« Nicolas et Blédurt », HIPN., vol.2, pp.95-99.
「パパとブレデュール」であれば『プチ・ニ』の愛読者なら頷きます.ああ,いつもの二人の小競り合いね,と.ところが本話の題名は「ニコラとブレデュール」.パパとケンカばかりしている隣人のブレデュールさんは,ニコラにはいつも優しいので,何も騒動が起きそうな感じもしないのですが,そこはやはりニコラのこと.KYぶりを発揮して,大人の男性がやり込められてしまうというパターンでしょう.
ある日,ニコラのパパとママンは家を留守にしなくてはならず,たった2時間だけですがニコラが心配で,それで<仕方なく>お隣のブレデュールさんに預けることにしました.というわけで,その,たった2時間の間にブレデュールさんが被った不幸の数々が今回のお話です.もちろん,ニコラはいたって普通に,つまりいつも通りKYのまま,いい子にしていただけなんですが.
さて,パパがニコラをブレデュールさんに預ける話といえば,マンガ版(BD版)『プチ・ニコラ』にもありました(p.14)*.
*本ブログでもたびたび触れていますが,マンガ版については,以下の論考で紹介しています.https://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/00051038
但しマンガ版では,パパとママンのお客さんがいる間,ブレデュールさんの家に預けられていたニコラが,お客の帰る時間にパパへのプレゼントである葉巻を手に,「ただいま〜.カードゲームで一杯おごってもらっちゃったー」と帰ってきたので,お客さんがニコラ家のしつけに呆れてしまうというお話でした.しつけを厳しくしていると自慢していたパパとママンは,そんな風に誤解されてうろたえる.そんな話でした.
それに対して,本話はブレデュールさんがえらい目にあって,パパがよくやったとばかりにニコラにご褒美をあげるという展開なので,真逆と言えなくもない.いずれにせよ,ニコラの影に問題ありというのは変わりませんが.
文章に入りましょう.パパがブレデュールさんのところに,ニコラを預かってくれと頼みに行くと,いつも通り「親切な」ブレデュールさんは快諾してくれるのですが,とはいえ,依頼してきたのがパパですから,ただ引き受けるのはできないのですね.何か言ってやらないと,とばかりに,「それじゃいい機会だから,俺様がほんのちょっとニコラの教育をしてやるかな」というと,パパはもちろんカチンときて,「俺はお前より育ちがいいんだ.ニコラに説教してくれなんて頼んでない.お守りをしてくれって言ってんだ!」とすでにケンカ腰で返答します.対してブレデュールさんは,「ニコラじゃなくて,あんたにも一つ,お説教をしてやらないといかんようだな」.「お〜,怖っ!」(« La frousse »)と,パパ.それから二人で小突き合い.まったく,大人げゼロ.ニコラによれば「お互い,楽しむ」ためだったようですが,どうなんだか.
出発間際に,パパはニコラに,「ブレデュールさんといい子にしているんだぞ.ブレデュールさんに育ちの良いとこ,見せてやるんだ.」(p.95)と,助言を残します.「育ちの良いとこ」は,原文では主語と動詞を備えた文章になっていて,文字通り訳せば「お前がよく育てられていること」(« que tu es bien élevé »)となります.いつも通り,この言葉が呪文となって,誰かに災難が降りかかるのです.今回はブレデュールさんの上に.
ブレデュールさんはまず,庭でサッカーをしようと提案します.ブレデュールさんはニコラが何か壊すんじゃないかと警戒して,ゴールキーパーをさせようとします.ニコラは自称「センターフォワード」向きなのですが.でも,ニコラは黙ってブレデュールさんの言う通りにします.「だってパパが育ちが良いようにしなさいって言っていたから,口答えもしないで,木と木の間に立ったんだ.」(p.96)
こういう時に失敗するのはまず大人のほう.ブレデュールさんがシュートを打つと見事窓ガラスを割ってしまいました.「ボールが木に当たったから助かったよ.だって僕じゃ,絶対に止められなかったもん.」(id.)というわけで,ニコラは触れもしていません.100%,ブレデュールさんのせいです.ところがブレデュールさんは「俺の奥さんにボールを蹴ったのがお前だって言ってくれたら,キャラメル一箱やるぞ.」と買収にかかります.ところが,ニコラはキャラメルに釣られず,「育ちが悪いと嘘つくんだよ」(p.97)と,お説教ならぬ,単なる指摘.庇うとか融通を効かせるじゃなくて,育ちの良いところを見せなきゃいけないと心底確信しているのです.ブレデュールさんは「大きくため息を一つ」つき,奥さんに釈明します.
奥さんに叱られてぐうの音も出ないブレデュールさん・・・.
今度は家の中.ボード・ゲームなら大丈夫とばかりに,「ご婦人用ゲーム」を教えてやろうと言い出します.「ご婦人用ゲーム」(「婦人ゲームをする」(jouer aux dames))は(122)に出てきたjeu de dameと,恐らくは同じものでしょう.チェッカーと呼ばれる,ちょっとオセロのようなゲームです.ところが,「教えてやろう」と上から目線のブレデュールさんに対して,(122)で出てきたように,ニコラは本当は大得意なのです.ですから,「ブレデュールさんは僕に教えてくれたけど,パパが育ちが良いようにしなさいって言ったから,僕知ってるよって言わなかったんだ.」(pp.97-97)つまり,ニコラとしては相手に恥をかかせないように,慎ましく謙虚に振る舞ったわけです.でも結果はニコラの四連勝.ブレデュールさん,相手になりません.イラスト2/3です.
ま,確かに,顔を立ててあげてもよかったのでしょうが.そこはニコラ.やはりKYですから.
仕方ない,ブレデュールさんは次はかくれんぼを提案します.ブレデュールさんは「毅然と」隠れる方を選びます.普通なら自分が鬼の役をやり,子どもにみつけさせてやるものでは?と思うのですが.況や自分の家の中ですし,子どもに見つかるわけないと踏んでいるのでしょう.まったく,大人げない.それでニコラが目隠しして100まで数え始めます.ところが結果は,3/3↓.
地下倉庫(カーブ)で足を踏み外したのでしょう.70まで数えたところでニコラは「大きな物音」を聞いたのですが,とりあえずちゃんと100まで数えてから,音のした方へ言ってみました.そこで「い,いたっ!痛てぇ」と唸る声が聞こえます.ところが「僕は何も言わず,家の中で他の場所を探しに行ったんだ.」(p.99)
もちろん,ブレデュールさんでなくても,ここでニコラに「何故〔助けないの〕?」と聞きたくなりますが,ニコラ曰く,「ブレデュールさんがいる場所をわざと僕に知らせようとして叫んでいると思ったんだ.それにパパが育ちが良いようにしなさいって言われていたから,ブレデュールさんが気を悪くしないように,あんまり早く見つけない方がいいかと思った」(p.99)そうです.すっかり気遣いの人です.但し,状況次第で判断するとか,匙加減というのと無縁なニコラでした.
この融通の効かないニコラの態度を責めることもできず,ブレデュールさんは迎えにきたパパに,それでも不満をぶちまけます.
「お前が息子を古臭く頭でっかちに教育したせいで,俺は犠牲になったよ.」(p.99)
「古臭く頭でっかちに教育」は文字通りには「厳格で旧弊な教育」(éducation rigide et rétrograde)で,非常に厳しくしっかりとした(rigide),かつてなされていたけど,今の風習にはそぐわない,反動的な(rétrograde)教育を意味します.ちょっとの嘘もつかないし,勝負に手加減はしないし,目上の人に気を遣う.ニコラは,そんな風に「きちんと育てられた」(tu es bien élevé)のです.しかしこれを言い換えると,ずばり融通が効かない,そして場を読めない子に育っているようです.
家に帰って,僕はパパにブレデュールさんの言ったことを説明してってお願いした.そしたらパパは,「気にしなくていいんだよ.ブレデュールさんは面白い人だからねぇ」と言って,僕をぎゅっと抱きしめ,たっくさんのキャラメルを買ってくれたんだ.(p.99)
パパの嬉しそうな顔が目に浮かびます.何せ,ブレデュールさんの鼻を明かし,ちゃんとした「教育」を認めさせたばかりか,怪我までさせたんですから.完全勝利です.でかしたぞ!ニコラと,ホクホクしていたことでしょう.でも,人としてどうか・・・.仮にも留守中に子どもを預かってくれたわけですし.何やら,親切を仇で返しているような.
でも,そんな,はたでみているとドキッとするようなややどぎついやりとりや,怒鳴り合い,信頼,仕返し,報復の往還を含めて,やっぱり隣人という名の友だちなのでしょう.羨ましい,かな.
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