« Les beaux-frères », HIPN., vol.1, pp.598-605.
フランス語を学び始めた頃,beau-frère「義理の兄(弟)」, belle-sœur「義理の姉(妹)」などの語で,どうして「美しい,きれいな」と習ったbeauが付くのか不思議に思った覚えがあります.beau-pèreとか,belle-mèreとか.カッコよくなかったり,キレイでなくても,beau frèreかなぁなんて妄想して楽しんでました.辞書を引くと,ちゃんと「姻戚の,義理の」という,複合語を作るための意味が出ているのですが.
ニコラが兄弟を欲しい!というのであれば(映画版第一作目はこれでした)パパとママンの努力次第?とも言えますが,義理の兄弟を持つ,あるいは義理の兄弟になるなら,その前にまずは兄弟を持たねばなりません.あるいは,ニコラが大きくなってから,お兄さんか弟がいる女の子と結婚すれば,義理の兄弟ができますし,自分も義理の兄弟になることができます.但し,お話中でパパが説明しているように,結婚相手が一人娘であれば,秘かな野心も潰えてしまうことでしょう.
というわけで,今回は「義理の兄弟」ができ,「義理の兄弟」になったメクサンを羨んだニコラが,「義理の兄弟」が欲しいと駄々をこねる話です.そもそも,「義理の兄弟」という単語の意味がわかっていないから,生じた事件?ですが,われわれだって知らない単語が出てきて,調べる手段も分からなければ,トンチンカンな要求をしたりしまうでしょう.ニコラが小さいから・・・なんて言って笑っていられないはずです.
ある日メクサンは学校へ来るなり「お〜い,みんな,俺,ギキョーダイになるんだぜ!」(p.598)と自慢げに言います.これに対してリュフュスは「ふざけんなよ!」(« Tu rigoles »)と言いますが,この答えから,彼らのうちの誰もbeau-frère「義理の兄弟」の意味がわかっていないことが判明します.だって,別にメクサンに歳の離れたお兄さんかお姉さんがいれば,彼らが結婚すればすぐに,「義理の兄弟(姉妹)」にはなれますから,「ふざけんな!」というリアクションの方がよほど不自然です.ウードに至っては,「お前は小さすぎて,ギキョーダイなんてなれねーよ.うちのパパはな,ギキョーダイなんだ.だけどお前じゃ,小さすぎんだよ」(id)と言いますが,これもリュフュスの反応と同じです.
イラストの1/3は得意げなメクサンです.
「俺,ギキョーダイなんだ!」と言っていますが,実はお姉さんのエルミオーヌはまだ婚約したばかりですから,義兄弟にはなっていません.
「飴でも買えばとお小遣いをくれたし,ジャン−エドモンて呼んでくれよなって言われたんだぜ.そうそう,ジャン-エドモンがその人の名前さ.義兄弟同士はさ,すっごい友だちなんだからだってさ」(p.598)
お小遣いももらったし,「すっごい友だち」になるなんて言われたメクサンはすっかり有頂天になってしまいます.
「それにさ,結婚式では俺が介添え役になるんだ.シャンパーニュも飲んでいいし,ケーキだってでっかいやつをくれるってさ.」(id.)
お金だけではなく,大人扱いされているのが嬉しくてたまらない様子です.とはいえ,「でっかい」ケーキを食べてよしなんて言葉に反応するところを見ると,やっぱりまだ子どもかなぁ.ともかく,お金もらっているだけに,メクサン,お前はゲンキンなやつだ・・・.
イラスト1/3で中央のメクサンを繁々と眺める左右のクラスメートたち.その顔がぽかんとしているのは,ニュースに驚いたというよりは,メクサンの発した「ギキョーダイ」の語が分からないからなんでしょう,おそらくは.
メクサンは浮かれていますが,みんなは未だ言葉の意味を掴み損ねている様子です.メクサンがお前らみんな,羨ましいんだろ,お前らなんてギキョーダイになれないからな,とケンカを売ると,リュフュスが答えます.
「なんだとっ!俺はいつだってなりたい時にギキョーダイになれるんだ!お前こそ,ギキョーダイなんてなれねーんだよ.お前は奇妙すぎるからな.お前なんてキミョーキョーダイだ.」(p.600)
ここで「奇妙」と訳したのはlaidなので,「ブサイクな,みっともない,醜い」という意味の語です.リュフュスはbeau「美しい」という形容詞を受けて,その対義語として「醜い」を持ち出して洒落てみせたわけですが,実はシャレを言ったというよりは,未だギキョーダイの意味がわかっていなかったということでしょう.「キミョーキョーダイ,キミョーキョーダイ,キミョーキョーダイ」と囃し立てています.但し,ここでlaid-frère「キミョーキョーダイ」は,音的にはles frères「二人の兄弟」も想わせます.その意味でとるなら,リュフュスはもう一つシャレをかけたのかもしれません.かなり高度な親父ギャグです.
学校でのエピソードはここまでで,家に帰ったニコラは「僕はギキョーダイになれないの?」(id.)とママンやパパに質問を発します.イラスト2/3です.
「僕,お姉さんが欲しい.そうしたらギキョーダイになれるでしょ!」メクサンにエルミオーヌというお姉さんがいたから,自分にもお姉さんがいれば,ギキョーダイになれる.そしてギキョーダイになれば,お小遣いがもらえて,車で動物園に連れて行ってもらえて,猿を見ることができる・・・.ニコラはそう連想しているのですが(je me suis dit),何も説明せずに「僕はギキョーダイになれないの?」だけでは,ママンにそんな論理が通じるはずもありません.もちろんママンは何が何だか分からず,パパが帰ってきたら聞きなさいと相手にしません.質問が不条理で答えようがないことが文から分かるのですが,イラストの方は「お姉さんが欲しい」と,ちゃんと論理を説明しています.サンぺはニコラの質問が唐突であることをイラストにしにくかったので,説明的な吹き出しをつけたのでしょうか.イラストからは,ママンが忙しくてちゃんと答えない様子,あるいは「お姉さんが欲しい」という,性に関わる質問をはぐらかす様子が読み取れるのではないでしょうか.それにしても,夕食で一体何枚のお皿を使うんですかね.
イラスト3/3は帰ってきたパパに早速質問するニコラの絵です.
「僕はギキョーダイになりたい!」.そう吹き出しには書かれていますが,文では先ほどママンに発したのと同じ「僕はギキョーダイになれないの?」と,聞いただけです.文とイラストはまたしてもズレています.とはいえ,疲れて帰ってきて,肘掛け椅子に座って静かに新聞を読む,このパパの貴重なひとときが乱されていることはちゃんと伝わります.要は,文とイラストの焦点が異なるのです.
ニコラにうるさくされたパパが怒り,ママンが駆けつけてきて,パパの説明を聞いて笑い,パパもニコラも笑い,家族の危機は過ぎ去ったと思いきや,ママンが「義兄弟」の話を持ち出したことで,再度,パパとママンの間で緊張が走ります.
「でもね,考えてごらんなさい.義兄弟を持つなんて,そうそう良いことばかりとは限らないのよ.私にも,どうやら一人,義兄弟がいるんだけどね.わかるわよね?」
「なんだって? 君の義兄弟が君に何をしたっていうんだ?」と,パパが聞いた.それでママンが答えた.
「あらあら,ウジェーヌは時々ね,少し・・・ほんのちょっとだけ気が利かないところがあるでしょ?この前だって,ここへきて,なかなか帰ってくれなくて.それにウジェーヌの駄洒落ときたら!あなたには悪いけど,・・・.」(p.604)
パパと大の仲良しのウジェーヌおじさんの悪口を言われて,パパはまたもや怒り始めます.でも,最後は仲直り.そこへ,お隣のブレデュールさんが来て,またもやパパの機嫌が・・・と心配しましたが,そうはなりませんでした.それにしても,ブレデュールさんがパパをからかうだけではなく,「ジョギング」に誘ったりもするなんて知りませんでした.いつもいがみ合ってばかりして,口もきかないと思っていた二人なのに.人間関係なんて本当に単純じゃないものです.
せっかくのお誘いでしたがパパは断ります.
「いやいや,誘ってくれて悪いがね,明日の朝は,ニコラと二人で車に乗ってお猿さんを見に行くんだ.本物の義兄弟のようにな.」とパパが言った.
それを聞いたブレデュールさんは帰って行ったよ.「この家の連中はみんな頭おかしいんじゃないか」なんてぶつぶつ言いながらね.(p.605)
本話のポイントは二つあるようです.一つ目は子どもたちが「ギキョーダイ」という語を理解していないこと,二つ目は文脈を知らなければ話の論理はわからないこと,この二つです.前者は説明不要でしょう.後者は,こういうことです.まずニコラは「ギキョーダイ」の言葉も意味もわからずに,パパとママンに質問を発していたために,話が通じませんでした.それでもパパはほぼほぼ間違えずに理解してくれたようですが.次に,ブレデュールさんは「ギキョーダイ」あるいは義兄弟をめぐって,不穏な空気が流れていたことを知らなかったのですから,最後の「本物の義兄弟のように」という表現が理解できません.ブレデュールさんにしてみれば,ニコラとパパは親子ですから,兄弟であるはずもなく,いわんや「本物の」義兄弟であるはずもありません.頭がおかしいだろ,こいつらと呟くのももっともな話です.
話に途中から割って入って,トンチンカンな理解や誤解をしてしまうこと,よくありますよね?それで,もっともらしい意見を述べたりすると,どうも,そんなこと言っているんじゃないんだけどなぁと言われたり,そんな顔されたりなんて場面にもよく出くわします.なんか気まずいんですよね,あれって.
私には今回のお話は,そんな二つの気まずさを文とイラストにしたようにも読めたのでした.
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