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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(160)


 題名はニコラのクラスでの今日の作文の題目で「僕らがいつかすること」くらいでしょうか.もっとわかりやすく訳すと「将来何する?」とか,「大人になったら何する?」となるかもしれません.でも題名にあるferonsは直説法単純未来形ですから未来にすること,そしてplus tardは「〔今〕より後に」という意味なので,かなり漠然としています.1秒先だって10分先だって10年後だって未来に違いありませんし,「今より後」と言ってもやっぱり5分後かもしれず,「将来」とは限りません.<フランス人>なんだから,題名のフランス語を聞けば,そんなひねくれた解釈せずに,誰もが「大人になったら?」と分かるよって思います〜?いえいえ,そんなことはないはずです.言葉はそれ自体では決して意味は定まらないのです.そこにいる誰も誤解せず,同じ意味にとるのはなかなか難しく,状況や言葉のトーンで<そうでない>可能性を少しずつ排除してゆくしかありません.あるいは他の人と話してようやく,みんなそれとなく同じ意味で理解しているのかもって状況ができるのです.だからこそ,怒らないときにはすっごくきれいな担任の先生がわざわざ「将来に,あなたたちがするつもりのこと,大人になったらどんな風になりたいか」(p.566)と言い換え,なるべく誤解のないように2通りの文を付け加えておいたのです.

 映画版『プチ・ニコラ』第1作目をご覧になった方は,この「将来何する?」が全体の基調となっていたのがお分かりでしょう.映画の最初でこの題目を与えられたニコラは,将来何するか,したいかなんてわからない.だって今が楽しいんだもんと悩んでいました.それが最後に,将来人を笑わせる人になりたいと,今の日本なら即座にユーチューバーかエンタメの芸人?と解釈させるような言葉で締め括られていました.これなども,「将来何する?」で職業選択や理想像を想像した人にしてみれば,やや肩透かしの答えだったのではないでしょうか.でも,未来に「すること」に関する問いであってみれば,人を笑わせるだって将来の行いに違いないので,フランス語の質問文に対して十分な答えとなります.繰り返しになりますが,題名を提供した先生がそういうつもりの質問ではないと怒ったり呆れたりすることもできるでしょうが,発話者の意図や思い込みと異なるとしても,文の理解や解釈としては間違っていないのです.

 それで例によって,ニコラたちは喧々諤々,自分のなりたいもの,したいことを言い合って,ケンカします.ニコラは飛行機のパイロットになりたいといい,ウードも同じようにパイロットに憧れている.二人ともパイロットで良さそうなものなのに,なぜかどっちがパイロットになるかケンカするとか,まぁ,子どもっぽいというか,わけわからないというか.クロテールは自転車の選手の合間に消防士になりたいとか,ジョアキムは軍艦の艦長になりたいとか,それで帰還のたびに息子自慢のパパとママンに宴会を開いてもらうとか,アルセストはその宴会に参加したいとか.

 ここでアルセストの答えは,先ほどの意味の不決定性を思わせます.アルセストは将来何になりたいかではなく,文章に忠実に何がしたいかを答えているからです.アニャンは「教授」(professeur)だそうです.

 話がズレ始めてようやく,不可解なイラストの謎が解けてきます.まずはイラスト1/3です.


 歩きながら本を読んでいるおにいさんの後ろに,そろそろ忍び足で近づく一人の子ども.その後ろからぞろぞろついてくるたくさんの子ども.真ん中あたりの男の子が後ろを振り向いて指を口にあて,「しっー」と注意を促している様子です.つまり,静かにしろ,声を出してはいけない.だから先頭の男の子の歩く足も忍び足であるのが分かるのです.この子どもだけをみれば,左に向かうのは分かるとしても,ソロソロと音を立てずに尾行しているかどうかまではわからないはずです.前をゆくおにいさんが本を読んでいるのを見ると,まるで先ほどの意味の不決定性をイラストで表しているようにも見えてきます.文章の意味がそれだけでは定まらないように,先頭の子どもの絵だけでは何をしているのか決定できないのです.

 そもそもこのイラストの意味がわかり始めるのは,さらに後です.メクサンは将来,探偵になりたいと言い出します.「レインコートを着て,帽子を被り,ポケットにレボルバーを忍ばせ,自動車や飛行機やヘリコプターや船を操縦し,警察にはわからなくても,犯人を見つけられる」のが「探偵」だそうです.かなり具体的なイメージですが,おそらく1950年代の「フィルム・ノワール」(films noirs)と呼ばれる,探偵・刑事・推理物のジャンルに登場するかっこいい探偵を想い浮かべているのでしょう.

 もちろんメクサンのこの夢には,警察官がパパのリュフュスから異論が唱えられます.


「あんなのただのお話だぜ.」と,リュフュスが言った.「家のパパが言ってたもん.本当は全然映画みたいじゃないってね.おちゃらけてちゃ強盗団なんて捕まえられないんだ.それに映画みたいに探偵が強盗団を捕まえようとするならね,パパは今すぐにでも強盗になっちまうんだがなあ,だって.」

「お前のパパに何が分かるってんだ?」と,メクサンが返した.

「俺のパパは警察官だぜ.知ってるに決まっているだろ.」と,リュフュスが言い返した.

(なるほど.リュフュスのパパは本当に警察官なんだ)

「笑わせるんじゃねーよ.お前のパパは交通係だろうが.違反切符を切ってたって,強盗は捕まらないぜ.」(pp.568-569)


 水掛け論というか,私の思考能力が弱いせいか,どちらも正しいような気がしてします.それはともかく,反論にもめげないメクサンが「探偵がすることの中で,一番難しくて一番面白いのは強盗団に悟られないように,後を尾行することなんだ」と,持論を展開します.ここでようやくイラストの記述に近づいたようです.将来の探偵を実践していたのでしょう.でも対応する文章はまだまだ先です.

 まずはニコラたちの後ろをメクサンが尾行します.でもやっぱりニコラたちから冷やかされてうまくいかない.それで誰か知らない人の後を,気づかれないように追うことになりました.


「それじゃあ,誰かの後を追うしかないだろ.その人にはもちろん知らせずにな.」僕が言った.

 メクサンはそりゃいい考えだと,復習ノートを見ている上級生の後を追ったんだ.僕らはメクサンの後を追いかけたよ.メクサンはときどき,靴紐を結び直すふりをしていた.すると,突然,そのおにいさんが振り向いて,メクサンの前襟を掴んで怒鳴ったんだ.

「追いかけて来るなよ,ハナタレが!引っ叩かれたいのか!!!」(p.571)


 先ほどのイラスト1/3に続き,この怒鳴られる場面がイラスト2/3です.



 気づかれずに尾行どころじゃなかったようです.上級生のお兄さん,怖いよー.かわいそうなメクサン・・・.でも完全に自業自得です.情け容赦ないニコラたちは,探偵には向いてないから,作文には違うこと書けとメクサンを笑いものにします.泣きっ面に蜂.子どもは残酷ですねぇ.

 そしてこれだけ休み時間に騒いでいると,必ず飛んでくるのがブイヨンさん.今回もたびたび注意しにきていましたが,この騒ぎを見て「3回目にして最後の警告」をしにきます.「なんでケンカしとるんだ!」ジョアキムが作文について話をしていたと伝えると,ブイヨンさんが答えます.


 「『君らがいつかすること』だって?」ブイヨンさんが言った.

「なんだ,そんなことなら簡単だ.頭に金槌当てて悩まなくていいぞ.協力しよう.教えてやろうじゃないか.君らがあとで何をするか,ね.」

 そう言ってブイヨンさんは僕らみんなに放課後居残りの罰を与えたんだ.(p.573)


 ほらね,「将来何する?」だけじゃない他の可能性を,ブイヨンさんがわざわざ示してくれたのです.すなわち,休み時間「より後」にニコラたちみんながするであろうこと,そんな意味にももちろん取れる文なのです.


 ところで,このお話の最後にも,他の話同様,小さなイラストの抜粋らしきものがついています.通常ならお話の中のイラストの一部分を切り取ったものなのですが,今回は他のイラストにその小さな絵が見当たりません.


 でもこれだけ独立して描かれた3/3とはどうしても思えないのです.きっと別のお話に出てきたものではないかと思います.判明したら,書き直すことにします.

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