« Le zoo », HIPN., vol.1, pp.526-533.
題名は何の捻りもなく「動物園」です.動物がいるから動物園.人間も動物で展示はされていませんが,やっぱり動物園にいます.それに展示されていない人間以外の動物も.例えば,ガードマンのおじさんが飼っている猫もその辺をうろついています.そんな動物を全てひっくるめて動物園.どんな動物模様が観察できるでしょうか.
そういえば今回は,直接話法がひとつもなくて,全て語りの文と間接話法だけで成り立っているので,アクセントに乏しくちょっと長いのかなという印象を受けました.それでも,ニコラの観察は笑わせてくれますので退屈はしませんでした.
或る日の午後,ニコラとアルセストが遊んでいると,パパが来て,「1日の少しの間を犠牲にして,動物園に動物を見に僕らを連れて行ってやろうと,僕らに言ったんだ」(p.526).パパがママンにした説明では,「子どもの身の丈に合わせてやって,労を惜しんじゃならない」んだそうです.犠牲にするだの,子どもの身の丈に合わせてやるだの,これを読んでいるだけなら,押し付けがましいなとか,子どもが本当にそう望んでいるかわからないじゃないかとか,思ってしまうところですが,『プチ・ニコ』の法則として,だいたいパパの言ったことは,そのままパパにしっぺ返しとして返ってきますから,可哀想ですが,今回もパパの失敗談に決まっています.そもそも,作者のゴシニは,そんな風に手前勝手に,頭ごなしに決めつけて,偉そうにする大人が大嫌いのようですから.それには賛成!
ここでも,アルセストは「お菓子屋でお菓子を食べて午後を過ごす方がいい」と反対していますから,すでに冒頭から,行きたいのはパパなのでは???と勘ぐりたくなります.ニコラも「結局のところ,動物園はつまらなくもなかったよ.」(enfin, le zoo, ce n'était pas mal.)と言っています.ここで「結局のところ」という単語,それにこの文が半過去で書かれていることを考えれば,後から振り返って感想を述べているわけで,すると当初はアルセスト同様に,あまり乗り気でなかった様子が伺えようというものです.
それはともかく,3人はいよいよ動物園に到着します.アルセストが大人料金を払えと主張したのに対し,パパはどうやら子どもの割引料金で潜り込もうとしたようです.相変わらずセコイ.最初に行ったのが「お猿さんのところ」でした.見物人がたくさんいたので,パパはニコラたち,いえ,ニコラを持ち上げてやらねばなりませんでした.アルセストは重すぎたようです.これがイラスト1/2です.
やはりね.動物園は動物が,動物を見に来た人を見る施設だったのです.それでお猿さんたちも,子猿を持ち上げて,見せてあげてます.それにしてもパパは,「大勢の人がいた」から,持ち上げてやらなきゃいけなかったと書いてあるのですが,どこに人が?相変わらずのニアミスです.
次はライオンです.「寝っ転がってあくびしている」ライオンを見て,ニコラは「あんまり面白くない」と思い,アルセストはライオンの餌の食べ残しが気になったようです.かなり先進的な思想と言えるでしょう.フードロスはいけません.
次はラマ(リャマと同じ動物を指すのですね・・・)です.パパったら檻の説明を読んで,偉そうに講釈します.何でも,ラマは怒ると唾を吐きかけるそうです.ニコラとアルセストがしかめ面をして見せると,ラマは怒ってパパのネクタイに唾を吐きかけました.犠牲者はいつもパパ.おまけにガードマンまで駆けつけてきて,動物を挑発するなと,叱られてしまいます.ガードマンまで怒らせるとはさすがパパです.流石にガードマンは唾を吐きかけたりしなかったでしょうが.
お次はゾウさん.「ゾウならお前らも楽しめるぞ」(p.529)と,パパはノリノリなのですが,楽しんでいるのはパパだけです.ニコラは「ゾウさんのところに来たら,すっごく面白かったよ」と言っていますが,その理由は「ゾウさんがいるところの手前の小道を修理しているおじさんたちがいたから」でした.何でも,砂とセメントと水を混ぜた練り物に興味を持ったそうです.何気ない注意のようですが,実はこのお話では文章版『プチ・ニコラ』以前に1年だけ雑誌に連載されていたマンガ版『プチ・ニコラ』のお話を彷彿とさせる箇所があります.工事のおじさんへの好奇心は例えば,次のような箇所からも伺えます.
(Sempé-Goscinny(Agostini), Le Petit Nicolas La Bande dessinée originale, IMAV éditions, 2017, p.11.『本家本元 マンガ版プチ・ニコラ』)
マンガでは,ニコラが2階の窓から道路工事を見つけ,下に降りて行って,おじさんを質問攻めで困らせる場面が描かれています.ですから,厳密には「練り物」への興味ではないのですが,ニコラは働くおじさんの作業に目を止めるようです.後でもう一つ,マンガ版との関連箇所を見ましょう.
お話に戻ると,ニコラたちが工事のおじさんたちを眺めている間,パパはゾウに餌をやったりしてかなりはしゃいでいたようです.ニコラたちがゾウのところに戻ってみると・・・
パパはすっごくはしゃいでいたよ.ゾウさんにビスケットをあげてさ,ゾウさんは近寄ってきて長い鼻でそれを受け取るんだ.それでパパは大喜びしていた.パパは僕らが横にいるものだとばっかり思っていたからさ,大声で話しかけていたんだ.
「ニコラ,お前,このゾウのでっかい鼻みたか?ピエールおじさんみたいじゃないか!」それから「アルセスト,お前今みたいに食べてばっかりいたら,あそこのゾウさんみたいに太っちゃうぞ.」パパの邪魔をするのはちょっと気が引けたんだけど,そこにいるみんながパパを見て,ちょっと頭がおかしいんじゃないかって顔をしていたから,僕ら仕方なく声をかけたんだ.(p.529)
ゾウを見ながらはしゃいで大声で訳のわからないことを口走っているパパ.どこからどう見てもおかしな人です.
確かにみんながパパを見ています.何か,可哀想な人を見るような目で.左手前でニコラとアルセストは楽しそうに猫を見ています.猫の登場はもう少し後で,ゾウのお話とは別なのですが,相変わらずサンぺは複数の場面を一つに描き込んでいるのです.キリンが出てくるのももう少し後ですし.しかしここでの主人公は何と言ってもパパ.ゾウを指差し,大笑いしているようです.
続いてキリン.ニコラとアルセストはここでも横にあったシーソーで遊んでいます.それからクマさん.ニコラとアルセストはボールを持っていた少年と遊んでいます.さらにアシカ.二人はビスケットの包み紙を船にして遊んでいます.ラクダ.アルセストがボールを買ってボール遊び.パパが怒って怒鳴ると,アルセストは泣き出すわ,ラクダは叫びだすわ,もちろんガードマンもまたもや駆けつけてきます.もうカオス以外の何物でもない.阿鼻叫喚が聞こえてきます.
パパは怒りながらその場を離れますが,そこで園内を回る小さな列車を発見します.よく「お猿の電車」と(少なくとも私の地域では)言われているやつです.実際にお猿が運転しているのは見たことがありませんが.
パパは僕らにこのちっちゃな電車で一周したいかと聞いて,さらに僕らが怖がらないように,パパも一緒に乗るからと付け加えた.パパを傷つけちゃいけないと思って,僕らは乗ることにしたんだ.(p.532)
ここでもニコラたちはイヤイヤ,パパだけがノリノリです.切符係には本当は大人は乗れないと嫌な顔をされ,「パパは子どもたちがいるから,子どもたちだけで乗らせられないから仕方なく」なんてわざわざ言い訳していますが,もちろん,パパが乗りたいんです.パパは乗り込んで座ると,座席があんまり小さくて,膝を抱えて顎につけた姿勢だったそうです.体育座りですな.そんな窮屈な思いしても乗りたかったんです.だって,パパったら,「先頭車両」(le tout premier wagon)に乗り込んだんですから.
出発の直前,パパの後ろに乗っていたニコラとアルセストは「子猫」を発見して降りてしまいます.つまり電車は先頭車両にパパ一人だけ.ニコラたちの席が空いていますから,なおさら目立ちます.パパはといえば・・・二人が降りたのにも気が付かず,
でも〔パパは僕らに気がつかなかったけど〕そんなの大したことじゃなかったよ.だってパパはすっごくはしゃいでいたからね.パパは笑いながら,「ガッタン,ゴットン,ガッタン,ゴットン」と言っていたんだ.周りの人はパパを見て,笑ってもいたよ.(p.533)
子ども用の電車の最前列に腰掛けて,「ガッタンゴットン」と叫びながら,ニヤニヤしている大の大人の図.これは完全にヤバい人です.すごすぎます.
実はこれもマンガ版を想わせる箇所です.
(Sempé-Goscinny(Agostini), Le Petit Nicolas La Bande dessinée originale, IMAV éditions, 2017, p.34.『本家本元 マンガ版プチ・ニコラ』)
マンガ版ではニコラに子ども用自転車を買ってあげたパパが乗り方を教えてやろうとするのですが,途中でニコラが友だちと会ってしまい,パパは一人で楽しそうに自転車に乗っています.パパが発しているのは,蒸気機関車などの音を真似した「シュッシュ,ポッポ」という擬態音(オノマトペ)です.気持ちよさそ〜に「シュッシュ,ポッポ」と言いながら,小さな赤い子ども用自転車に乗る大人.背広まで着てます.こりゃ周りの人からすれば怪しい人どころではありません.完全にいっちゃってます.街中のご婦人も「かわいそうな人ね」,「おいぼれちゃうと不幸なものよね」と,容赦ありません.結局,パパは電車が好きなんです.ですから,お話に戻ると,やっぱりパパが乗りたかったんです.子どもにかこつけて.
列車が一周して戻ってくると,パパは怒って,ニコラたちを怒鳴り,「そんな小動物をみにわざわざ動物園まで来たんじゃない!」というのですが,アルセストは一言,「でも,子猫だって動物だよー・・・.」(p.533)こりゃアルセストの方が正しいようです.でも,パパの機嫌は治りません.帰り道はずっとふくれていたそうです.あんた,子どもか?!
ここで大人なのはニコラの方です.
パパのことはわかるよ.だってパパみたいに,特別動物園が好きじゃない人からすれば,自分を犠牲にするのは辛いだろうから.僕とアルセストを喜ばせるためとはいえ,ね.(p.533)
ニコラとアルセストは,パパを喜ばせるために犠牲になったと言いたいのかも?でも,ニコラたちは動物は見たし,彼らなりに楽しんだんですから,パパの犠牲も無駄ではないんです.そんなにむくれることもないのでは.
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