« Le magicien », HIPN., vol.2, pp.62-69.
以前に(60),メクサンが手品を披露して,手品師か魔術師かと話題になったことがありますが,今回はお隣のブレデュールさんが「魔術師」になる番です.「手品師」ではなくて.
雨降りの日曜の午後,お隣のブレデュール夫妻がトランプをしに,ニコラの家にやってきます.あの,パパをからかうのが好きで,パパと顔を合わせたらケンカばかりしている,あのブレデュールさんと奥さんです.何だかんだ言って,やっぱり隣人.仲が良いのですね.日本のロック・バンドのレピッシュ(LÄ-PPISCH)が「RINJIN」(1989年)という曲で,「顔さえ知らずに暮らしているのさ隣人,名前も知らずに挨拶するのさ隣人」と歌っていましたが(リアルタイムで聞いていた私は「さ」を「が」と勘違いし,隣人の定義をしていると今の今まで思っていました),そんな都会のアパートの世知辛い関係ではなくて,ケンカをしても映画版のように小突きあっても,ちゃんと人と人との関係ができているようで安心します.二人並んでにこやかにタバコを吸う風景なんて,本当に仲が良さそう.読者には犬と猿のように思わせておきながら.イラスト1/5です.
ニコラによると,ブレデュールさんは「太ってて面白い人」(p.62)だそうですから,右側がブレデュールさんで,左がパパでしょう.火を貸したりして,いい感じです.
僕はね,雨が降っていてお客さんがいる時に家にいるのは,まあ結構好きなんだ.なぜってママンがおやつに美味しいものをたっくさん用意してくれるからね.(p.62)
いつもはクラスメートたちと空き地で遊ぶのが大好きなニコラですが,条件付きなら家で大人しくしているのも「まあ結構」(assez)好きなようです.その条件とは,「雨が降って」いて(これは仕方ない),「お客さんがいる」ことです.これ,読みようによっては,ママンはお客さんがいない時には,「美味しいものを」そんなに「たっくさん」作ってくれないと言っているようなのです.大人が利己的で外面がいいっていう皮肉でしょうか.
それはともかく,ブレデュールさんが来て,ニコラも驚いているようです.
おっかしいのはさ,パパとブレデュールさんがいつでも互いに文句言っててね,パパはブレデュールさんに,ブレデュールさんはパパに,あんたはトランプの素人だななんてね.それでブレデュールのおばさんがトランプをするの?お話しにきたの?なんて聞いてるし,ママンは「もうほんとにこの人たちったら」だって.(p.62)
ほんとに仲がいいんだか悪いんだか.でもはたから見ればやっぱり微笑ましい.
ゲームはブレデュールさんの勝ちで終わり,ブレデュールさんは上機嫌,パパは不機嫌.調子に乗ったブレデュールさんが,ニコラに魔法(un tour de magie)を見せてやろうと言い出します.負けて不機嫌なパパは思わず大声を出します.
「おいっ!ブレデュール,よせったら.そんな誰でも知ってるようなカビの生えた芸当なんて俺たちの目の前でやるなよ.」
「おいおい誰かさん,言っておくがな,俺はお前さんの息子に話してるんだ.ニコラ,魔術を見せて欲しいだろ?」(p.62)
「誰かさん」はMachinで,相手に何か伝えたくて,人や物の名が出てこないときに使う表現です.以前に出てきたtruc(60)と同じような使い方をします.「あの,あれだ,あれとって」とか,「おいこら,何とかいう奴!」みたいな感じです.
ちなみにここでブレデュールさんが「魔法」と言ったせいで,ニコラは手品ではなく,本当の「魔法」と思い込んだのです.さすが,字義通り受け取るKYニコラです.さらに駄目押しするかの如く,パパが同じ言葉を使って嫌味を言います.「お前のやる魔法なんて,誰でも知ってるんだよ.」(p.63)イラスト2/5を見ると,ニコラが信じきっているのがわかります.
得意げなブレデュールさんに,パパがチャチャを入れると,炊きつけられたブレデュールさんが危うく怒りそうに.「おい,誰かさん,ほんとうにムカついてきたぞ.」(p.64)そんな様子を見ていたブレデュール夫人が帰ることを提案.二人は帰ってゆきます.
しかしニコラは「ブレデュールさんの魔法」に感銘を受けたようで,パパを相手にやってみようとします.イラスト3/5です.
トランプで負けた上に,ありきたりな手品を見せられたパパは不機嫌そのもの.いつもの肘掛け椅子に腰掛け,新聞を開き,タバコをふかしてはいても,平穏・くつろぎとは程遠い様子です.そこへニコラが「魔法」をやるとか何とかうるさくいうので,もうキレる寸前です.「もう今日はトランプなんて見たくもない!」と,パパ.でもニコラが泣き出し,もう打つ手なし.仕方なく相手をしてやりますが,タネも仕掛けも知らないニコラにそんなことができるはずもない.
僕はパパに一枚選んでと,トランプを渡した.パパがそれをみて元に戻し,僕はふっと息を吹きかけた.それからダイヤの10を探して,パパに聞いた.
「これでしょ?」
「違うな」と,パパが答えた.
「どうして違うの?」と,僕が聞き返した.
「どうしてって,違うんだ.クラブ〔クローバー〕の2だったんだよ.」
「そんなはずないよ.ブレデュールさんとの時には,うまくいったんだ.」と,僕が大声で叫んだ.(p.66)
これを読む限り,ニコラは「魔法」に感銘を受けたばかりでなく,その魔法でいつも「ダイヤの10」が出てくると思い込んでいたようです.ほんとうに,言葉をそのまま一字一句違えずそのまま真に受けるキャラのようです.パパは引いたカードの中身を当てる手品と理解し,ニコラはいつもダイヤの10が出てくる魔法と理解していたのですから,話が噛み合わないはずです.
ニコラは次はママンに同じことをしてみます.
僕はママンとやってみたんだ.ママンはトランプを一枚選んで元に戻し,僕がふっと息を吹きかけクラブの2を抜き出して,ママンに聞いた.
「これでしょ?」
「そうよ,その通り.」と,ママンが言った.
「僕を喜ばそうとして言ってるんだ!」(p.68)
その後もニコラは「クラブの2じゃなかった!」と騒ぎ立てます.呆れた二人はついに匙を投げ,ママンはパパにブレデュールさんにやり方を聞くよう提案します.
パパは僕をみてため息をつき,「あのブレデュールのバカやろう」について,何か低い声でぶつぶつ言っていたよ.それから電話しに行ったんだ.(p.68)
ここからの電話の話がおもしろい.想像力を掻き立てられます.
「もしもし,ブレデュールか?ヨォ.俺だ.そうだ,そうそう.あぁもう・・・なんとかな.それで聞いてくれ.真面目にな.おい,聞いてくれるか.・・・なになに,聞いてる?よし.それでなニコラがその,面白かったんだってさ.おまえの,あのカードのさ.それで明日学校で友だちにやって見せたいんだそうだ.どうやるのか,ちょっと俺に教えてくれ.・・・何?嫌だって?・・・なになに?・・・ああそうか,うまいもんだな.それで,それで?・・・よし・・・うん・・・わかった.そうか.・・・わかった.よしよし.・・・了解した.じゃあな,ブレデュール.何?!・・・ま,そりゃそうだ.わかったわかった.・・・ありがとな!何?まだ感謝が足りないってのか.これでいいか!じゃあな,もう寝ろよ.おやすみなっ!」(pp.68-69)
もう,トランプで負けるわ,電話で教えてくださいなんて頭を下げさせられるわ,お礼を言わされるわで,さんざんなパパの1日でした.不愉快この上ない!
電話を切ったパパはニコラに説明をするのですが,これがまたわかりにくい.
「こうだ.カードを元に戻せっていうだろ.その時,そのカードのすぐ前のカードをしっかり見ておくんだ.わかるか?例えばな,ほらそっちはスペードの5だ.いいか,すぐ後に選んだカードをそこにおく.手前はハートの9だ.ほらな.簡単だろ.わかったか?」(p.69)
位置を覚えておくだけのことなので,そんなに凝った手品ではなさそうで,ニコラもすぐに「うん,わかった」と言っています.あんまりよくわかっていないのは私だけのようです.パパもようやく安心して,「明日友だちにやって見せてみな.」と言うのですが,仕掛けを知っても満足しないのはニコラです.
「ダメだよ.それズルじゃないか.仕掛けがあるんじゃダメだって.」(id.)
「仕掛け」はtruc.知りたいのは,<そんなこと>(un truc)じゃなくて,魔法(magie)なんです.おそらくは,それもダイヤの10を出す,本物の魔術です・・・.そんな魔術師を妄想するニコラでした.
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