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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(175)

« J'aide drôlement », HIPN., vol.2, pp.86-91.

形容詞drôleには「こっけいな,おもしろい」のほか,「奇妙な,変な」という意味があります.その副詞形drôlementは,ですから「奇妙に,異様に」と,おかしいほど「すごい,ひどく」という意味となります.ニコラの口癖の一つです.「僕,えらく手伝うよ」とか,「僕,すっごくお手伝いをする」という題名ですが,ポジティブな言葉がネガティブに転換されるのが『プチ・ニ』の法則の一つですから,きっとニコラはえらく邪魔をしたんだろうと予測がつきます.

 今回は,ヴァカンスに出発する前に,家の中の片付けをしなくてはならないママンをニコラが手伝うというお話ですが,こういう場合,ニコラはヘマばかりして,パパやママンを困らせます.善意から出る,余計なお世話というか,妨害というか.悪気はないからなお始末が悪い.それに今回はママンの努力が報われないという意味で,意地悪なオチとなっています.

 

僕ら,やったー!もうすぐヴァカンスに出るんだ.それでいつものことだけど,出発前にはママンが言うんだ.「お家を片さなきゃ.家具にカバーを掛け,絨毯とカーテンを外し,防虫剤をたくさん置いて,マットレスを丸く折り畳んで,物を戸棚や屋根裏部屋にしまわなきゃ」ってね.パパは「そんなことしても無駄だよ,だって帰ってきたらまた全部元通りにしなきゃいけないから」だって.それでママンは,ママンのママンの家では「そうする決まりなんです」って言って,パパはメメのことをぶつぶつ言い始め,ママンが「そんなこと子どもの前で言わないでください.私はあわれなママンの元へ帰らせてもらいます!」と言うと,パパは決まって,「わかったわかった,明日になったらやるよ」と言うけど,パパはやらないんだ.(p.86)


 ヴァカンスの前の恒例行事となったパパとママンのケンカがよく描かれています.毎年ニコラの目の前で繰り返されるので,すっかり覚えちゃったんでしょう.少し不吉なのは,パパが「そんなことしても無駄だよ,だって帰ってきたらまた全部元通りにしなきゃいけないから」と言っているところです.原文では« il ne voit pas à quoi ça sert tout ça, puisqu'il faut tout remettre en place quand on revient »となっています.ヴァカンスの出発準備のためのやりとりですから,「帰ってきたら」(revenir)と言うのは,ヴァカンスから帰宅したらの意味で理解するのが当然でしょう.ところがそんな文脈を無視して,ここだけ取り上げれば,「〔今日仕事から〕帰ってきたら」と言っているようにも聞こえてしまうのです.さてさて,こはいかに?

 結局パパは仕事に出かけてしまったので,ママンが一人で,否,ニコラと二人で準備して,「パパを驚かせちゃいましょう」となりました.この言葉も要注意です.それはひとまず置いておくとして,「いいね!僕,たくさんお手伝いするよ.」(id)というニコラに,ママンはすっかりその気になります.とはいえ,ニコラにできることなんてたかが知れていますので,あまり期待はしていません.「僕,何すればいい?何すればいい?」としつこくついて回るニコラに,「屋根裏部屋の鍵をしっかり持っていてね」と言って仕事にかかります.

 以下,後はニコラの「お手伝い」がすべて裏目に出るという展開なのですが,その間にアルセストが防虫剤を食べてみた話とか,パパが防虫剤を嫌がる話のような小ネタが入ります.


パパはね,防虫剤が好きじゃないんだ.寒い時期になって,衣装ダンスから上着を引っ張り出すときに,パパは「この匂いのせいで虫は死ぬかもしれんが,同僚に笑われるんだよ」と言って怒るんだ.それでママンはいつも言い返す.「この匂いのせいで虫が死なずに,同僚が唖然としたら,もっとこまるでしょ!」ってね.(p.87)


 「僕,お手伝いしようか?」とか,「何したらいい?」を連呼していたニコラに,ママンはいよいよ最初の試練を課します.「屋根裏部屋の鍵を返してちょうだい」(p.87).しかしこの試練はニコラには厳しすぎるものでした.鍵を無くしてしまったのです.それでせっかくかけていたカバーを一旦全部外す羽目に.ただでさえ,洗濯でカバーが縮んでしまっていたから,掛けるのに苦労していたのに.そんな苦労など知らぬ顔で,ニコラは鍵はポケットにあったと平然と取り出してきます.「僕が見つけたのが,ママンにはそんなに嬉しくなかったみたい」(p.89).否否,見つけたのは嬉しいんです.見つけてもらわなきゃならなかったんです.「ママンは僕には聞こえないような,すっごい低い声で何かぶつぶつ言いながら,またカバーをつけ直していたよ.」(id.)

 それでもどうしてもお手伝いしたいニコラに,ママンは部屋に行っておとなしく遊んでいるように懇願するのですが,KYニコラにそんな切なる願いが聞き届けられるはずもなく,泣いたり喚いたり.仕方なく,絨毯を外すのに家具を押してもらえば,青い花瓶を割ってしまう,カーテンを外すのに脚立を支えていてねと言って一瞬目を離した隙に,脚立に登ってカーテンとカーテンローグを落としてしまう.もう,やれるだけのことはやってくれます.この2場面がイラスト1/2と2/2です.




ニコラの背丈の3倍はあるかという食器棚で,上には瓶が並べてあります.これが全部落ちなくてよかった.青い花瓶くらい,何てことありません.だってニコラによれば,「まだ壊していない花瓶が他にもたくさんある」(p.89)のですから.



 ママンが台所に行った隙をみて,脚立の上に辞書を2冊重ねて,カーテンを取ろうとしたニコラ.


辞書を重ねたら,安定したんだ.ところが,そこで突然,ママンの声が聞こえた.

「ニコラ!すぐにそこから降りてちょうだい!」それで僕はグラグラ揺れちゃった.クロテールみたいにね.授業中に担任の先生がクロテールを起こすと,やつはそんなふうにビクッとするからね.僕はカーテンとカーテンローグをつかんで脚立から落ちたんだ.全然けがはしなかったんだけど,それでも泣いちゃった.こうしておけば,ママンは僕を叱ったりしないし,「よしよし,痛いのはほんのちょっとよ」と言うんだ.上手く行ったよ.(p.90)


「上手く行ったよ」なんて書いてあると,ニコラが非常〜に戦略的で,ママンの心配に故意につけ込んでいるような,そんなずる賢い印象を受けますがどうなんでしょうか.

 結局ママンがカーテンを外し,ニコラがケースにしまおうとしたら,今度はケースの蓋に指を挟んでしまい泣き出します.わざと邪魔してんか?!

 それでもようやく片付けも終わります.何にでも終わりがある.ママン,お疲れ様でした.


「これでよし.準備万端.さあ,出発までは台所で食事をしましょうね.」と,ママンが言った.

 それから僕たちは庭に出て休みながら,パパの帰りを待っていたんだ.ママンはすっごく疲れていたみたい.僕がいて助けてあげられたんだ.ママンはほんとうについてるね.(p.91)


 その「疲れていた」原因を作ったのはお前だっての.ニコラがいて,ほんとうにママンはツキがありませんでした.


 そうしていたら,パパが帰ってきたんだ.それでパパを驚かせるつもりが,驚かされちゃった.だってパパは庭に入ってくるなり,こう言ったんだ.「今晩,正式なディナーを用意しなきゃ.社長と奥さんが食事に来ることになってね.」

 僕はママンに,それじゃ僕が元通りにするお手伝いをするよって言ったら,ママンは泣き出しちゃったんだ.(p.91)


「正式なディナーを用意しなきゃ」(« il faut mettre les petits plats dans les grands »)は「おもてなしをするためにちゃんとした食事の準備をする」という意味の慣用表現だそうです.知りませんでした.


 さてさて,このお話のオチですが,ママンは「パパを驚かせちゃいましょう」と言っていたのに,パパに驚かされてしまう.これがオチなんでしょうか.それとも,「帰ってきたらまた全部元通りにしなきゃいけないから」という不吉な予言が的中したというのがオチでしょうか.はたまた,元通りにする時に,またもやニコラに荒・ら・さ・れ・る・・・と疲労・徒労・脱力感に襲われた様子が笑いどころでしょうか.どう思います?

 

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