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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(178)

« Les brioches », HIPN., vol.2, pp.106-111.

 「ブリオッシュ」はパンのようなお菓子です.パンのようなというのは,日本では甘くても,チョコレートやカスタードやアンコが入っていても「パン」あるいは「菓子パン」と呼んで,パン扱いしますが,フランスでパンは小麦粉と水と塩でできた甘くないもの.甘いお菓子はviennoiserie(「ウィーン風のもの」)に分類されます.例えばブリオッシュやクロワッサン,パン・オ・ショコラなどがそれ(でもパン・オ・ショコラは「パン」って言うじゃんとツッコミたくなりますが).ブリオッシュは卵,バター,砂糖を加えているので,パンより甘いし,貧困な語彙と想像力を全力駆使して強いていうとカステラとパンのあいのこのような.ま,ともかくお菓子です.

 前話同様,本話にも挿入されたイラストは1枚だけですが,何か口にしながら森を歩くパパの姿だけ切り取って題名の横につけられているので,てっきり,食べているのはブリオッシュかと早合点してしまいました.まずはその題名と抜粋を見ておきましょう.


 ね?ブリオッシュだと思うでしょ?普通.petit painとか,chouquetteとか呼ばれる菓子パン類は買うと小さな紙袋に入れてくれるから,パパが左手に持っているのはそれかと勘違いしても仕方ない.と,自己正当化か負け惜しみ.ところがこれは,冬のフランスの風物詩の一つの焼き栗でした.それはまた後で.



 森か公園の中をパパが太った人と談笑しながら歩いています.前方には走っているニコラの姿が見えます.木々の合間を縫うように走っている人,深呼吸する人がいますが,二人はわき目もふらず,同じ物を口にしながら,楽しそうにお話ししています.そこかしこに椅子が置いてあります.フランスでは公園に椅子が置いてあって,みんな自由に移動させて休んだり,話をしたりします.そういえば,私の通勤路にあるキリスト教系の学校の庭には,こんな風にパイプ椅子が散らばっていて,とてもいい雰囲気だなぁといつも羨ましく思いながらチラ見しています.備え付けで動かせないベンチや椅子ではなくて,一緒にいる人の数に合わせて,それにどんな形にも自由に並べられるこの椅子文化が私は好きです.とってもいいっす(・・・).

 お話に戻りましょう.今回はパパとお隣のブレデュールさんが肥満改善と称して,仲良くスポーツをしに行くお話です.パパとブレデュールさんといえば,いつも言い争いばかりしていて,いかにも仲が悪そうですが,全然そんなことありません.特に今回は,いつものように焚きつけあって,相変わらず口汚く罵り合いをしながらも,息のピッタリ合ったところを見せてくれます.

 土曜の夜,夕食後にお隣のブレデュール夫妻がお茶を飲みに来ていました.意外や意外,でも仲良くしているんですねぇ.


「おい」と,ブレデュールさんがパパに言った.「俺たち,ブリオッシュのような丸腹になってきたと思わんか?」

「俺たちだと?そりゃお前さんのことじゃないか.このデブが!」

「ブリオッシュのようなって何?」と,僕が聞いた.

「ブリオッシュってのはな,そんなのを言うんだよ」と,パパのお腹を指さしながら,ブレデュールさんが言った.

「ああ,そうだな.それじゃ,お前のはさしずめ巨大なホタテ貝ってところだろうさ」と,ブレデュールさんのお腹を指してパパが言った.(p.106)


 「ブリオッシュのような丸腹になる」(prendre de la brioche)は「太鼓腹になる,腹が出てくる」と言う意味の成句です.文字通りには「ブリオッシュを食べる」という表現ですが,ニコラには成句表現(慣用表現)が理解できなかったのす.

 パパとブレデュールさんは子どものケンカのように,互いに相手の悪口を続けますが(「おいおい,俺の100メートルのタイム知ってるか?」「ま,追い風で大体10分ほどってところかな」とか.ガキか!),競争心から二人で日曜の朝に走りに行くことになります.仲良いなぁ.ついでにニコラも「ブリオッシュをたっくさんお腹につけないように」(« pour ne pas avoir des brioches »)一緒について行きます.これは間違いで,先程のような成句ではありません.意気投合した二人は,「健康な生活をするなら,早いに越したことはないからな」(p.107)と声を揃えて言い,「太い葉巻に火をつけ,ママンは二人に食後種を注ぎ」ます.早いに越したことないはずでは・・・.

 それはともかく,翌朝,早く起きれたのはニコラだけ.ニコラが朝食を食べていると,「パジャマ姿で,髪はボサボサ,髭ボーボー」のパパがようやく降りてきます.それでママンに「それでもカフェ・オ・レとクロワッサン一口くらい」は食べておくかなと言いつつ,結局いつもの朝と同じで「タルチーヌを二個」食べてから出発することになります.この間ニコラに「急いで用意しなさい.俺の準備ができたら,お前を待ったりしないからな.」(p.108)ですと.何とも身勝手な.それに「何も飲まず食わずに」(à jeun)出発するって,約束してたじゃないかと,突っ込みたくなります.それはともかく,二人がブレデュールさんのところに行くと,ブレデュールさん<も>まだ食事中でした.食べないってどうなったんだ?!二人とも・・・似てる・・・.

 似ているのは行動だけではありません.パパは「分厚いセーターに,部屋着の灰色のズボン」,ブレデュールさんは「ウールで青色のとてつもなく分厚い服」を羽織っています.二人ともスポーツする気ゼロでしょう.

 車で行くことにして,ブレデュールさんが車を出すので,パパがガレージを開けると,まずは車の話.調子がいいとか,悪いとか,燃料ポンプが原因だとか何だとか.なかなか出発しないもので,ブレデュールさんの奥さんがやってきて,「まだ出発していないの?」とびっくりした様子です.

 車に乗れば,寒いから窓を閉めろとか,この車の暖房はよく効くなぁとか.それでとにかく「すっごくゆくりゆっくりと森へ向かい」(p.109)ます.それなのに,パパは「ベッドの中でいつまでもうだうだしてるんじゃなくて,朝こんな風にして出かけて,新鮮な空気を吸うのはいいなぁ.」(id.)だそうです.ブレデュールさんも「ほんとにそうだ!」と同意してますが,まだ吸ってないって.気が合うな,この二人.

 車を止めるのもぐずぐずしていたかと思ったら,焼き栗売りの後ろに駐車して,即購入.


ブレデュールさんが,「焼き栗をご馳走しようじゃないか!」と言うと,パパが,「いやいや,バカも休み休み言え.俺が奢るよ.」と返した.二人は言い争いをしながら笑っていたよ.それから僕らはアツアツの栗の入ったでっかい袋をそれぞれ一つずつ抱えて,森へ歩いて行った.(p.109)


 いつものケンカモードはどこへやら.超仲の良い友だちじゃないですか.これが↑のイラストです.

 少し歩くと,「軽食」の看板がありました.そこで「5分早めのアペリチフ」と洒落込んで,中で自動車談義.出てきた二人は「もう遅いから,帰るぞ!」(p.111)だそうです.帰ってからママンに「随分とお遅いじゃありませんか.初めてにしては,ちょっと調子に乗りすぎじゃないかしら!」と叱られますが,上機嫌のパパは,何と!ブレデュールさんを庇います.


「いやはや,ブレデュールの言う通りだよ.ブリオッシュ化とボケの防止には,そのまま放置ってわけにはいかないからな.そりゃちょっとは疲れるよ.だけどね.だいぶ体にはいいね.毎週日曜日には,我慢してでもやるようにしなきゃな.(p.111)


 何か「体には」よかったのでしょうかね.あれでブリオッシュ化とボケ防止になるなら,みんなやるっしょ?

 でも未だ日曜日の午前中.ママンの「遅い」という非難はお昼を待ち侘びたと言う意味です.


 それから僕らはお昼にした.鶏肉にじゃがいもがたくさんついていて,すっごくおいしかったよ.食べたらパパはお昼寝しに行ったんだ.おやつの時間までね.(id.)


 朝から休みなく食べっぱなし呑みっぱなし.題名がprendre de la briocheを連想させる,la briocheではなく,ずばり「ブリオッシュ」(普通名詞)を表すles briochesだったのは,やっぱりパパとブレデュールさんの食生活を想像させるためじゃないですかね?それにしても,こんなに意気投合した,阿吽の呼吸の二人は見たこと(読んだこと)がない.喧嘩するほど仲が良いなんて陳腐な物言いではありますが,なんでもかんでも思ったことを言葉にしストレートに投げつけるなんて,そんな風に言っても完全に切れてしまうことがないという安心感のなせる技かもしれません.クラスではすぐにケンカをして,いつも「あ〜楽しかった」(on s'est bien amusés)と言うニコラと同じで,パパとブレデュールさんは似た者同士で,大切な友だちなんでしょう.


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