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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(157)

« La récompense », HIPN., vol.1, pp.542-549.

 題名はズバリ「ご褒美」.校長先生がニヤニヤしながら入ってきて,「先週の歴史の課題の結果」が良かったからと,全員を木曜日(当時のフランスでは学校はお休みの日)にピクニックに招待します.何か裏があるだろうと,どす黒い心を持った私は疑いながら読んでいたのですが,今回は本当にご褒美だったようです.そんな素直な,ストレートな展開でよかったのか,『プチニ』?!

 でも実は,校長先生の善意を疑ってしまったのには,もう一つ,個人的な理由があります.私が敬愛するフランスのおバカ映画の一本,『ザ・カンニング IQ=0』(1980年製作,1982年日本公開)に同じような「ご褒美」の場面があるからです.ちなみにこの映画,毎年学生に紹介しますが,99.9%の確率でウケます.登場する学生のおバカさ加減,突拍子もないカンニングの仕方など,笑いどころ満載の傑作です.しかも,よくできた喜劇として,ちゃんと社会状況との関係が踏まえられている.それでいて,半世紀近く前の作品なのに今も笑える.外国人でも笑える(つまり内輪ネタじゃない).すごい映画です.

 その映画にはお勉強をしないために,そして落第するために必死に努力する,健気な学生たちが登場します.仲間達とお気楽極楽な時間を過ごしていたいと言うのがその理由らしいのですが,それでも,彼らの勉強ができないことで,バカロレア(フランスの高校卒業資格にあたる)の合格率が0%,つまり全国一おばかな予備校の認定を受けてしまった学校側としては,何とかしなければならない.それで,校長先生,一計を案じます.ある日教室に入ってきて,皆さんの成績が良かったので,一日,ピクニックにご招待と,みんなで郊外に遊びに行きます.次の日帰ってくると,新しい先生が来ていることを告げられる.実はそれがアメリカ製のla machine à apprendre「学習装置」なる機械でした.黒の箱のような機械の中に入って着席すると,手足を固定され,質問が発せられます.質問に答えられないとピシ,パシッと定規のようなもので叩かれる.正解で覚えられたことが確認できると,飴が出てくる.文字通り「飴と鞭」のスパルタ教育マシーンでした.

 と,だいぶ脱線しましたが,そんなオチはニコラの想像世界である『プチ・ニコラ』にはあり得ないとは思ったのですが,それでも,いつも怒っている校長先生が突然ニコニコして入ってきてご褒美なんて言えば,誰だって疑うでしょう.

 ま,とにかく,本話では裏のないご褒美でした.でも,こうした時に一番悲しい目に遭うのは,企画者である校長先生と担任の先生です.それが『プチ・ニ』の法則.可哀想に.

 降って沸いたピクニックの話に,ニコラたちは大喜び.


木曜日が来るまで,ずっとピクニックの話題で持ちきりだった.授業中も,休み時間も,そして家でもね.僕らみんな,すっごく興奮していたんだ.

 担任の先生と僕らのパパとママンたちもしまいには興奮していたんだよ.(p.543)


 ニコラたちが「興奮していた」(énervés)のはわかりますが,「担任の先生と僕らのパパとママンたち」も「興奮していた」(énervés)というのはどう言うことでしょうか.「興奮していた」と言う単語はnerf「神経」から派生した語ですので,パパとママンたちのはどちらかと言うと,神経質になってピリピリしていた感じでしょう.フランス語の言葉遊びです.この場合,同じ語だからと「興奮」と訳してしまうと,パパたちも興奮していた,何で?となりそうで,かと言って,パパたちの方は「ピリピリしていた」とすると,そうだろうなぁとスルーされてしまいそうです.同じ単語であることがわかると,興奮の質が異なることがわかり楽しめると言うわけです.

 ちなみにニコラは当日の朝,遅れないようにと「すっごく朝早く」に起きます.起きるだけならまだしも,パパやママンまで朝6時に起こします.それも3回も.出発時間は「9時」です.可哀想なパパとママン.

 朝ごはんを食べなさいとか,お腹減ってないとか,帆の取れたおもちゃの船と赤いボールを持ってゆくとか,そんなやりとりがあるところが本当に子どもの興奮具合を表していて見事だと思いました.

 それで今回の犠牲者は担任の先生,校長先生,生徒監のムシャビエールさん,それに貸切バスの運転手さんです.もう,乗車するところから,メクサンとジョフロワが席争いをして迷惑かけまくり.話を省略して説明すると,結局二人は運転手さんの横に座ることになって,運転手さんは狭〜い思いをします.可哀想に.

 道すがら,希望した席に座れなかったジョフロワ以外はみんな,歌を歌ったり楽しく過ごします.休み時間と一緒です.


乗っていた時間は随分と長かったよ.それで僕ら,外の車を見つけると,叫んだり変な顔して見せたりして楽しんだんだ.一番面白かったのは,一番後ろの座席だったよ.だってバスを追い越そうとして追い越せない車を見て笑いものにできるからね.(p.547)


 本話には3枚のイラストがついているのですが,1/3は車から見えた風景,2/3は後ろの車を笑いものにしているニコラたち,3/3は追い越そうとして追い越せない車の渋滞です.まとめて紹介しましょう.えいっ!





 3/3も哀れといえば哀れですが,とにかく2/3.バスにうじゃうじゃ子どもが乗っていて,それも後部座席にみんなが集まってきて,後ろの車に罵声を浴びせる場面で,思わず同情してしまいます.それにしても後ろの車には何人乗っているのでしょうかね.法律違反のレベルです.バスの中,多分校長先生のいるあたりにメガネをかけた子がいます.あれっ?今回欠席しているはずのアニャンでは?バスの後ろにこれだけ人が集中したら,絶対傾きますよね.1/3はまるで文章には説明がないのですが,2/3の反対車線を走っている車の人たちと同じような反応をしているのがウケます.よほど騒がしいのでしょう.運転手さんなんて「ハンカチで汗を拭っていた」くらいですから,大変さだったのですよ.

 もちろんバスの中ばかりではありません.到着してからも,昼食の時間も,もう注意されてばっか.大人の苦労が偲ばれようと言うものです.ムシャビエールさんなんて,「お前らみんな,手に負えないよ!」なんて叫んでいます.あ〜あ・・・.

 ようやく帰る時間になって,担任の先生とムシャビエールさんはホッとしたようですが,最後まで鬼ごっこをしていたウードが見つからない.ウードは木の上に隠れていたのです.

 ニコラたちは「みんな,すっごく楽しんだ」.それで「毎週,またやりたいな」なんて言っているのですが,ニコラによれば,「でも,来週の木曜日は行けなさそうだね.だってみんな居残りの罰を受けちゃったから.」(p.549)

 いつものようにKYなニコラは悪気もなくさらっとそんな風に言うのですが,これってよほど先生とムシャビエールさんを怒らせたってことでしょう.同情します.

 でも,ウードだけは罰を免れるそうです.


ウードは特別だったよ.だって,停学をくらっちゃったからね.(p.549)


みんなと一緒の罰は食らわなかったものの,もっと大きな罰を食らったと言うことなんでしょうが,と言うことは,よほどうまく隠れていて長時間見つからなかったんでしょう.

 それから,最後の文章(Sauf Eudes, qui est suspendu)のsuspenduは「宙吊りになった」状態を指します.そのことから「登校を差し止められた,停学になった」と理解できるのですが,実は「木の上に吊るされていた」とも読めるようなダジャレになっているのです.面白いかどうかは別として.


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