラ』(180)

  • 執筆者の写真: Yasushi Noro
    Yasushi Noro
  • 2022年2月17日
  • 読了時間: 7分

« On a eu du cinéma », HIPN., vol.2, pp.120-125.

cinémaは日本語でも「シネマ」という訳語は結構定着している感があるし,「映画」とか「映画館」の意味で教科書でもかなり初期に習います.一歩進んで,フランスでよく人の悪口(?)で,Il fait du cinéma.(「芝居がかった態度を見せる,気取る」)なんて表現を聞きました.「まったく,・・・映画みたいにあり得ないようなことしちゃって・・・」みたいに呆れた感じでしょうか.もちろん文字通り,「映画を制作する,映画に出演する」の意味もあるのですが.しかし本話の題名にある,avoir du cinémaという用法もあるんですね.知りませんでした.これ,どう受け取るのが正解なのでしょうか.「映画を観る」(voir le film)?「映画を上映する」?それとも,「映画みたいに芝居がかったことをしてみせる」?翻訳したりするなら「映画の上映会」とか,きっと当たり障りのない訳で逃げてしまうところでしょう.

 それはともかく,本話は「空間幾何学」の先生であるブフィドン先生(やっぱり変な名前!)が,ヴァカンスの時に撮影したフィルムを全校生徒で鑑賞しましょうというお話です.予想通り,ほとんど上映できずに終わるのですが.

 ブフィドン先生は初登場で,これ以降も常連さんにはなれなかったようです.それにしても似ている.名前が.あの人と.


M. Bouffidon

M. le Bouillon


 言わずとしれた,生徒監のデュボンさんこと,ブイヨンさんです.ブイヨンさんは生徒を叱ることが多いので,熱しやすいキャラ.そこで,bouillonという名前からは,「ブイヨンスープ,肉汁,出し汁」や,bouillir「沸騰する,煮たつ,苛立つ,かっとなる」が想い浮かびますが,bouffidonだとどうでしょう.bouffon「戯けた,滑稽な,道化者,笑い者」,bouffe「食べ物,料理」,bouffer「〜を食べる,食う」,bouffi「むくんだ,腫れた」, don「与えること,寄贈,寄付,天賦の才(天から与えられたもの)」が付くので,「天から降って沸いた食べ物」とか.なんて,たわいもない連想をしてぼおっとしていましたが,ともかくも,ブイヨンさんと綴字がよく似ているのは確かです.

 ブフィドン先生は上級生の先生で,休暇中に遠くまで旅行をしてきました.「個人的な経験の数々を教育に結びつけようと常に配慮されているブフィドン先生は映画を撮影してきた」(p.120)そうです.学生の教材とするために,校長先生は全校生徒を講堂に集め,上映会を催すことにしました.フィルムの内容はというと,「私は大型客船に乗り,マルセイユから旅立った.行先はイタリア,ギリシャ・・・」(p.123)と,ここまでしか解説がありません.1950年代,映画が大衆の主要な娯楽の一つで,今と異なり飛行機での旅行も少なく,大型客船に乗る経験もまぁ珍しいと言えなくもない.経験を知識習得に活用したいという配慮も理解できる.でも・・・,何のことはない,旅行自慢のような気もするのですが.

 上映会がスムーズに進まないのは十分予想のできるところですが,それは何も,ニコラやいたずら好きな上級生のせいばかりとはいえません.ブフィドン先生は映写機をレンタルしてきたようですが,この扱いがわからない.あまりに困っているので,横からジョフロワが「僕のパパは同じような機械を持ってて家にあるから,もっといいやつだけどね,よろしければお手伝いしますよ」(p.121)と,自慢げでイヤミとはいえ,親切にも?名乗り出るのですが,まずは担任の先生に叱られてしまいます.

 ブイヨンさんが電気を消して,上映できたと思いきや,上下逆さまでした.これがイラスト1/2です.


ブイヨンさんが電気を消した.するとスクリーン上には船が逆さまに映って,人がたくさん,頭を下にして歩いていたんだ.(p.121)


 そこで一同大笑い.ブフィドン先生はブイヨンさんにあかりをつけるようお願いして,映像を止めます.ここでまたもやジョフロワが助けを申し出ますが,校長先生に端に立ってなさいと,罰を受けます.でも,ブフィドン先生がジョフロワを呼び寄せ,教えを乞います.「弱ったなという具合に頭を掻いて」.

 超得意げなジョフロワが席に戻ろうとすると,クロテールに乗っ取られていて,一悶着.二人とも,校長先生から別々に両端に立ってなさいと,罰を喰らいます.それなのに,またもやブフィドン先生の計らいで,ジョフロワが呼び出されます.ブイヨンさんが消灯.今度はちゃんと船が見えました.それで「私は大型客船に乗り,マルセイユから・・・」と始めると,今度は上級生の一人がスクリーン上に,ふざけて影絵を作ります.「影絵〔芝居〕」ってombres chinoises(「中国風の影」)というんですね.知りませんでした.これがイラスト2/2です.



  スクリーン上には大型客船とたくさんの人,そして巨大な馬の顔が見えます.まるで船が怪獣に襲われているかのよう.今度は誰もスクリーンの方を見ていません.影絵を作った上級生の方を向いているのでしょう.

 ブイヨンさんが再度点灯.電気がついたところで,アニャンが告げ口し,ケンカのち,クロテール号泣.ブイヨンさんに再度指示があり消灯.それなのに,ブフィドン先生がまたもや操作できなくて点灯.アルセストが幕間にアイスクリームが買えないと不平を漏らす.再度消灯.読者は頭の中で,パチッ・・・パチッ・・・という音がして,電気をつけたり消したりに合わせて,明るくなったり暗くなったりする様子が思い描けるでしょう.

 ようやっとブフィドン先生が説明を再開しますが,今度は船の映像がスクリーンからはみ出てしまいました.


「金返せ!」と,上級生が野太い声で叫んだ.

「電気をつけろ」と,校長先生.(p.124)


 ブイヨンさんが電気をつけて,ブフィドン先生は上映をストップしてしまいます.そこで校長先生は「次に誰かヤジでも飛ばそうものなら,全員退学だ!」(p.125)と強行策に出ます.これで「静まり返った.だって,もうふざけちゃダメだって分かったからね」.

 それでこれを最後に,ブイヨンさんに消灯の指示があります.校長先生もよほど疲れていたと見えて,生徒間で使われるあだ名の方で言おうとしてしまいました.


校長先生が言った.「よろしい.ブフィドン先生,用意はいいかね?電気を消してください.消して!ブイヨ・・・じゃなかった.デュボンさ〜ん.」(p.125)


 しかし結局,映写機がいうことをきかず.仕方ないので点灯の指示.それも虚しく,「ヒューズが飛んだ」(id.)そうで,暗いまま.そりゃ,あれだけつけたり消したり繰り返していれば,さもあらん.


それで上映会が終わりになった.でもブフィドン先生はイカしてた.だって夏にもう一度上映会をしましょうって約束してくれたんだ.

「もう一度君らに上映する頃には,暑くなってるだろうね!」だって.(p.125)


 このオチが分かりにくくて,翻訳も難しい.原文は« Quand je vous repasserai ce film, il nous a dit, il fera chaud ! »です.次の上映会が「夏」だから,「暑くなっている」のは当たり前なんですが,それじゃ訳もストレートで,何が面白いのか分からない.問題は幾つかあって,まずrepasser は「やり直す,再度上映する」なのですが,「アイロンをかける」という意味もあるのです.ですから,「この映像にアイロンをかけたら,熱くなるだろう」ってダジャレになってそうなんです.さらに,ヒューズが飛んで電気が入らなくなったから,機械も動かない.つまり,機械が熱くならない.それで,再上映するときには熱くなるはずだよって言っているともとれます.これがまず二つの仄めかしです.

 次にil fait chaudは初級文法で非人称構文といえばこれ!というほど年中使いまわされている表現で「〔今日は〕暑い」ですから,その単純未来形で「暑く(熱く)なるだろう」となり,これが↑で採用した翻訳です.でも,例えば『Le Dico 現代フランス語辞典』(白水社)にはil fait chaud.の見出し例文で「暑い」という意味しか出ていませんが,『プログレッシブ仏和辞典』(小学館)には,Il fera chaud le jour où...という見出し例文があって,「・・・はずいぶん先のことだ」という訳があります.おや?っと思って『Royal ロワイヤル仏和中辞典』(旺文社)を見ると,Il fait chaud.に見出し例文で①暑い,②激烈である,③Il fera chaud quand...; Il fera plus chaud qu'aujourd'hui quand...するにはまだ間がある,先のことだ,とあるのです.ですから,ブフィドン先生の言葉の語順を少し変えて,il fera chaud quand je vous repasserai ce film.とすると,「再上映するのは,まだ先のことだ」と,シャレた言い回しになっているのです.

 日本語でこんなに説明を尽くしても,翻訳だったら,どれか一つを選ばなければならず,何が面白いのか,どうして「イカしてた」のか伝わらないですよね?

 もう一つ「イカしてた」はニコラのよく使う褒め言葉でchouetteです.この文章ではもう一度上映会をしましょうって約束してくれたことに対してchouette「やったー!」と言っていると理解するのが普通で,文の構造上はそうとしかとれませんが,本当にそうなのでしょうか.ニコラは次に来るブフィドン先生のシャレに,あるいは洒落たシャレを言ったブフィドン先生を褒めているのではないでしょうか.

 伝えたいのに一つの訳文では伝えきれない.それに意味が一つに定まらない.そんなモヤモヤを抱えたまま,本話は閉じざるを得ません.今は冬ですから暑くなったら,また本話もやり直してみたいと思います.(Quand je vous repasserai ce récit, il fera chaud !)

 
 
 

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