« Mots croisés », HIPN, vol.1, pp.458-463.
「交差した語」って,何のことだかわかりませんが,「クロスワード・パズル」と何故か英語ならすんなり理解できるわたしたち.あの,縦と横のマス目があって,上から下,下から上へ,左から右へ一マスずつ文字を入れて単語にするあれです.フランスでは雑誌などの最後についていて,大人の遊びって感じです.少し前はsudoku(数独)が大人気でしたが,フランス人は本当にクロスワード・パズルが大好きです.自分の語彙が増やせて(つまり,ためになって),無駄に時間を潰していることにならないからでしょうか(でも,結局暇つぶししているような気がしますが).今回のお話の中でも,ニコラにクロスワード・パズルを勧めるパパが「面白くてためになる」と言っています.
さて,ニコラは,日曜日で雨が降っていてパパとママンと三人で家の中で過ごすのが嫌いでもないようなのですが,それは一緒に遊んでもらうのが条件のようです.
僕は雨降りの日曜日にパパとママンとお家にいるのは嫌いじゃない.でも,何か,面白いことがなくっちゃダメなんだ.だって退屈しちゃうし,聞かん坊になるし,それで大騒ぎになるからね.(p.458)
これはニコラの警告でしょう.雨,日曜,家族三人きりとなれば,「何か,面白いこと」がなくてはならないのです.そうでないと,騒ぎますよ〜と,言っているわけです.でも,ママンはともかく,家にいるときのパパの唯一の望みは肘掛け椅子に腰掛け,静かで平和なひとときを過ごすこと.それがいつも絶対に叶わないからこそ読者は面白いのですが,ちょっとパパがかわいそうではあります.今回も,ニコラに一人で遊ばせようと,クロスワード・パズルを勧めた時点で自業自得とはいえ,やっぱりパパの平穏なひとときは乱されるのでした.でも,これもまたいつものように,調子に乗っちゃうパパも悪いんです.
絵本を読み飽きて騒ぎ出したニコラに,パパはクロスワード・パズルをやらせることにします.やり方を知らないというニコラに,「覚えればいい.手伝ってやろう」と,パパ.私はこの時点で,パパの負けだと思いました.静かな時間を得るために,時間と労力を使うと申し出ているからです.でも,一つのことが受け入れられると,パパの思考はいつも,それに集中してしまうのです.今回も,うまくニコラをのせることができたので,もうウキウキしています.ママンにも,「静かに過ごすためなら,何だってしちゃうよ!」(« Qu'est-ce qu'on ne ferait pas pour avoir la paix ! »)なんて言ってノリノリな様子が伺えます.
それで最初のうちは「ワーテルローの戦いに敗れたフランスの皇帝は?」「爪があって,ニャーニャー鳴く家畜は?」なんて,簡単な問題で,パパの回答もすこぶる快調.ところが,「南フランスに生息するデルフィニウム属の植物は?」となると,もうお手上げ.「デルフィニウム属」(dauphinelle)なんて単語が結構特殊ですから.私も辞書を引きました.植物なので,それでもうまくイメージできませんが.「合弁花類で双子葉の植物科は?15マスで」と聞くと,もう目を白黒しています.これがイラスト1/2です.
窓の外に雨は降りしきる・・・.パパにとって安楽の象徴の肘掛け椅子と新聞が描かれていますが,パパは驚きで目を丸くし,前屈みになって今にも椅子から立ち上がりそうな感じです.椅子を離れれば,もうそこに安楽はないはずです.それにしても,パパは日曜日なのにネクタイしているんですかね?
質問が難しくなったのを見とったパパは,一人でやりなさいとニコラを突き放します.ちなみに,パパは「さあもう,少しは一人で遊びなさい.少し静かに本を読ませてくれよ.」と,言っていますが,「本」じゃなくて,新聞のように見えます.些細な違いですが.
仕方なく,ニコラは出鱈目な文字を入れて,マスが余れば,勝手に綴りを変えたりして,一人パズルを続けます.イラスト2/2はそれでも一所懸命考えるニコラの図.
それでも気の散りやすいニコラはやっぱりパパに話しかけちゃいます.
また難しい単語が出てきたから,またもやパパに聞かなきゃならなかった.
「黒っぽい茶色の毛皮が珍重される動物は?8マスで」
パパは読んでいた本を膝に置いて,大きな目をして僕を睨んだんだ.
「ニコラ,さっき言ったろう・・・」
「クロテン(黒貂)!」ママンが答えたんだ.
パパはあんぐりと口を開けたまま,ママンの方に顔を向けた.ママンは編み物を続けていたよ.それから開いた口を閉じたんだ.あまり嬉しそうじゃなかったね,パパは.(p.462)
いつも戦略的なママンのこと,ここで「クロテン」だけ答えたのは,決して「偶然」ではないはずです.その偶然ではない状況を敏感に感じ取ったパパは「嬉しそうじゃない」つまり,不快な顔をしています.単にママンが横から答えたから驚いて「あんぐりと口を開けた」だけではなさそうです.
だからパパは,自分が答えられなかったものを横から答えやがってと,嫉妬しただけではないはずです.悔しかったのは確かでしょう.でも,それだけではないはず.でもとりあえず,そんな悔しいやら何やらを見せまいと,「教育方針」の問題にすり替えて,ママンに説教しようとします.パパは知っているけどわざと答えない,なぜなら,一人でやらせることがニコラの勉強になるからだ,ですと.
「思うに,チビが一人でクロスワード・パズルをやるのがいいだろうよ.おれが言いたいのはそれだけだ.」
「私はね,あなたがただのクロスワード・パズルに真剣すぎると思うわけ.たかが,クロスワード・パズルでしょうが!私はただ単にチビちゃんを助けただけですわ.どこが悪いっていうのよ!」
「いやね,君が毛皮の動物の名前を<偶然にも>知っていたから,文句を言うわけじゃないんだがね.」
「偶然に決まっているでしょうが!実際ね」ママンはいつも怒っている時に皮肉な笑いを浮かべるんだ.「実際,結婚式以来頂戴した毛皮じゃ,そんな名前をスラリと言えるエキスパートになれなかったでしょうよ.」(p.463)
これを聞いてパパはすっくと立ち上がり,ケンカが始まります.つまり,ママンは「偶然」答えたのですが,偶然その問題を待っていたわけではないのです.ここぞとばかりに,クロテンの毛皮を買ってもらえない嫌味をぶちまけた.それにパパが反応したわけです.(ここで邦訳では『「きみが,その毛皮の動物の名前を知っていたのは」と,パパがいった.「ぐうぜんじゃないんだろ・・・.」』とされていますが,「知っていた」のが偶然かどうかというより,「偶然知っていたから」答えたのではないのだろうと,「答えた」方,つまりここぞとばかりに嫌味をぶちまけたので,そのやり口(戦略)にカチンときたのです).
結局ケンカはおさまらず,皆沈黙のまま夕食を食べます.幸せなはずの,雨の三人だけの日曜日が台無しになりました.それに教育効果があるはずのクロスワード・パズルですが,ルールを把握できなかったニコラが一人で埋めて行った結果,「反芻して,牛乳を出す,この地方にたくさんいる哺乳類は?」という,パパならドヤ顔で答えられた5マスの回答が「タトエバネ」(« Xmplf »)という名の妙な動物になってしまいました.教育効果はやっぱり教育する人が時間と労力を惜しんでは得られないということでしょうね.
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