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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(169)

« Les patins », HIPN., vol.2, pp.42-47.

patinという語を最初に聞いたのはフランス人の友人からでした.その時はpatin à roulettes「ローラースケート」でした.その語すぐ,patinage「スケートをすること」という単語を覚え,漠然とpatinはだから車輪がついていて,道路で滑るためのアレだと思い込んでいました.今回のお話でも,ジョフロワが学校でローラースケートで走っているところが目に入ったため,そうだよなと思っていたのですが,ふと,語源辞典を引いてみると,patinは当初,「そこの厚い女性用の靴」で,「背を高く見せるために貴婦人が履いていた」とあり,その後,釘や鉄を打ちつけて「氷上を滑る」道具となったそうです(15世紀).ということは,もちろん,⛸(アイススケート)の靴が先.それでpatin à glaceともいうそうで,patin à roulettesという表現が用例として出てくるのは19世紀のこと.patinerという動詞も初出は1732年で「アイススケートで動き回る」という意味でした.当たり前のことですが,道具

がなければ表現(語)も出てくるわけがないということでしょう.ところで,言語学者の丸山圭三郎さんは歯科医がいるから歯が痛くなると言っていたように記憶します.実際,お医者さんがいて,〜はこうこうこういう病気だと名指されて初めて病気として認定されるわけで,それまではどこか具合悪いんだけどなんでだろうなんて考えているだけなら,病気ではないのです.すると,技術や道具から現実を指す言葉が生まれるのと,言葉から現実(の痛み)が生み出されるのとは,区別して考えねばならないということでしょうかねぇ.

 それはともかく,「ローラースケート」の意味でのpatin(à roulettes)が成立したのが19世紀後半で,流行り廃りはあったのかもしれませんが,本話を読む限りでは,patinは20世紀半ばでもある程度は高価で,誰もが持っているものというのでもなかったことがわかります.そのため,パパがお金持ちで何でも買ってくれるジョフロワ(長い枕詞!)が,学校にローラースケートを持ってきたので,みんな興味津々な訳です.イラスト1/3です.


 休み時間にジョフロワがローラースケートで滑って見せます.買ってもらってから家で練習していたのでしょう.目を閉じて得意げに風を切って進みます.クラスメートたちが後ろについて走っています.一番後ろにはアルセストがいます.うじゃうじゃいても,アルセストだけは簡単に見分けられます.アニャンも大体識別できますが.

 今回はジョフロワがローラースケートを持ってきて,ウードがそれを試してうまく滑れず,ブイヨンに没収されて,下校時にも返してもらえなかったというお話です.

 それにしても,みんな学校に色々持ってきて楽しむようです.お話の冒頭に列挙されています.


学校に色々たくさん持ってくるやつらがいるんだ.例えばシリルはね,一度,白ネズミを持ってきていたよ.でも担任の先生は喜ぶどころか,大きな声で叫んでネズミを怯えさせちゃったんだ.シリルはネズミと一緒に帰らされちゃった.残念だったな.だってぼくらは,そのネズミが気に入っていたんだ.超いいやつだったよ,ネズミがね.腕自慢のウードも一度,ボクシング・グローブを持ってきたんだ.だけどグローブはネズミほどには面白くなかったね.だって休み時間になると,ウードのやつ,ぼくらの鼻を殴ってばかりいたんだ.他にも,友だちのアルセストなんかいつでもなんか食べるものを持ってくるよ.ぼくらには絶対にくれないけどね.だって自分の分も足りないのにだって.教室でアルセストの座る席はすぐにわかるよ.だってパンくずがたくさん落ちているからね.

 クロテールには笑ったよ.ある日宿題ができませんでしたって説明したパパのお手紙を持ってきたんだ.それなのに担任の先生はクロテールに罰を与えたんだ.なぜってクロテールがいつもする綴り字のミスを見つけたからなんだ.それ以来,クロテールは言い訳の手紙でミスをしないようにって,必死に文法の勉強をしているよ.ちゃんと書けるようになったら,提出するつもりさ.クラスで一番のアニャンが持ってきたものといえば,麻疹(はしか)だけだ.でも悪くなかったよ.だってみんなに移って,お家に3週間もいれたもの.一度きりしかかかれないなんて惜しいよね.でもぼくにはまだ,おたふくと水ぼうそうが残っているからな.(p.42)


 みんなそれぞれキャラにあったものを持ってきてくれます.それで今回はジョフロワのローラースケートです.↑のように,颯爽と風をきって進むジョフロワは「貸してくれ〜,貸してくれ〜」と後からついてまわるクラスメートの言葉に耳を傾けません.ところが,ブイヨンさんが近づいてきて注意します.


ブイヨンさんがジョフロワに言ったんだ.「おい,誰が休み時間にそんなものを持ってきていいと言ったんだ!」

「でもブイヨンさん,ぼく,人にケガはさせてませんし,持ってきてはいけないとは言われていません.」

「そうなんだが,それでも危ないんだ.転んで膝を擦りむいたりしたら,後で傷口が腐ってしまうし.」

「そんなことありませんよ.危ないことなんてありません.お試しになりますか?」(p.44)


 試しては?と勧められたブイヨンさんは,「からかうんじゃない.行ってよし.その代わりわしが目を光らせているからな.ケガをしても,後で文句をたれるんじゃないぞ.」(id.)と言い残して行ってしまいます.

 この会話を聞いていたウードが「点取り虫め!」とジョフロワにケンカを売り,いつものように鼻に一発,二発と食らわせてローラースケートを取り上げてしまいます.イラスト2/3です.


 鼻を殴られて,スケート靴を履いているものだから,よろよろじゃなく,ツツツッーと後退しているのが面白い.ジョフロワは愉快どころじゃないですが.ウードも,流石に鼻を殴るのが得意とあって,角度,姿勢ともに決まっています.ちょうどの位置です.


「おいっ,お人形やろう,貸すのか貸さないのか?」と,ウードが聞いた.

するとジョフロワが返して,「貸すよ.」と言った.ジョフロワはいいやつだし,おバカじゃないからね.(p.45)


 ニコラの解釈では「いいやつ」(bon camarade)で,これは友だち想いのいい友だちって意味ですが,どうもそうじゃないような.むしろこれ以上殴られてはかなわん,そんな暴力に耐えるほど「おバカじゃない」って方が正解でしょう.

 スケート靴を手に入れたジョフロワは,なかなかうまく滑ることができず,みんなに手伝わせます.ジャイアンかお前は.そんなウードに飽き飽きした「ビー玉遊びをしようぜ」というリュフュスの一声で,みんな一斉にウードの手を離し,ウードは「手をバタバタさせて,ブイヨンさんのお腹に突っ込んだ.」(p.46) ハイ,没収!でも,うまく滑れなかったウードはこれ以上恥もかかなくて済むし,どうぞどうぞと涼し顔.忿懣やるかたないのはもちろんジョフロワです.返してくれと泣きつきますが,だめでした.


ブイヨンさんが言った.「おい,おチビさん,私の目をよく見なさい.私が話す時は,ふざけちゃいかん.ローラースケートは危険だからな.お前らにはやってほしくないんだ.血だらけの膝で下校なんてさせられん.授業が終わったら,ローラースケートを返してやろう.それまではダメだ.」そう言って,授業開始の鐘を鳴らしに行ってしまった.(p.47)


 『プチ・ニコラ』は1959年から1965年までの間に雑誌に掲載されていました.たぶんこのお話は,そんなに初期のものではないような気がします.全体の構成がスッキリしているし,話が単純で直線的.それにちゃんとわかりやすいオチがついています.何より,パパやブレデュールさんなど,『プチ・ニ』に登場する大人たちが何か偉そうに説教したりすると,必ずその言葉通りにしっぺ返しを食うというパターンがちゃんと守られているからです.どういうことか.

 すぐ直前の引用の後に,本文では3/3のイラストがあり,最後にオチにあたる数行があります.同じ構成にしてみましょう.


(↑「ブイヨンさんが言った.「おい・・・」)




ジョフロワは授業後にローラースケートを取りかえせなかったんだ.それはブイヨンさんが医務室にいたからね.休み時間が終わった後に,ブイヨンさんは校庭で転んで,膝に大きなケガをしたんだって.(p.47)


 先ほどブイヨンさんはローラースケートが危険であることを強調して,「血だらけの膝で下校なんてさせられん」と,特に膝の怪我を心配していました.私はあ〜あ,言わなきゃいいのにと思ったのですが,そのように口にしてしまうと,言挙げした本人に災難が降りかかるというのが『プチ・ニ』の法則です.案の定,ブイヨンさんは「校庭で転んで,膝に大きなケガをした」とのことです.直前のイラストを目にしていた読者がこの部分を読めばピンときます.そうです,文には「膝に大きなケガをした」としか書かれていませんが,ブイヨンさんは実はローラースケートを試してみたくてたまらなかったんです.嬉しそうに,木にもたれ,スケート靴を履いています.そしてその直後に・・・

 そういえば,さっきジョフロワに「お試しになりますか?」と聞かれた時に,「からかうんじゃない」と言っていました.それってやりたくないという意味ではなかったんですね.だからその後にもじっと「目を光らせて」みていたんですかね.いいな〜と.でも,「ケガをしても,後で文句をたれるんじゃないぞ」とも言っちゃったもんだから,ケガをしても文句もたれることもできず,医務室にこもっていたのでしょう.

 ジョフロワにはかわいそうですが,イラストと文がどちらもどちらかの添え物ではなく,互いにうまく意味をつないでいる,よくできたお話だと思います.





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