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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(144)

« En voiture ! », HIPN, vol.1, pp.446-451.

 電車が出発する際に日本では「発車します.ご注意ください」でしょうか.フランスでは« En voiture ! Attention au départ ! »が一般的.voitureは「車」とか,「客車,車両」という意味ですから,題名は「客車へ!」,つまり「ご乗車ください!」で良さそうなんですが,お話の内容からすれば「客車で」の出来事なので,それも掛けているのかなぁと思ったりしました.

 前話がヴァカンスへの出発の準備についてのお話だったので,今回はいよいよヴァカンスを過ごすために列車で出発するお話です.6時に起きて,タクシーを捕まえようとして果たせず,バスに乗る羽目に.相変わらず,パパ,最初からやらかしてくれます.列車に乗り込み,通路で荷物を数えていると,パパの釣竿を入れた包みがない.パパは泥棒だと大騒ぎして車掌さんを困らせますが,ママンが家に忘れてきたのを想い出し,やっぱり立つ瀬なし.パパ,飛ばしてくれます.次にパパは窓際を予約したはずだと,車掌さんに食ってかかりますが,敢えなく撃沈.車内のゴタゴタはイラスト1/3を見れば一目瞭然です.


このイラストを見れば,今回の犠牲者が真ん中に座る初老の男性であるのは明らかです.可哀想に.それにしても一体幾つ荷物があるのでしょうか.荷物置きに荷物を詰め込むパパ,これも載せろとばかりに荷物を差し出すママン.老人の座るすぐ傍に斜めに足を載せている様子から勢いが感じられます.差し出した脚と荷物がシンクロしています.ついでに荷物を抑えるパパの手と合わせて,宗教画のような三角形の構図ができています.それにしても,その喧騒の最中,何も言わずに,黙って新聞を読む老人.心の中は如何許りでしょうか.

 ちなみに老人はニコラたちが入ってきた時にはすでに「ドアの脇」,すなわち通路側に座っていたことになっています.左奥には窓が見えるようなので,老人の本来の位置は今ニコラが立っている場所で,荷物を上げる間,少し避けてあげている感じでしょうか.

 次に窓際ではないということでニコラが外の景色が見れないと泣き喚きます.それでママンがバナナを与えて宥め,「その紳士の目の前,通路側の窓に座れば」,牛さんが見えるというのですが,イラストの2/3を見ると,どうも老人の右側に座って牛さんを見ています.どうなってんでしょ?


 相変わらず老人は黙って新聞を読んでいます.そして「ドアの脇」の通路側に座っていたはずなのですが,ニコラは老人の横に立膝ついて,窓の外を眺めています.じゃあ,おじいさんは窓際に座っていたのでは???

 牛さんを見たニコラは興奮してバナナを老人のズボンの上に落としてしまいます.


「構いませんよ.」と,おじいさんがいった.このおじいちゃん,よほど読むのが遅いんだね.だって,発車してからまだ一回もめくっていなかったんだ.(p.448)


 そ,それは・・・荷物やら,ゆでたまごやら,塩やら,バナナやらで騒がれて,新聞に集中できないだけでは?でも,おじいさん,文句一つ言うのでもありません.できた人です.

 イラストと異なり,文にあるようにおじいさんがドア側に座っていたのなら,ニコラが喉渇いたとか,パパもオレンジジュースが欲しいとかで出入りするたびに前を通ったり,跨がれたりして,さぞせかしなかったでしょう.それなのに,ニコラが退屈して騒ぎ出したら雑誌をくれますし,パパが退屈したら新聞も貸してくれました.それなのに・・・


おじいさんは眠ろうと目を閉じていたんだけど,時々目を開けなきゃならなかったんだ.だってパパがタバコを吸おうと通路に出たし,車掌さんが通った時にはパパが6時16分には到着するのか聞いたり,オレンジジュースを売っていた人にハムサンドはないのかとか聞いたりしていたからなんだ.チーズサンドだけしかなかったよ.僕もね,ワゴン車の端っこに行こうと何度も出入りしたんだ.それに雑誌を読み終わっちゃったから,おじさんに返そうと起こさなくちゃいけなかったし.そのとき,僕はパパに叱られちゃった.だって雑誌の表紙の,宝石をした女の人と結婚することになっている軍人さんのねくらいの下のところにチーズがべったりとくっついていたからね.(p.451)


 もう,カオス以外のなにものでもありません.おじいさんに同情するばかりです.

 しかし,おじいさん,先に目的地に到着し,降りてゆきました.


おじいさんは立ち上がり,新聞を手にして,家の茶色の手提げ鞄の下敷きになっていたスーツケースを取り出し,すっごくにこやかに,くしゃくしゃになった帽子を被って出て行ったよ.(p.451)




 他の荷物の下敷きになったスーツケース,多分やっぱり荷物の下でくしゃくしゃになった帽子,チーズベットリの雑誌に新聞紙,列車内の騒動に耐え,それでも老人は「すっごくにこやかに」列車を後にしました.それなのに・・・


パパが言った.「ようやく静かになるな.旅行となると厚かましくなる連中がいるんだよ.見たか?あのじいさん,どれほど場所とって座っていたんだか.」(p.451)


 わかりました.パパは悪意も悪気もないのですが,軽口なんです.それも,自分を省みず,根拠がなくても,思ったことをすぐに口に出してしまうタイプなんです.それでいつも失敗するのですが,その上反省もない人なんです.めげないわ〜.

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