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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(166)

« Avant Noël, c'est chouette ! », HIPN., vol.1, pp.612-625.

 このお話で『プチ・ニコラ未刊行集 第1巻』,略してHIPN.(Histoires inédites du Petit Nicolas), vol.1もおしまいです.大切に,楽しみに読んできました.もう終わりかぁ.いや,未だ第2巻もあるし,第3巻にあたる『風船』もあるので終わりじゃない.日本語訳は現在,世界文化社から新版(全5冊)が刊行されていますが,それ以前にも偕成社から『プチ・ニコラ』シリーズ(全5冊=原作は世界文化社版と同じ)と<かえってきたプチ・ニコラ>シリーズ(やはり全5冊)があり,本話は<かえってきた・・・>に収録された最後のお話ですから,これ以降は小野萬吉先生の邦訳がありません.かなり参考にさせていただいているので,なくなると不安ですが,次回以降は自力で読み込んで,しっかり楽しみたいと思います.

 ともかくもHIPN., vol.1の掉尾を飾るのは,通常の倍の量のお話です.まるで,テレビドラマの最終回SP,15分延長!の回のよう.題名は,「ノエルの前,それが楽しい!」.ノエルじゃなくて,「ノエルの前」であることが肝です.小さい頃,遠足とか誕生日会とか楽しみにしていた人は多いでしょう.でも本当にワクワクするのは,そんな楽しいことが早く来ないかなと待っている時のはず.大きくなってからも,デートやパーティーやコンサート,旅行に映画に外食と,やっぱり期待に胸膨らませている時が一番楽しいはずです.だって,実際に行ってみたらつまらなかったとか,期待したほど美味しくなかったとか,期待外れでがっかりなんてことはよくあることですが,期待している時が期待外れになることは絶対にないんです.実現しちゃったら,また次の,別のことに期待を持ち始めますし,それなら実現するまでの,裏切らない期待が「楽しい!」のも当然でしょう.「楽しい!」にあたるchouetteは『プチ・ニ』の読者ならお馴染みの,ニコラにとって最大限の好き!を表す語ですから,これが出てくれば,ニコラの期待度が最高潮に達していることがわかります.

 ちなみに「ノエル」(Noël)はわかりますよね.世に言うクリスマスです.「生誕」を意味するnativitéという語から派生した語で,christ(「救世主」)よりも,ほんの少しだけ宗教色が少ない言葉です.意味は同じで,12月25日,イエス・キリストの誕生日を祝う日なのですが.フランスでは前日,いわゆるクリスマス・イヴの日を「前夜」(réveillon)と呼び,その日の夜にミサへ行ってから,家族揃って食事をする大切な日です.食卓にはもちろん,七面鳥(la dinde)と「ビュッシュ・ド・ノエル」(la bûche de noël,切り株の形をしたチョコレートケーキ)が並びます.脇にはノエルのツリー(le sapin de noël)が飾られ,暖炉のある家には煙突からサンタクロース(le père noël)がプレゼント(cadeau(x))を持って降りてきます.暖炉のない家にも,暖房機なんかあれば来てくれるみたいですが.

 「何歳まで,サンタを信じていた?」というのは,よく飽きずに繰り返される質問ですが,プレゼントをくれる人がノエルおじさん(サンタさん).期待させてくれるのがノエル(クリスマス).ほんとうにいてもいなくても,どっちでも良いのでは?

 

いつもパパは僕にいうんだ.「サンタさんはすっごく貧乏だから,僕がお願いするようなすっごいものも全部は持ってこれないよって.」でも今年は,超すっごいんだ.だってパパが,僕が欲しいものならなんでももらえるよって,約束してくれたんだから.(p.612)


 えっ?!パパ,そんな約束しちゃっていいんでしょうか.オチはどうなるのでしょうか.もう冒頭からドキドキしちゃいます.

 ちなみに,今回はニコラの家でのパパの約束が最初と最後に出てくる他,互いにさほど関連性のない複数のお話が出てきます.未刊行集第3巻の冒頭に収録された「復活祭のたまご」という,『プチ・ニコラ』の記念すべき第1話と構造がよく似ています.クスッと笑わせるような小ネタ,小咄が全体のオチとはほぼ無関係に並べられていました.今回もそれです.いつごろ掲載されたお話なのでしょうね.

 場面はノエルのヴァカンス(冬休み)前の最終日の教室です.自然と,みな,ノエルのプレゼントの話やヴァカンスの話になります.パパがお金持ちのジョフロワはもうすでに「ゴーグル」(「飛行士の眼鏡」(lunettes d'aviateur)というんですね,知りませんでした)を手に入れていて,ヴァカンスにはスキーに行くそうです.イラスト1/6です(長いお話だけあってイラストの数も多くて幸せ!).


 ジョフロワは,自慢するのは構わないとして,盛りますからね,彼は.吹き出しの中を見ると,両手を広げて,大会で使われるような滑走路からジャンプする様子が描かれています.もちろん,ゴーグルを持ってきて見せびらかしているのはその伏線です.聞いている二人が誰かはわかりませんが,目を丸くして驚いています.でも,ジョフロワ,スキーをしたことがなくて,これから習うそうです.やっぱり盛ってやがる・・・.

 休み時間になっても未だウードとジョフロワはスキーの話でケンカをしているし,メクサンとリュフュスも小競り合い.サンタを信じているクロテールと,サンタは「家のパパ」だと言い張るジョアキム.クロテールはサンタの存在を疑わず,ジョアキムは自分の父親こそが,かの有名なサンタクロースであると主張しているのです.つまり,ジョアキムもその存在は全然疑ってません.どうも話が噛み合わない人たちです.イラストの2/6はそんな休み時間の風景のはずですが,文とは無関係のようです.



 このイラストにはおそらく色がついていたのではないでしょうか.ぜひいつか,掲載された雑誌を調べてみたいものです.サンタさんがプレゼントを手に暖炉から入ってきています.そんな場面は書かれていませんが,誰もサンタさんの実在を疑っていませんから,そこはクリアされています.間違いはありません.窓の外には橇(le traîneau)とトナカイさん(les rennes)が浮いています.ちなみに普通名詞のトナカイではなく,鼻の赤い,この季節に登場するトナカイには「リュドルフ」(Rudolph)という名がついています.なぜでしょうか.サンタさんも大きすぎてつかえそう.ベッドで寝ている子どもの目が大きく見開かれているように見えますが,起きているのではないでしょう.私にも覚えがありますが,なんとかサンタの正体を見極めようと大きく目を見開いて夜更かしするのですが,敢なくダウン.ですから,この子もそんな努力をしているのでは.あるいはジョアキムがお父さんを見つけて,サンタだったと証言する場面もありますから,そこかも.でもジョアキムのお父さん=サンタは「僕の部屋のドアが開いていて,ツリーの下にプレゼントを置くパパが見えたんだ」(pp.616-617)とありますから,暖炉ではありません.いずれにせよ,いつものちっちゃなニアミスでしょう.というより,文とイラストが共通して伝えるものを読み取らねばなりません.

 イラスト3/6は(ジョアキムの証言では)サンタであるジョアキムのパパが,クロテールの家に来て,クロテールのパパに追い出されるシーンです.



クロテールが言った.「俺はな,お前のパパの膝になんか座りたかないぞ.お金もらってもな.それにな,お前のパパが家に入ってきて,ツリーの周りをうろうろしてやがったら,お前のパパなんて,俺のパパが追い出してやるぞ.全く冗談じゃない!」(pp.617-618)


 ジョアキムのパパが本当のサンタさんだとして,せっかくプレゼントを持ってきてくれたのに,そんな仕打ちはないでしょうが.可哀想に.

 最後には学校を出たところで,みんな仲直りしてヴァカンスを迎えます.「僕らみんな,超仲良しの友達だからね.」(p.618)ニコラとアルセストは帰り道が一緒です.道すがらの話題は当然ノエルについて.


僕はアルセストに言った.「イヴの日にはね,家にはメメ(おばあちゃん)とドロテおばさんとウジェーヌおじさんがいるんだ.」

アルセストが返した.「家にはね,白ブーダン(腸詰)と七面鳥があるんだぜ.」(p.619)


 ここでも話が噛み合っていませんが,アルセストですから,食べ物ネタは欠かせません.二人はショーウィンドウを見ながら帰り,やがて別れます.

 ここからはニコラとママンがバスでデパートへ買い物へ行くお話です.よくもまぁ,ノエル前の混雑した時にわざわざ・・・.イラスト4/6はそんなゴミゴミした様子がよく出ています.サンぺはごちゃごちゃしたものを描くのがよくよく好きですね.


 バスから人が降りてきます.乗車客の数も半端ありません.そこへきて,みんながみんな小さい子どもを連れています.もう大変.ママンも早速,他の婦人と牽制しあいます.「押さないでちょうだい!」に対して,「あら,ごめんなさ〜い」と返さないところが,いかにもフランス人です.大概,負けてません.

 デパートではサンタさんの膝に乗ってお話しするための長蛇の列.イラスト5/6です.



お父さんに手を引かれて,泣き喚いている子は注射をされると勘違いしたようです.↑のお話からすると,ここでニコラはサンタさんをみて,ジョアキムのお父さんだ!と叫んでも良さそうなものですが,あの話はあの話,この話はこの話.複数の話の間で関連性が薄いのです.

 どこの売り場も大賑わい.ようやく二人が帰ると,パパが心配して待っていました.それで3人で食事をします.最後はパパとニコラの会話です.


「パパ,ノエルには何がもらえるのかなぁ.」デザートの時に僕は聞いたんだ.「友だちはいっぱい何かもらえるんだ.」

「そりゃ,お前次第だな.」とパパは笑いながら言った.「サンタさんに何をお願いするんだい?」

「煙を出す機関車,それも電動のやつかな.それと新しい自転車と,新しい自転車につける変速ギアと,おもちゃの兵隊さん,ヘッドライトが点滅する青色のミニカーに,ブロックゲーム,組み立てるやつね.それから電話.本物みたいにちゃんと話せるやつ.授業中にアルセストと話すんだ.」

「それで全部かい?」パパが聞いてきた.今度は笑っていなかったよ.

「それとサッカーのボールと,ラグビーのボールも.」

「ニコラ,サンタさんはそんなにお金に余裕がないんだよ,今年はね.」

「えぇっ!いっつも同じじゃないか.ずるいよ.友だちはお願いしたものをちゃんともらうんだ.僕なんて全然だよ!」

「ニコラ!」と,パパが大声を出した.(p.624)


 何か悲痛な感じです.パパはニコラに欲しいものを全部言わせます.きっと,用意しておいたものが出てくるのを待っているんですね.だからそれがなかなか出てこないと,声のトーンが変わり,思わず苛立ってしまったのです(「笑っていなかった」).ここでママンが介入し,パパも思い直して話を続けます.


「そうだな.いいよ,いいよ.しのごの言わず,お前が言ったもの全部あげることにしよう.さらにおまけだ!ヨットもプレゼントしちゃうぞ.それでいいかい?」

 それを聞いたママンが思わず笑い,立ち上がってパパを抱きしめて言った.

「ごめんなさいね,あなた.今からノエルまでは相当長くなりそうね.我慢しなくっちゃね.」

「あ〜ララッ♪と」パパが口ずさんだ.

 これだよこれ.僕はね,ノエルの前でこれが一番好きなんだ.ワクワクしながら我慢すること.ノエルの後で,僕がさ,ゴーグルをつけて,ものすごいスピードでヨットを操縦するのをみたらさ,ジョフロワのやつ,どんな顔をするかな.考えただけでワクワクするよ.(p.625)


 パパは「今年」全部あげるなんて約束していないんですね.冒頭の「だってパパが,僕が欲しいものならなんでももらえるよって,約束してくれたんだから」も,全部あげるではなく,いつかきっと,手に入るよという約束なんでしょう.だから大事なのは期待を持つこと.ワクワクしながら待つこと(impatient).じっと我慢して(patient),我慢しながら楽しみにすること. そうしたらいつか,イラスト6/6のように,欲しいもの全てをサンタさんが持ってきてくれるんです.煙突がない家の子にも,暖房機の前に積み上げて.







 

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