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執筆者の写真Yasushi Noro

『プチ・ニコラ』(135)

« Le bureau de papa », HIPN, vol.1, pp.379-385.

「パパの会社」での話です.ママンとニコラが買い物帰りに,パパの会社の近くにいたので職場訪問となります.一家を支えてくれているパパが働く姿を子どもに見せるのはとてもいいこと.精力的に働いているパパの姿を見れば,ママンもとっても誇らしい.でも,来るのはニコラですからね.きっと何食わぬ顔して,会社の中を引っ掻き回してしまうでしょう.ニコラですから.

 イラスト1/3ではニコラが会社に入ってくる様子が描かれています.


中に入ると,ずらりと机が並び,それぞれの机で大人が仕事に集中している・・・はずなのですが,どこか変.何かおかしい.机の向きがガタガタ,ちゃんと並んでいないし,互いに話しもできないような配置です.間を歩くのもグネグネして大変そう.でも,きっとそれはコンセプトで,整然と並べるよりもアクセントをつけ,面白い空間作りを目指しているのかも?奥の引き出しも,棚と混じっていて,どこに何がおいてあるのやら.それに大人の背丈の2倍の高さのある引き出し.誰が使えるんでしょうか.大きく分厚い本は縦に置かれたり横に置かれたり.これじゃあ,本が本立てになっていて,必要な本を探し出すのも抜き出すのも一苦労,いや,二か三苦労くらいしそう.でも,まぁ,働いている人にとって使い勝手が良ければ問題なし.しかしそんな風に不自然なのは,どうやら空間だけではなさそうです.

 ニコラが入ってきました.扉の背後にいる男性が大慌てで引き出しに入れているのは・・・ト,トランプでは?!?それから手前右側の男性が隠すように自分の引き出しに入れているのは・・・紙飛行機?タイプを打つ人がいるのも,電話をかける人がいるのも,ごく普通の風景なのですが,右奥で書類に集中している男性,手前左でやはり書類を読んでいる男性,二人とも両手で紙を握りしめ,仕事ぶりを過度にアピールするかのように同じ格好をしています.やっぱり何処か変???この辺の事情を,流石にニコラは見抜いているようです.


パパが言った.「おや?こんなところで何しているんだい?われわれみんな,社長が戻ってきたかと思ったじゃないか.」他の人たちも,ママンと僕を見るなり,忙しそうなフリをしなくなった.(p.379)


 ちょっと一言.邦訳ではここのところ,次のようになっています.


「おや?」と,パパがいった.「そこで,なにをしているんだい? てっきり,社長だと思ったよ.」ほかの男の人たちも,ぼくらのすがたを見ると,さっきよりくつろいだようすになった.(『プチ・ニコラ はじめてのおるすばん』小野萬吉訳,偕成社,<かえってきたプチ・ニコラ 4>,p.10)


 私訳よりグッとわかりやすくて滑らかな感じです.でも,イラストとフランス語原文の面白さを伝えようとすると,抜け落ちてしまうものがあります.まず「てっきり,社長だと思ったよ」は明らかにパパの持った印象として読めてしまいます.ところがフランス語では,« Nous avons cru... »と,「われわれ=会社にいた同僚たち」と書かれているので,社長が帰ってきた!と,みんながギクッとして大慌てで仕事に戻ったという感じです.それから,「さっきよりくつろいだようすになった」ですが,原文では« ils ont eu l'air moins occupés qu'avant »,つまり,「それまでほどには,仕事に忙殺されている様子がなくなった」わけで,それまで,すなわちニコラたちが入ってきた瞬間は,忙しくて忙しくて仕方ないという様子が窺えたのです.これって,いわば仕事をしていた振りですよね,きっと.ニコラの観察眼は誤魔化せません.


 ニコラたちが来ると,パパは「眺めていた書類から顔をあげ,僕らを見ると驚いた顔をして」迎えてくれます.1/3の二人のうち,どちらかなのでしょうか.でも,どう見ても,顔を上げても,入ってきた人が見えるような位置にいなさそうなんですが.それはさておき.

 パパは一人一人同僚を紹介してくれます.まずは,バルリエさん.「デブで,ガツガツ食べるやつ」です.ニコラは即座に,友だちの「アルセストに似ている」と思います.ネクタイをしたアルセストだそうです.次はデュパルクさん.紙飛行機作りの名手だそうです.「王様」とまで呼ばれています.1/3の右手前で引き出しに飛行機を隠した人ですね.メガネをかけているのがボングランさん.「仮病」の名手.パムイユさん.特技は目を開けたまま寝ること.ブリュモッシュさんに,トランペさん.「でかい歯」をしたマルバンさん.誰からも仕事の話が出てきません.一体全体,ここは仕事場なのでしょうか,それともニコラの通う学校の教室?ニコラも,まさしくそんな印象を抱いたようです.

 さて,ニコラの訪問中の出来事に移りましょう.まずパムイユさんがタイプを打たせてあげます.ほら,こんな風に打つんだよ,「バダバダバダビュデュビュデュボドボド」(なんじゃこりゃ?).こんなものを「何行も」打って見せたと言うから驚きです.仕事しろよ!それでニコラが試してみるのですが,どうも具合がわからなくて,押し方が弱い.タイプライターは,今のパソコンと違って,しっかり力を込めて打たなきゃいけませんでしたから.それで,「もっと強く」なんて言われたものだから,ニコラはいきなり「ガーン」と.これがイラスト3/3でしょう.



 楽しそうに,ガーン,ガーンとやっていますが,流石に握りこぶしでは,ちょっと・・・.そうそう,タイプはピアノのような仕組みで,中にキーを支える棒がたくさんありますから,それが飛び出て,絡まっちゃうんです.私にも経験があります.困ったのはパムイユさんですが,自業自得でしょう.2/3のように,タイプのインクリボンが全部飛び出てしまいました.


 ニコラはというと.


僕はパムイユさんを見ていたんだ.パムイユさんは赤や黒のリボンを抱えていた.とってもキレイだったよ.(p.382)


 きれいだったそうです.よかったです.

 そこへニコラの鼻先に飛行機が飛んできたので,今度は飛行機を作ることに.デュパルクさんも「私の机の上に紙が置いてあるから,自分で作ってごらん」と.優しく,気前の良い人です.

 そこへ2/3のように,ムシュブム社長が帰ってきました.もちろん,「パパの友だちたちはみんな冗談を言い合うのをやめて,机に戻」りました.バルリエさんはデブなのに,変わり身は誰よりも早かったとのことです.


パムイユさんはタイプライターで何か売っていた.でも,ちゃんとした仕事はできなかったと思うよ.だって腕はリボンの山だったからね.ママンが毛糸の玉を作るときに,パパが布を持って手伝っているみたいだったよ.(p.383)


 ムシュブムさんとパムイユさん.正確には2/3はこの場面です.

 パパはすかさず,ムシュブムさんにニコラとママンを紹介します.挨拶をした後,ムシュブムさんはニコラの手にした飛行機を褒めます.ニコラによれば,「ちゃんと作れたのはこれが1機目だった.後は失敗ばかりで,床に捨てなきゃだめだったんだ.」(p.384)床の上が紙屑だらけだったのが分かります.そして成功した唯一の飛行機を手にしたムシュブムさんが見たものは・・・.その時のムシュブムさんは,「ピクニックの時にママンが作ってくれるゆで卵のように大きな目」をしていたそうです.「こりゃ,トリペーヌさんとの契約書じゃないか!」

 というわけで,3人目の犠牲者デュパルクさんも,パパを含む同僚たちも,残業して契約書を作り直すことに・・・.


ママンと僕が会社を出たとき,パパもパパの友だちたちもみんな,静かに仕事をしていたよ.ムシュブムさんは背中で手を組んで,机の間を歩き回っていた.ムシュブムさんはまるで,僕らが算数の課題をしているときの,ブイヨンさんみたいだったね.あの僕らの学校の生徒監のね.僕は早く大きくなりたくて仕方ないよ.そうしたら学校へは行かなくて済むし,パパの会社のようなところで働けるんだからね.(p.385)


 会社の同僚はアルセストみたいで,みんなで楽しくワイワイガヤガヤして,おまけにブイヨンさんまでいて.仲の良いクラスメートと,遊べる教室があって,休み時間みたいに過ごせて.そりゃブイヨンさんみたいに,監督する人はいるけど,でも算数やらなくて済むし.早く大きくなって,パパの会社に行きたい!

 そうか,大人になっても,学校行っている子ども時代と,生活は大して変わらないですね.さすがニコラ,鋭い! 

 大人になった人たちは,子ども時代と大して変わらないこと,覚えているんでしょうか.金を稼いでいるんだから,自分たちは何かえらいことしていると思い込んでいませんか,ね?

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